44 :
「ワイン」「脱出」「セイウチ」1/10:
友之が電気が止められる以前は冷蔵庫だった箱を開けると、中には干からびた
にんにくと一袋のにぼし、あとは半年前に賞味期限の切れた練りわさびしか
入っていなかった。
プラスチックのドアを閉め、いつものように流しの下の扉を開ける。
中にはあのロマネ・コンティDRC85年物が、白いラベルをこちらに向けて
ひっそりと佇んでいた。友之はボトルを手に取ると、ラベルを指で撫でながら
ゆっくりと手の中で回した。
会社の犬から脱出し、作家を目指して上京した時に勢いで買った物だった。デ
ビューできたらこれを開け、明美と祝おうと。
しかし時間は音もなく過ぎ、明美はもう戻らない。貯金も底を突き明日喰う米
もない。なのに腹だけは出て、まるでセイウチのようだ。
友之はじっとラベルを見つめていた。
固くボトルを握りしめていた手が、不意に封を引きちぎった。
コルクを奥へ押し込み、ラッパ飲みで一気に喉に流し込む。
噎せ返りながら澱まで胃袋に押し込んだ。
不意に猛烈な吐き気を催し、トイレに駆け込んで吐いた。
空っぽの胃からワインが胃液と共にトイレに流れ込んでいく。
苦しさに目を開けると、右手に空になったボトルを握りしめていた。
白いラベルが赤く斑に染まっていた。それは未来のようだった。
友之は泣きながら「書こう」と思った。
----------
●評価が気になります。よろしく。
御題は継続です。
この御題、10本くらい続けませんか?どんな物語が出てくるか見たいです。
ご賛同いただける方は、名前欄の1/10を2/10,3/10と続けていってください。
もちろん今まで通り御題を出してもいいです。飽きたら変えて下さい。
46 :
「ワイン」「脱出」「セイウチ」2/10/病:02/11/01 19:09
今にして思えば、私はただの「都会にあこがれる田舎娘」だった。
こんな魅力の無い、僻地の寂れた村で一生を終えるのは嫌だ。こんな田舎からは早く脱出して、
都会へ行こう。もっと夢のある暮らしができるに違いない……そう思い、私は周囲の反対を押し
切り、夢にまで見た都会・東京へとやって来た。
だが、私のような田舎娘が暮らしていける程、都会は甘いところではなかったのだ。
まず立ちはだかったのは、衣服の問題だ。当時着ていたコートは、私が初めて自分で仕留めた
セイウチの皮で作ったものだ。私にとっては記念すべきものだが、容赦無く向けられる奇異の
視線は耐えがたいものだった。
そして何より、この暑さ。比較的涼しい季節だというこの時期も、氷点下が当たり前のアラスカで
暮らしてきた私にとっては灼熱地獄に等しかった。
結局、私は体を壊してしまい、半年も持たずしてこの街を去ることになった。
土産のつもりで買ってきたワインは、故郷に辿り着く頃にはガチガチに凍り付いてしまった。
田舎者の私が都会で生きられないように、都会者のこのワインもまた、田舎では存在し得ない。
物事には分相応というものがあるのだな、などと思いながら、私は懐かしい我が家の戸を叩いた。
一応、新しいお題はふっておきます。「雪隠」「ギロチン」「電車賃」でどうぞ。
47 :
:「ワイン」「脱出」「セイウチ」:02/11/01 20:00
どこかは、はっきりしないが、彼は牢屋に閉じこめられていた。
壁は煉瓦で出来ていて、下は地面がむき出しだった。明かりは廊下の天井から
下げたランプだけであった。
道を歩いていたとき急に、誰かに後頭部を殴られて、意識を失った。それからそこに
運ばれて、ずっと眠っていた。そして、起きてしばらく脱出方法を考えていたとき、
「目を覚ましたのか」
