自分一人は大して価値のあるものに思えない。牛乳売りの家に生まれた自分は、
何の疑問も持たずに牛乳売りとして生きて、死んでいけばいい。
けれど、ただそれだけでいいんだろうか。キャンディ一つの価値も生み出せない
文士達の、あのどこか満ちた穏やかさはどこからくるんだろう。彼らの穏やかさは
自分には絶対にない。そうだとも、絶対にない。
もう、夜の闇が迫っていた。夕の鐘はとうに終わり、晩鐘を待つばかりとなっていたが、
突然ハンスは「リンディアの木」に足を向けた。
こんなことは、かつてなかった。家に帰って貧しい食事を母と摂り、夜の祈りを捧げて
眠りに就くそんな生活を父の死後にずっと続けていた少年の、初めての夜の散歩だった。
「リンディアの木」はもう闇に溶け込む寸前だったが、うっすらとその偉大な姿をハンスに見せた。
近くに野宿している文士たちの焚き火が、あちこちで小さく見える。
さっぱりと掃除された木の周りを何度かめぐった後、ハンスは例の文学を教えてくれる男を見つけた。
「こんばんは」
ハンスは声をかけた。
男はぼんやりと小さな焚き火を見つめていたが、やがてゆっくりと首をめぐらして
茶の瞳でハンスを見た。
「珍しい時間に来たね。そんなとこにいないで、こっちにおいで」
うん、とハンスは言うと、男の横に座った。
「どうしたんだい? 何か質問でもあるのかい?」
男がゆっくりと訊く。ハンスは暫く黙っていたが、男に向き直ると言った。
「あんた、なんでこんなとこに来たんだい? 生活のことなんて考えたこと
なかったのかい?」
「……」
「あんただって、家族がいるんだろう? 俺は、家族を捨ててまでこんなとこに来ている
あんたが解らない。どうしてこんな村まで来たんだい? ……何か、確信でもあったのかい?
神のお告げとか、そんなものが」
――男は、無言だった。
少し腹立たしくなったハンスは声を荒げた。
「何の確信もなく、家族を捨ててこんな村に一人でやってきたっていうのかい?
俺には出来ないよ、そんな真似。そんな夢ばかり追いかけている真似は」
「……」男は、手近な小枝を焚き火に投げ込んだ。「訊いてどうする」
「知りたいからだよ。あんたの、あんたたちのやってることにキャンディ以上の
価値があるかどうかを」
ハンスの抑えた声に、また男は黙り込んだ。ハンスもそれ以上、続けなかった。
随分長い事、二人は沈黙したまま熾火を見つめていた。乾いた小枝は瞬く間に燃え上がり、
ぱちぱちと爆ぜながら火の粉を虚空に振りまく。
火の向こうに、別の男がのっそりと座ってきた。
難しい顔をしている二人をじっと見つめていたが、やがて低い早口で言った。
「文筆家になろうという奴には、事情の絡んだ奴が多いもんだ。普通の生活と較べる事が
間違っている」
ハンスは上目遣いで、炎の向こうを見た。
「でも、同じ人間なのに。俺は四年も前から牛乳売りをやって生計を立ててる。
あんたたちは、牛乳を売らずに何をやって生きようとしてるんだ」
火の向こうの男は、見たところもう中年に差し掛かっていた。黒い顎鬚は白いものが
ちらほら混じり、日焼けした顔には皺が薄く刻まれ始めていた。ただ、その眼差しだけは
まるで若者のように鋭く、そして厳しく炎の向こうのハンスをとらえていた。
「――それが、夢、というものだ」
炎の向こうの声は、ハンスにそう答えた。
「夢」
「そうだ。人間は猿じゃない。人生の殆どが苦しい事を知っている。それでも生きて
神から賜った寿命を全うするまで、希望を持って生きなくてはならない。
そのために、いつからか人間は夢を持つことを覚えた。
一人一人の夢は些細でつまらないものだ。だが、時に多くの人により希望を持たせることの出来る
夢を与える事の出来る人間が存在する。それが、絵を描いたり、音楽を作ったり、
詩や小説を書いたりする連中だ。……なるほど、俺たちは、確かに自分でキャンディを作る事は
出来ない。だが、他人に夢を与えることは出来る。ハンス、お前はお前の隣にいる奴に
牛乳一滴でどれだけの知識を得た? お前の心に、どれだけ豊かな風が吹いた?
