この三語で書け! 即興文ものスレ 第十壱層

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14葛の葉 ◆Leaf.p8Qac
>「灰皿」「緋色」「申込書」

細く紫煙を吐き出してから、彼女はボールペンを握り直した。
申込書には、既に写真を添付してある。用紙は一枚きり。
慎重に書かねばなるまい。肩にやや力を込めた時、髪に挿した
椿が頬に垂れかかり、慌てて左手を添えた。その色が視界に入り・・・
「君には緋色がよく似合うね」男の言葉が、ふと蘇った。
彼は、赤ではなく、緋色、と言ったものだった。
それが、彼女よりニ十は年長である事の、証明であるかの様に
思えた時期もあった。男の、妻子の存在よりも。
彼女は、再び申込書の記入へ集中し始めた。
一ヵ月後に東京で行われる、映画の主演を決定する為のオーディションの。
彼女が群舞の一人として、舞台へ上がる第三幕までは、まだ時間がある。
化繊のドレスの裾を絡げてから、彼女は煙草を灰皿に押し付けた。
灰皿。「君の様に愛らしいね」男が笑いながら手渡した、熊のぬいぐるみ。
子供じゃあ、あるまいし。そんな言葉を、彼女は飲み込み、やはり笑顔で
受け取ったのだった。その薄茶の顔には、点々と灰が散っていた。
ガラス玉の瞳は、緋色のドレスの女を、無機質にみつめている・・・。


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