あらすじ:
人型パソコン(アンドロイド)の
普及によって、世の中は、多くの人々が
パソコンを理想のパートナーとするようになった。
そんな中で、パソコンの買えない貧乏学生
本須和秀樹(もとすわひでき)は、人型パソコン
をごみ捨て場で拾い、そのパソコンに
「ちぃ」と名づけた。
ちぃは見た目は13歳くらいの美少女だ。
ちぃのことをただの道具だと、思うとした
秀樹だったが、ちぃの愛らしさに心を引かれて行く。
そんなある日の夜、秀樹は秀樹の住むアパートの管理人
日比谷千歳(ひびやちとせ)に連れられ、アパートの
地下室に行き、そこでちぃの秘密を聞かされた。
千歳は人型パソコンの開発者、故 三原一郎の
妻であり、ちぃには「エルダ」という名前があり、
ちぃと同型の「フレイヤ」というパソコンがあり、
千歳と一郎はエルダとフレイヤを我が子として育てたこと。
そして、フレイヤが一郎を好きになってしまい
一浪が気持ちを受け入れられなかったことで、
ショックを受けたフレイヤにシステムエラーが起こり
壊れて消えそうになったフレイヤのデータをエルダに
移したが、そのときエルダのデータは消えてしまったこと。
そして一郎と千歳はエルダにフレイヤと同じ結果に
ならないようにエルダを人手に渡すことにしたこと。
そして持ち主が転々として、最後に秀樹のもとにきた
ということを聞いた。
話し終わったころに上から大きな音が聞こえた。
ちぃの身を案じた秀樹が、急いで自室に戻ると
ちぃの体がまばゆく輝き、様子がおかしい。
そしてちぃは秀樹にちかづくと
「ちぃ、見つけた『アタシだけのヒト』」といった。
そう、フレイヤが一郎を選んだように、今度はちぃが
秀樹を選んだのだ。
そしてちぃは秀樹の気持ちを聞いた。
秀樹はちぃが好きだと答えた。
すると再びちぃの様子がおかしくなった。
秀樹はちぃの表情を見て、人格がフレイヤに
入れ替わっていることに気がついた。
フレイヤは自分が入れ替わったのは秀樹に
言うことがあるからだというが・・・・・・。
(ここまではあらすじです。ここからが小説です。)
フレイヤは悲し気な表情を浮かべ、重たそうに口を開いた。
「ちぃが好きだっていったわね」そして、静かに続けて
「その好きは『ぜんぶほしい』の好き?」と言いった。
さらに秀樹の目を見つめて「ちぃのココロもカラダも
ぜんぶ ほしい?」と続けた。
秀樹は未だに抜けきれない人と機械との壁という意識が
頭を過ぎり、顔を伏せ目を閉じ眉をしかめて、
「そう思ってないなら、こんなに悩まねえよ」と言った。
同時に、秀樹の胸に切なさが込み上げて来た。
秀樹は続けて言った「ちぃを犬とか猫みたいに
可愛いんだったら考えることは無い」
やりきれない思いが秀樹の胸中を駆け巡った。
「ちぃはパソコンだし家電だ。
それが分かっていても、俺は・・・・・・」
その言葉をフレイヤが続けた。
「ちぃがほしいのね。」
フレイヤは秀樹の頬に手を当て、秀樹をまっすぐ見て
意味ありげに言った。
「ちぃがどんな姿になっても?」
秀樹にはその言葉の意味が分からなかった。
フレイヤは探るように秀樹の顔を見ながら言葉を続けた。
「ちぃは真実の愛を証明するための存在なのよ。」
やはり秀樹には意味が分からなかった。
フレイヤはなおも秀樹の顔を探るように見ながら言った。
「ちぃはもう、あなたを『アタシだけのヒト』に選んだ。
ちぃはね、『アタシだけのヒト』を見つけると
プログラムが発動して、外装がはがれ落ちるのよ。
分かる?骨組みがむき出しになるのよ。
顔だって金属製の頭蓋骨のようになるのよ。
ヒトの姿じゃなくなって、機械そのものの姿になるのよ。」
ようやく何を言っているのか分かった秀樹は血の気が引くのを
感じながら「で、でも治せるんだろう?」ときいた。
フレイヤは静かに首を横にふった。
「ちぃのカラダは他のパソコンとは違うのよ。
外装が一度はがれ落ちると、二度と修復できないように
加工されているの。分解すれば完全に壊れるし、データを
移すこともできないようになっているのよ。」
そこまで言うとフレイヤは、明らかに動揺している
秀樹を見て、悲しそうな顔をした。
そしてフレイヤは秀樹に問い掛けた。
「それでもあなたは、ちぃを好きでいられるの?」