よく考えるがいい。お前がそんなことも解らないほどのバカとは、俺は思っちゃいないがね」
ハンスは押し黙った。
ずっと下を向いていた隣の男が、おもむろにハンスを見た。いつもと変わらない、
純朴な、穏やかな茶の瞳だった。
「いつか、誰かにそう言われると思っていたよ、ハンス」
「……」
ごめん、と言いかけたハンスを手まねで押し止め、男は笑んで大きく息をついた。
「巡礼は、終わりだ。僕はパリに戻る」
驚いて目を見開いたハンスと、立ち上がりかけた火の向こうの男に、彼は静かに続けた。
「誰かに言われたら、帰る気でいたんだ。最初から決めてた事だった。まさか、文学を
教えた相手から言われるとは思っていなかったけどね」
「パリにって……あんた、あんな遠くから来てたのか」ハンスは口を挟んだ。「それで、
あんな遠くに帰っちゃうんだ」
「ああ、パリで勉強をしてる途中でここに来たから、親はまた別のところにいるんだけど」
男は尻ポケットから手帳を取り出し、一枚を破いてハンスに渡した。
「住所はここだ。何かあったら手紙でもくれ。カール、という宛名で届くから」
「……」ハンスは不安定な色を青い瞳に浮かべながら言った。「俺、俺、その……」
気にするな、と、カールと名乗った男はハンスの肩を抱いた。
「『リンディアの木』に宿った神は、僕にこんないい生徒を賜った。
僕は先生としては多分至ってなかったけど、君はとても覚えがよかった。
ハンス、君さえよければ……、いや、本当の所、きょうここで君の言葉を聞くまでは、
きりがついたときにパリに一緒に行こうと誘うつもりだった。
君はこんな片田舎にいる子ではないと、僕は思う。是非街に出て力を試すべきだ。
でも、それは君の意思があればこそだ。お父さんの仕事をついで、地に足のついた
生き方が高い評価を受ける事も、僕は知っている。今まで本当に有難う」
「……」
カールは、ハンスの頭を撫でた。ハンスは何か言おうと思って口を開いたが、
言葉がどこからも湧き出てこなかった。カールは微笑んだまま小さく首を振り、
「リンディアの木」を仰いだ。
宵闇の中で黒々とした枝葉を晒している神の坐す古樹から、風もないのに葉ずれの音が
響いた。神のお言葉だ、とカールはひそやかに呟いた。
ハンスも樹を見上げた。
――神などいない。神などいないけれど、この人々はそれを感じようとしている。
なんと愚かで尊いことなんだろうか、と思うハンスの向こうで、黒い髭の男が木に向かい頭を垂れた。
以上です。
listさん、お邪魔してしまったようで申し訳ありません。
959 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/16 23:53
>>946 いいですね!身につまされます
物語を書いたことある人ならそうそうって思うんじゃないですか?
今まで2chで読んだ物語の中で一番頭の中にすんなり入ってきました
960 :
オリジナルノイズ ◆KJQVF4h9Ug :03/06/17 00:01
アラ?
…人、ふえた?w
>>959 ありがとうございます。
以前、この板のどこかのスレで書かせてもらってた作品の一部を
アップしました。
推敲なしで、直接打ち込んでいたので、おかしな部分もかなり見られると
思いますが、自分の文体のよくない癖なんかを知りたいなと思っています。
962 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/17 00:18
横レスすみません、質問なんですが。
アリの穴に投稿した作品が消える
までにかかる時間は、どれぐらいなの
でしょうか?
どなたかご存知ないでしょうか?
963 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/17 00:19
964 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/17 00:19
>>961 いや、お世辞じゃなく俺はいいと思いますよ
読み始めハンスの友達の台詞回しで違和感覚えたところあったから
今読み返してみましたけどそしたら気になんなくなってたし
でも批評者としては俺は素人ですから誰にも受ける話かどうかの判断は
つきません でも俺は癒されました ありがとう^^
つーか946氏は受けるネタを一個つかまえて
それで一本でっち上げてどこかに売りこむべし。
風さえあれば飛べる位置におらっしゃる。
うーむまたエラソになってしまた。
今度こそ本当にさよならです。
>>964 はっ、冒頭部分。気がつきませんでした。見直してみます。
お褒めくださってありがとうございま。
>>965 ありがとうございます。
受けるネタを掴まえる事が肝要ですね、上記のは需要がないのでどこにも
もっていきようがないですし。
長い間の批評、お疲れ様でした。
>>963 どうも有難う御座います。
もう諦めました。
>>946タソ
スムーズに主人公に同化できる展開、違和感の無い構成は並みの作家さんが書かれたもの
ではないな、と。
何ていうのか……ライターではなく職業小説家が執筆した文章という感じで「作者の自信」
「作品の力強さ」が感じられます。
格下のlistが言うのもなんですが……
運とタイミングさえ合えば
>>946さんは間違いなくプロの小説家として純文系でデビューで
きる実力をお持ちの方だと思います。(と言うか、文章の落ち着き方がプロが書いたように見えるのは俺だけ?
