30 :
名無し物書き@推敲中?:
「おーい、まだかい?」
「もうすぐできますから待っててくださいな」
寝床から起き出して時計を見ると午前6時。リビングに降りると、妻は既に割烹着を
着て朝食の準備にかかっていた。あたりに、にんにくの匂いが漂ってくる。
「しかし、朝からこの匂いってのはなんだかなあ」
「あなたが元気になればと思って作っているのよ。朝からじゃ胃には重いかもしれな
いけど、健康のためなんだから」
妻は台所に向かいながら言葉を投げる。うつむき加減に料理している細身の後姿が、先
程の台詞とも相まってなんともいじらしく見えた。
一ヶ月ほど前から体調はすぐれなかった。このご時世、人もいない中で溜まっている
仕事を一人でやっつけなければならなくなり、そのまま一年、二年と無理を重ねてい
るうち、疲れが抜けなくなっていたのだ。妻は私の顔色がすぐれないのを見抜き、そ
れから健康食とやらを作るようになったというわけだ。
やがて朝食の準備が終わると、箸を動かしはじめる。
「こんなに、作っちゃったけど……」
最近料理が楽しいらしく、つい勢いで二人では食べきれないくらいの量を作ってしまう
のだそうだ。
「いいよ、残せばいいんだから。それよりお前、この残り全部食ってるんだろ? その
うち相撲取りみたいに太ってしまうんじゃないか? 成人病になっちまうぞ」
「いいのよ、太れないんだから。あなたこそ、あまり無理しないでね」
「ああわかったよ。しかし、ケアしているとはいっても、にんにくってのは口臭が
気になるよな」
「体のためだから、しょうがないわよ」
気を使ってくれるようになってから、こうしたとりとめのない会話が増えた。これ
も毎日無理をおして仕事をしてきた功徳なのかもしれない、と、ふと思った。
カーテンから朝日が漏れ差し、テーブルを照らす。元気になりそうな予感が、した。
次も「アイドル」「ホテル」「パステル」の語尾「ル」つながりで。