と、低い声が廊下に響いた。そこは地下にあるらしい。
彼は廊下の方に、陰が近づいてくるのを見た。外に現れたのはマントを着た男だった。
顔は青白く、口を開けるとセイウチのように二本の歯を見せた。手には真っ赤な
ワインの入ったグラス。彼の第一印象はドラキュラだった。
「お前は誰だ。どうして私はここにいるんだ」
彼は不安を隠しきれない様子でその男に問うた。
「いや、ここは刑務所ですよ」
よく見るとその男は警察官のようだった。
48 :
「ワイン」「脱出」「セイウチ」4/10:02/11/01 22:10
やつのあだ名は「セイウチ」だった。なぜなら、見た目がセイウチの様だからだ。
「セイウチ」はよくおれの部屋に遊びに来た。「セイウチ」はお菓子が好きだったので仕方なしに
食わせてやったら、物凄く汚い食い方をするので参った。部屋中がお菓子のカスだらけになって、
おれは「セイウチ」を何度も怒鳴りつけたのだが、やつは聞く耳をもたなかった。
おれは本当に嫌で嫌で仕方が無かったのだが、「セイウチ」の部屋へおれを含めた数人で乗り込むことになった。
みんな酔っ払っていた。まともなのはおれだけだったから、何度も反対したが、結局行くことになった。
実際、おれも少しだけ興味があったのは確かだ。しかし、おれは興味を持ってしまったことを心底後悔した。
一番酔っ払っていた山口が「セイウチ」の部屋のドアをいきなり蹴破った。そして「セイウチー!」と絶叫した。
全員いっせいに「セイウチ」の部屋へ走り込んだ。俺も後に続いたが、部屋に入ってから愕然とした。
物凄い悪臭と、ブーンという虫の羽音。それはゴキブリだった。床中をカサカサ這いまわり、何匹もが
飛びまわっていた。突然の侵入者達に驚いたのだろう。おれはもう何も考えられないほどの衝撃を受けた。
「やあみなさんこんばんは」、「セイウチ」がそう言うのと同時に、おれは床に転がっていたワインのビンを
拾い上げて「セイウチ」に向かって突進した。そしてそのワインのビンで「セイウチ」の頭を殴りつけた。
おれはそのまま「セイウチ」の部屋を脱出した。後のことはもう覚えていない。
49 :
「ワイン」「脱出」「セイウチ」5/10:02/11/01 23:24
だいたい誰のせいで北極まで来たというのだ。
男はまるでエスキモーみたいに辛抱強く雪原を歩いていた。
頬と鼻は赤く痺れ、吐く息はたちまち凍りつく。
とめどない洟をすすっては、ときどき蜜のようなウイスキーをなめる。
まだワインをがぶ飲みしたほうがましというものだ。
だいたい社長も気まぐれなのだ。
本物のセイウチの毛皮のコートがほしいだなんて。
胸くそが悪くなってつばを吐く。
奇想天外な発想がいいということで会社の株は騰がるし。
どうせ戻ってもすぐカルムイキアでチェスをしてこいとかなんとか言われるに決まっている。
だからといって会社を辞めてもこの不況。
途方にくれて男は雪原に立ちつくす。
どこへも行けないのだ。
この社会からの脱出を試みようと思ってもうまくいくことなんてあまりない。
パチンコで負けつづけるほど運と才能はないし。
周りを見わたせば、ただ白いだけのなにもない世界が広がっていた。
50 :
一応「ワイン」「脱出」「セイウチ」5/10:02/11/01 23:27
「お前には奇妙な友情さえ感じるよハニィイイ。君の事を夢で見たんだ。
思わず攫ってしまったよ。お前は見知らぬ他人だったが、そんなことはどうでもいい」
瀟洒な室内を気分でも悪そうに歩き回る犯罪者に、一見して一切の自由を束縛されていない青年が
冷ややかな視線を送っていた。
「ハニィ、知ってるか? 北極ではシロクマとセイウチは殺しあっているらしい。
