夏の夕暮れが好きだった。とても小さい頃から、あの独特の雰囲気は僕にとって何にも変えがたいものだった。
ゆっくりと、空は光を失っていく。夜の空と、夕暮れの残照が混ざり合った紫色の空は少しずつ暗くなっていく。
網戸からは、外の草むら―僕の家の庭は、手入れがひどく悪かった。―からは、草の香りと、虫の声が入ってくる。
どこかで豆腐を売る自転車の音が聞こえてくる。家の中には僕一人しかいない。たまに、気持ちのよい風が入ってくる。
さぁぁ、という風が草むらを吹き抜けていくのだ。少しずつ空は暗くなっていく。離れた場所で烏の鳴き声も聞こえる。
すると、それに呼応したかのように、近くの区民センターから、夕方の18:00を告げる音楽が流れてくる。
―気をつけて、おうちに帰りましょう。午後の六時です。―
僕はテレビも、ラジオも、エアコンも何もつけないで、部屋の畳に仰向けに転がる。天井が僕の視線の中をふらふらと漂っていた。
静かな家の中。僕は、このまま家の一部になってしまうような気さえした。外は、少しずつ、しかし確実に静かになっていく。
もうすぐ、夕方は終わるのだ。暑い夏の日中が過ぎ、夕方を過ぎ、夏の夜が近づいてくる。虫は少しずつその声を上げていく。
部屋の隅の小さな水槽の中にいるかぶと虫が、少しずつ動き出す。間違いない、夏の夜。夕暮れが去っていく。空は、黒くなっていく。
夏がやってくるたび、次の「夏の夕暮れ」はいつ来るだろう。そんなことを考えて、僕は日々を過ごす。そんなことをはじめて、
もう十年が経っていた。
##とりあえず2つ。超短編を研究中・・・。