がんがってください! 応援してます。
970 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/19 11:03
>>459 わかってないねぇ・・・。
セックスの快感ってのは生理現象なの。
肛門には性感帯はないけど、性器をしばらく刺激されたら
男でも女でも相手が誰でも無理やりでも快感を感じてしまうもの。
だから、むりやりだと余計に屈辱なんだよ。
NHKの児童虐待の特集で、親にレイプされた人をとりあげていたけど
相手が親なのに気持ちいいと思ってしまったことに苦悩していたよ。
お医者さんがその人をカウンセリングするときに「気持ちいいのは
生理現象だから」と言っていた。
971 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/19 12:01
970
非常に納得した。大人だね。
あと、緊張感や恐怖心で精神が高ぶっている場合、
大脳がそれを生理的興奮として認識してしまうらすぃね。
不倫や人前で燃えてしまう、という場合、
それが原因のひとつとしてあるかもしれない。
逆に精神がとことん白けきっていたら相手が誰であろうと
何にも感じないとか。
973 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/19 14:22
な ん の 話 だ
974 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/19 19:39
>逆に精神がとことん白けきっていたら相手が誰であろうと
生理現象だって言ってるだろ。セックスの快感は。
しらけるとかそういうのは関係ない。
レイプでもなんでも性器を刺激されたら快感を感じるようになっている。
975 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/19 20:48
毎日同じ生活にうんざりしていた。
現実世界では物足りなく、ネット上は限りない。
毎日のようにパソコンを起動する。
毎日のようにネットを開く。
いつも行きつけのサイトに行く。
こういう事を【運命】というのだろう。最近になってつくづく思う。
976 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/19 20:51
いや、生理現象だよ。<運命
そういう人のために「人という事」スレ!
お一人様ごあんなーい!
>生理現象だって言ってるだろ。セックスの快感は。
>しらけるとかそういうのは関係ない。
じゃあ、なんで不感症の人がこの世に存在するんだ?
え、このお利口さん?
>>974 >レイプでもなんでも性器を刺激されたら快感を感じるようになっている。
大好きな女相手に初めてHしたとき、めちゃくちゃ緊張して勃起しなかった経験ある。
焦って、いつもやってるオナニーの要領で性器を刺激しても勃起しない。何故だ?
あと、泥酔したとき、幾ら性器を刺激してもなかなか行けないのは何故だ。
両者とも脳が関係していないのか?
>>974 はNHKの特番一本みたくらいで自分は全てが分かった
気になるバカチンなので追求しても無駄。
こういう単線野郎は、自分が仕入れた知識がひょっとしたら
間違っているかも知れない、自分が誤解しているかもしれない、
という発想が皆無なのでまず他人の異議を受け入れない。
すり込みされたトリのヒナみたいに最初に聞いた話にしがみつく。
それがある程度権威ある媒体を経由した知識ならなおさら。
どこにでもいる愚鈍の一典型。
つーか、童貞クンってことだろ?
982 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 14:04
>>978 だから病気なんだよ不干渉は。
>>979 まあ、なかにはそういう人もいるだろうねぇ。
>>980 なにムキになって否定してんのさ?
セックスの快楽なんて生理現象に過ぎないの。
レイプだって快感を感じてしまうもの。
生体反応。ただそれだけのこと。
なにかセックスに夢でももってるの?
愛の証とか?夢こわれちゃった?
入れて性器を刺激しあって快感を感じて
(子供ができる)ってだけの行為だよ。
983 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 14:20
童貞がムキになってるし……
984 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 14:25
985 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 14:35
ただの生理現象に夢みたいな妄想をくっつけてムキになって否定しているのはおたくらでしょうが。
>>982 なんだ、スルーを選択したから少しは大人かと
思ったが真性のおガキ様でしたか。
藻前に必要なことは説得力の薄い主張を芸もなく繰り返す前に
正しい知識をきちんと学ぶことだ。
無知は罪ではないがそれに無自覚であることはどうしようもない罪ですヨ。
987 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 14:44
>>986 無知はあんたのほうだよ。
生理的な反応を愛と錯覚しているのかい?
勉強しなさいな。
988 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 14:46
987ってやられたことあるんじゃ・・・?
>生理的な反応を愛と錯覚しているのかい?
お前、読解力がほとほと無いようだから説明してやる。
愛なんて関係ないんだよバ〜カ。
単に性感は精神の振る舞いと密接な関係があると言っているだけ。
他のレスも大体そう。
一体、どう曲解したら「愛」なんて言葉が出てくるのか不思議でしょうがなかったが、
ひょっとしてなんかトラウマ持ち?
だとしたらそこだけ綾マット鍬。
あとそれから「精神だって生理現象の一種だ」などと情けない屁理屈だけはこねるなよ。
藻前の厨っぷりがさらにあからさまになるから。
990 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 15:19
ここの粘着、
>>188-199 ←この文章を批評されたことから始まる。
1ヶ月近く前に投降した文章を批判された件で、まだ反論し続けている。
992 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 15:40
男はとりあえず射精すりゃいやでも気持ちよくなる。
993 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 15:45
殴られりゃ痛い。
だが、痛みを快感だと解釈する趣味の人もいる。
994 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 17:14
言葉攻めされて気持ちよくなる人にとっては2チェンネルって天国だね
995 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 18:16
気持ちよくて気持ち悪いんだろう。
996 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 18:20
>>989 性器いう器官は外部からの刺激をうけるとそれに対して反応をする。
第二の脳とも言われる。刺激を受けるとドーパミンの分泌が増し、
快感を覚える。性交とはそれだけのこと。
997 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 18:21
1000get!
998 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 18:33
999 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 18:34
1000ごち
1000 :
名無し物書き@推敲中?:03/06/21 18:34
いただき
1001 :
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