氷上ではクマに有利だが、水に落ちればセイウチの領域だ、脱出は難しい。
では今俺たちがいるのはどっちかな、ハニィ」
不安でもあるようにせわしなく歩き回っていた犯罪者は、卓上のワインクーラーに手を伸ばした。
「赤ワインを冷やすのはマナー違反らしい。なので、優雅に冷やしておいた」
犯罪者は赤ワインを一瞥してワインクーラーに戻すと、眉をしかめながら青年の下へと歩み寄った。
「ハニィ、一生君を愛し続けよう。なぜってお前が俺の夢に現れたからさ、ハニィ、ハニィ!」
犯罪者は、『さっきから一人で奇妙に語り続ける青年』に、初めて言葉を返した。
「私をどうするつもりだ」
「くつろげよハニィ。ここには警察はいない。一生僕が守ってあげるよハニィ」
なにやら電波系になってしまいました。
>>46のお題も有効だと思いますんで、今は平行して二種のお題があるってことですよね。
うわ、初めて被った。
5/10は6/10ですね。
52 :
「ワイン」「脱出」「セイウチ」7/10:02/11/02 00:02
セイウチは動物園を脱出した。
真夜中の、星の隠れる夜に。
飼育係が出入りする扉の鍵穴にひげを入れてひねると、硬い音をたてて開いた。
細い通路を抜けるのには苦労したが、抜けてしまえば自由な空間が目下に広がっていた。
セイウチは生ぬるい空気を深く吸う。
この季節から海を渡れば、休みながらでも夏には北極に着くだろう。
深い夜を味わうようにセイウチは地下のバーに向かう。
自らの門出に祝杯を挙げたい気分なのだ。
「いらっしゃい」とマスターは営業的な微笑を浮かべてセイウチを迎える。
カウンターに腰を下ろしたセイウチは、訊かれもしないのに経緯をマスターに語る。
「そんなわけで」セイウチは効果的に咳払いをして話を区切ってからつづける。
「僕はふるさとに帰るってわけさ」
「でも北極にはワインなんてないんでしょ、凍っちゃうから」
一度憶えた味はなかなか忘れられない。
とても残念なことに、セイウチはワインが大好きだったのだ。
すこし具合悪く会話をつづけたあと、セイウチはまっすぐ動物園に戻った。
「雪隠」「ギロチン」「電車賃」
「ねぇ、知ってる?ギロチンはギロチン博士が開発したってことになってるけど、原型はルイ16世が作ったのよ」
ベッドに横たわり、本を読んでいた瑠実果が突然身を起こした。
石榴のように紅く、形のいい唇が少しだけ吊り上っている。
「初耳だね。でもそれがどうしたの?」
どうせ本で得た知識だろうと思いながらも、俺は微笑んで答えた。
「特に意味があるわけじゃないけど……何となく皮肉だなぁ、ってね」
学生時代は、地理選択者の俺だったが、それくらいの常識は知っていた。
「ルイ16世って最期、ギロチンで処刑されたんだろ。確かに皮肉だよな。」
「そう。自分が創ったもので、自分が殺されたの」
彼女は意味深の笑みを浮かべながら、俺の瞳を見据えた。
「幸人、玄関の棚の引き出しが開いてて、私が置いてった財布の中身が少しだけ無くなってたわ。あなた、鍵を絶対に開けないって言ったのに」
肩が少しだけピクリと動くのが、自分でも分かった。
「ちょっと……、急に友達に呼び出されてたんだけど、財布も小銭入れも手元になくてね。電車賃が必要だったものだから合鍵で開けて失敬したんだよ。悪かったね」
瑠実果は、すっと笑うのをやめ、目を静かに閉じた。
「うそつき。幸人この間、私にくれたもののもう片方の鍵、小銭入れに入れてたじゃない。小銭入れに小銭がなかったって言えばよかったのにね。……それに気づいてた?あの中、微かにラベンダーの香水の香りがすること」
