この三語で書け! 即興文ものスレ 第十壱層

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16葛の葉 ◆Leaf.p8Qac
>「蜜柑」「朝顔」「検算」

唇に紅をさし、絹江は顔を上げた。鏡台の鏡に映る自分の顔を凝視し、
目元の皺を指先で伸ばしてみる。ふと・・・庭先で花をつけている、
薄紫の朝顔を鏡のなかにみつけ、そっと目頭を押さえた。
朝顔は、恭二が三歳に達した夏に、種を蒔いたものだった。
暫く後、絹江は背筋を伸ばすと、音も無く立ち上がった。
薄暗い日本間を通り抜け、台所へ立ち寄ると、籐の果物籠の中の蜜柑を
ひとつ手に取った。そして低い潜り戸を抜け、よく磨き込まれた廊下を
歩んで行き、その突き当たりの襖を開けた。やはり、音も無く。
小奇麗な日本間には、布団が敷かれており、若い男が生気無く横たわっている。
男は、絹江の姿を認めると、哀願をするかの様に口をぱくつかせた。
しかし、その唇からは、ぜいぜいと息が洩れるだけだ。
・・・体温計の水銀て、本当に効くものなのねえ。
絹江は、着物の袂を口元へ引き寄せ、そっと微笑んだ。
半年前、この楚々とした未亡人の求婚に浮かれた男からは、生気と自信が満ち
溢れていた。結婚後、自由に出来る財産を検算し、悦に入っていたものだった。
絹江は、袂から蜜柑を取り出すと、男の目前に突きつけた。
そして、男が骨ばった腕を伸ばすのを易々と払いのけると、渾身の力を込めて、
蜜柑を握り潰した。真新しい畳へ、果汁がしたたり落ちる。男は、首を伸ばし
それを舐め廻し始めた。その様子を能面の様に白々とした表情で眺めながら・・
絹江は、枕元の象牙のステッキを手に取った。そして・・・
六年前、一人息子の恭二をひき殺した男の肩へと、力任せに振り下ろした。


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