実況の、浮遊感のある気持ち悪い声がずっと聞こえていた。
ちっともうるさくないのに、その声は頭の隙間にから入り込
んでくる。頭蓋の中にがらがらと響いて、ひどく、わずらわし
かった。
随分長いこと飲んでいなかったせいだろうか。いつの間にか
弱くなっていたらしい。
「お兄ちゃん……」
妹の声に、つと眼を向けた。
やはり俺と同じような状態なのか、その双眸は少しだけ理性
を欠いたようで、顔は真っ赤に染まっていた。弱いくせに無理
をするからだと言ってやりたかったが、あいにく自分も似たよ
うなものだ。
「もう寝ろよ、顔赤いぞ」
頬を指差す。けれど、彼女は聞いているのかいないのか、
よろよろとソファから身を起こし、そのままこちらに向かってくる。
「おい……」
危ないぞ、と忠告するよりも早く、彼女はゴミ箱につまづいた。
ふわりと浮かび上がる光景だけが目に残り、次の瞬間には、彼女は
俺の上に倒れ込んでいた。
943 :
べらの ◆Im4lkGa4xk :03/10/19 20:03
「……」
顔が、目の前にあった。
生ぬるい吐息がした、さっきまでつまんでいたポテトチップスの
匂いが、俺の鼻腔をかすめていった。
目を閉じて、開く、やはり彼女はそこにいる。何度見ても、変わ
らない。
どうしてだろう、と思った。
心臓の音がした。
「あ……」
それは大分遅れた悲鳴だったのかもしれない。彼女の口が小さく
動くのが見え、吐息とも、動揺ともつかない母音を吐き出した。
俺はただ彼女が動き出すのを待った。引っ叩くか、突き飛ばすか、
大声で罵るか。そのどれかのあとで、彼女はどいてくれるだろう。
そうすればこんなに心臓が高鳴らないで済むからだ。
けれど、いつまで経っても、彼女は俺の上から離れてはくれなか
った。
「お、にい、ちゃん……」
たどたどしい言葉がした。震えているのか、上手く聞き取れなか
った。
「……なんだ」
「ね……してみようか」
何を、とは、聞けなかった。