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352痴話げんか 
【涙の島】
「御覧。左に見えるのが大島。昔一人の少女が恋焦がれ、待っても現れない恋人を想い命落とした伝説の残る島。
そして右に見えるのが、その少女の涙が固まり出来た島。切ない恋人物語の島、今でも恋人の住む国からの船が
来ると少女の涙が雨となり降りそぼると謂われているよ。僕達は、きっと離れない。万が一、離れたとしても僕は必ず君に会いに戻る」
 ――梅雨。
垂れ込める低い雲。アスファルトの上を水煙が煙る。さざめく波の向こうに霞む大島小島を見ていた。
去年と変わらない車の助手席に、彼女の姿は無かった。
煙草の煙が目に染みる。いや目に染みたのは煙草の煙だけの所為じゃない。
まるで、俺に忘れちまえよと諭すように汽笛がこだまする。イグニッションを廻しエンジンを掛けた。涙を拭うようにワイパーが動き始める。
彼女は最後「いつもあなたは私を見ていない」と言った。そして「私を見ているようで遠くの景色を見て、前の人を思い出している」と悲しそうな顔で見つめた。
今、僕は君の事を思っている。けして戻って来ることの無い君を思っている。
去年の今日二人はここへ来て永遠の恋を誓ったのに。
刹那――すれ違うスポーツカーの助手席に、俺は見覚えのある姿を見た。楽しそうに運転席の男に話し掛ける彼女の姿を……。
俺は、思いを振り切るように車を走らせた。

私は、兄に頼み込み思い出の土地にやって来ました。ひょっとしたら彼は、去年の今日の事を覚えていると思いました。ええ、解っています。無駄だって事は。
小島の雨は――私の心を写す様に只々、激しく降っていました。