目の前のちぃの、足首から下はすでに外装がはがれ、
そしてその部分は金属でできた人の足首の骨のようなものや
その骨のようなものにくっついている部品やコードなどが
むき出しになっていた。
秀樹は泣き出しそうになりながら言った。
「開発者は・・・三原一郎は、なんでこんなことを!」
「言ったでしょ『ちぃは真実の愛を証明するための存在』って。」
フレイヤは怒りのこもった口調で続けた。
「多くのヒトは「愛」をオモチャと勘違いしている。
自分の寂しさを紛らわすために、自分の性欲を
満たすために、自分が生きている実感を感じるために、
「愛」をいたずらに口ずさむくせに、
その実、その「愛する人」が本当に苦しんでいるときに、
助けが必要な時に、いっしょに苦しみを背負うことも
できないヒトがいっぱいいる。
ギャンブル依存症、アルコール依存症、買い物依存症、
精神病、リストラ、身体障害、みにくい傷や火傷、
そういうアクシデントに恋人が、夫が、妻が、あったとき、
さんざん「愛している」と言っておきながら、
それまでたくさんの喜びを与えてもらっていながら、
あっさりと見捨てて、また別の誰かと
「愛し合おう」とするヒトがいっぱいいる。
自分が可愛いだけで、愛他的な自己犠牲も
何も無いヒトがいっぱいいる。
パソコンに対しても同じ、パソコンは人間よりももっと
純粋で主人のために一所懸命につくすのに、
主人の理想を実現してあげるのに、すぐに飽きて
捨てられているパソコンがたくさんある。」
フレイヤはそこまで一気に言うと、
いよいよ悲しそうな顔をして、ふたたび秀樹に問い掛けた。
「あなたはちぃを選ぶの?」
ちぃの体はすでに、ふともものあたりまで外装がはがれ落ちて、
金属製の人間の足の骨のようなものと、それにくっついている
部品やコードが、むき出しになっている。
秀樹は一瞬目の前が真っ暗になった。
ちぃは俺の心を癒してくれた。ちぃが居てくれたおかげで
充実した日々を送ってきた。
でも、これからちぃは、あの美しい姿では無くなる。
外見がただの機械になる。俺はちぃを抱擁できるだろうか。
金属製の頭蓋骨ような顔に口付けをできるだろうか。
秀樹の胸の中には迷いや葛藤で張り裂けんばかりだった。
そして、しばらくの沈黙の後で、秀樹がポツリと言った。
「できないよ」
その言葉を聞いたフレイヤは身を硬直させた。
秀樹が続けて言った。
「だめだ・・・俺、そんな姿のちぃは愛せない・・・」
次の刹那、フレイヤの体から全身の外装が、
着ている服を引き裂きながら、一気にはがれ落ち、
骨組みと部品がむき出しになったかと思うと、
激しく発光してショートし、バラバラになって
崩れ落ち、外装のはがれ落ちた頭部が秀樹の足もとに転がった。
秀樹の足もとに転がった金属製の頭蓋骨のようなものは
カタカタと動き「ひ・・・で・・・き・・・」と
一言いうと、それっきりぴくりとも動かず
一言もしゃべらなかった。
*
ちぃが壊れたその時、街では、すべてのパソコンが
ほぼ同時に、いっせいに激しくショートして動かなくなった。
発電所を管理するパソコンも壊れたため、町中の明かりが消え、
信号機も機能せず、交通事故が多発していた。
日比谷千歳は、周囲の状況を見て、愕然とした。
「すべてのパソコンが壊れた・・・・・・。
本須和さんは、ちぃちゃんを選ばなかったのね・・・。」
千歳の胸に悲しみが込み上げ、涙が溢れ出した。
「一郎さんは、ちぃちゃんが愛されることに懸けた。
うわべだけじゃない真実の愛によって愛されることに懸けた。
そしてちぃちゃんが愛されることに、人間の愛の可能性と
パソコンの未来への希望を見出そうとした・・・。
そしてもし、それが叶わないときは、パソコンたちが
苦しむ前に、すべてのパソコンを壊してしまおうと・・・
ちぃちゃんからすべてのパソコンを壊すプログラムを
送信するようにした・・・・・・」
千歳はポケットからハンカチを取り出し、顔に当てて泣いた。
「あなた、ごめんなさい・・・わたしたちの娘が・・・
死んでしまいました・・・こめんなさい・・・
こんなことになるなら・・・・・・
ずっと・・・ずっと私の側に置いておけばよかった・・・」
千歳は長い間その場でハンカチを濡らしつづけた・・・。
― 完 ―