119 :
名無し物書き@推敲中?:
「…帰りたいなぁ」
向かいのシートに座った中年の男がボソリとつぶやいた。
何言ってんだこいつは。家に向かってるからこの最終電車に乗ってるんだろう?
電車には時々おかしな奴が乗ってくる。連日のサービス残業で体がボロボロの俺は無視する事にした。
もっとも例え元気な時でも相手にする気にはなれないが。
「そぉね。あたしも帰りたぁい」
車両の一番端に座ってる女が答える。OLとおぼしき女は酒を飲んでたらしく少し頬が赤い。
電車には今この三人しかいない。
「そうか。お嬢さんもかね。お前さんはどこに帰りたいんだね?」
「…くふふ。そぉねぇ、あたしの場合しいて言えば『あの日に帰りたい』かなぁ」
おそらく会社では『お局様』で通ってるであろう女は『お嬢さん』という言葉に少し照れながら答えた。
「おじさんはどこに帰りたいのぉ?」
「私はね、会社にも家にも居場所がないんだ。でもどこかに帰りたい気持ちはあるんだなぁ。
…昔は良かったなぁ。私の人生どこで間違ったのかねぇ。
私はもう疲れたよ。どこか安らげる場所に帰りたい」
俺にはこいつらが何言ってるのかさっぱり分からなかったが、何故か郷愁の念に駆られた。
帰りたい。帰らなくては。
――――お降りの際は電車とホームの間にご注意ください。
車内アナウンスが響きわたる。俺はたまらない気持ちになって降りる駅でもないのについ降りてしまった。
過ぎ去る電車の中から中年の男とOLらしき女がニヤニヤしながら見ていた。
改札を抜けたところで俺は我に返った。閑散とした駅だ。バス停もタクシー乗り場もない。
ただ住宅街へ続く狭い路地があるだけだ。俺は途方にくれてつぶやいた。
「帰りたい」
『帰りたい』 fin.