172 :
痴話げんか:
昔の記憶が、突然甦り情緒が不安定になる。
「フラッシュバック」というそうだ。
私も、フラッシュバックに悩まされていた。
引き金は、様々でほんの些細な光景や物を見ただけでフラッシュバックが起きる。
後悔や苦痛などが原因なのだろうけど、私も後悔の多い恥じるべき人生を送ってきたということだろう。
おまけに最近健忘症気味だった。
梅雨前だというのに、真夏日だった。
スコールが通り過ぎ、アスファルトからは湯気が立ち上る。
涼しくなるかな思った期待も一瞬にして潰えて逆に強烈に不快な蒸し暑さに変わった。
通り雨に打たれ糊の効いたYシャツも一瞬にして爽快さをなくし、肌にへばりついた。
空を恨めしく睨んでやったが一面の青さを取り戻した蒼穹は、何事もなかった様にすまし顔だった。
何年振りかで都心を歩く。
見覚えのないビル。相変わらずいやそれ以上の交通量。行き交う人の多さ。クラクション町の喧騒に眩暈がした。
ここは何処だ。曖昧な記憶で、飛びこんだ路地。何処で間違ったのだろう。振りかえり元来た道に戻ろうとしたがまったく見覚えのない風景だ。
あたりを見渡す。運の良い事に私は、交番を見つけた。
青い制服。腰にかけた警棒。
「フラッシュバック」は、突然やってきた。
血まみれで、スパナを振り回す自分。足元に転がる同僚。そして私は警官に取り押さえられたのだ。
私は、絶叫した。頭を抱えうずくまる。
「どうしたんですか。大丈夫ですか」びっくりする警官は私の肩に手を廻した。
私は思い出した。
今朝刑務所から脱走した事を。