339 :
痴話げんか :
【御加護】
漂白の詩人は、貧乏だけれども親切な家族の家に、ご厄介になった。
「詩人さん。粗末な夕食ですが、ご一緒にいかがですか」
「申し訳ないです。感激です。どうもありがとう」
温かいスープと一斤のパンを家族みんなで分け合い、その日一日の出来事を楽しげに話す家族の姿に詩人の心は、充分潤った。
そして、旅先の出来事を子供達に、せがまれ詩人は面白おかしく聞かせた。
時に、辛かった出来事も神様の、お蔭で何とか乗りきれた事。今日こうして楽しい一夜を過ごせた事も神様のお蔭という事も説いて聞かせた。
楽しい一時を過ごし、旅人は、床についた。詩人は、実は盗人だった。こんな貧しい家族に、親切にして貰い、そのうえ、この家族から一体何を盗めるだろう。
いや、私には出来ない。とんでもない。しかし、盗人は気付いていなかった。
既に盗んでいたのだ。熱い視線で見つめるご夫人のハートを。
次の日、詩人は丁重にお礼いを述べ、親切な家族の家を後にした。
町外れの橋まで差し掛かったとき、ご夫人に呼びとめられた。
「私を、一緒に連れていってください」
盗人は、自分の素性を明かした。「ならば私も盗人になります」夫人は真剣な面持ちでいった。それから奇妙な二人旅が始まった。
困った事に、それから詩人の自由は、無くなった。何処にも泊まれ無くなり廃屋と化した教会で毎日夜を明かした。
ご夫人は毎晩、熱い視線を送ってくるし夜は気が気ではない。睡眠不足の毎日が続く。
ぶちきれた詩人は、親切な家族の家に、ご夫人を送り返す事にした。しぶしぶ納得するご夫人。
数年ぶりに訪れた親切な家族の家は、見違えるほど立派になっていた。
ご主人に、ついてきてしまった事、不義理もしていない事を話した。
ご主人は、浮かない顔で、これまでの幸福な時間のことを話した。
ご婦人がいなくなった事で万事上手くいったこと。詩人が訪れて妻がいなくなった事を感謝している事。
詩人は、ご夫人を送り返す事を諦めた。それからというもの盗みも上手くいかず、とうとう盗人家業も諦めた。
詩人は、ご夫人に詰め寄った。
「あなたの所為でこんなにも不幸になった。どうしてくれるんだ」
ご夫人は言った。
「あら、泥棒も辞める事も出来て良かったじゃない。ようやく私も神らしいことが出来たわ」
彼女は、貧乏神だった。