「別に……、ほら、瑠実果に香水をプレゼントしようと……」
「何?雪隠の火事のつもり?私が香水嫌いって、幸人が一番良く知ってるでしょ。はっきり言いなさいよ、他に女がいるって」
あぁ……と知らない間に口からうめき声が漏れていた。
きっと瑠実果は試していたんだ……、俺を試すために……。
「幸人があの扉の鍵を閉めなかったら……、ばれなかったかも知れないのにね」
一瞬だけ、自分の首がギロチンで刎ねられる幻覚が、俺の中を巡っていった。
……長くてすみません。
次は「憧憬」「潜行」「景勝」でお願いします。
あっ、もちろん
「ワイン」「脱出」「セイウチ」
も続けて下さい。
私のお題はそれに参加しない人で。
……さて、私も参加しようかな。
55 :
「ワイン」「脱出」「セイウチ」7/10:02/11/02 00:28
ちょっとしゃれたホテルのバーで僕はそこで知りあった女の子とワインを飲む。
うらびれた通りに面したちいさなホテルだったが、なかなか綺麗に装っていた。
僕は作家のぐちを聴きに出張でやってきて、彼女は友達の結婚式でやってきたのだ。
それぞれにすこしいやな想いをしては、うまく場から脱出することに成功した。
そして寝る前に一杯飲み直そうとしたらたまたま知りあったのだ。
彼女は酔いの廻った顔で僕に訊く。
「男の人の性欲っていったいどういうものなの?」
「とても暴力的なものなんだ。感情はそのあとについてくる」と僕はすこし考えてから答えた。
「それはセイウチの牙のように?」彼女は潤んだ瞳で確かめる。
「そう、セイウチの牙のように」僕は反芻するように繰りかえす。
「私はね、離婚したの」彼女は左の薬指の指輪を弄りながらつぶやく。
そしてためらうように指輪を指先まで運んでから、おもむろに抜いてカウンターに置いた。
僕はその仕草をながめながら、北極に住むセイウチの牙を想像していた。
8/10だったね
「ワイン」「脱出」「セイウチ」 9/10
アパートの改築工事のため、家を出た。一度取り壊して、建て直すという。
一時的な退去とはいえ、持ち物はすべて持ち出さなくてはならない。
僕は友人の家を泊まり歩いていたが、そんな暮らしがつづくはずもなく、
ついに、そもそも三日の約束だろ、と追い出されてしまった。そもそもと
友人がいったのは、すでに六日もおじゃましていたからで、僕は僕で、
「せめて三日だけでも作戦」をとっていた。
さて、今夜は野宿かという夜に、元カノから携帯に連絡があった。僕の噂を聞いて、
救いの手をさしのべてやるのだという。ていよく因りを戻されそうな気がしたけど、
ぜいたくはいってられない。ふたつ返事でころがりこむ。
出荷されたばかりのボジョレーを手土産に持っていくと、彼女はニコリともせずに受け取った。
態度も体型もおおきくなっていた。せいうちかと思った。それから数時間、付き合って
いたころの愚痴を聞かされた。居候の身としては反論もままならない。しかも、彼女が
年齢を若く偽っていたことが発覚する。俺は、野宿でもいいからこの部屋から脱出したいと思った。
話題を変えるためにワインをあけると、コルクに1998とあった。
最後から2行目の「俺」は「僕」に訂正。みなさまもお気をつけを。え?
おまえにいわれんでもわかっとるわい!? 失礼いたしました。
59 :
「ワイン」「脱出」「セイウチ」10/10:02/11/02 00:51
朝の新聞の片隅にちいさな記事が載っていた。
動物園のセイウチ舎のドアが牙でこじ開けられたという。
ワインを飲む中年の女はその記事を見ては感嘆のため息をもらす。
野性的な強さにしばし酔ってみては、机の隅に置かれた電話を手に取る。
簡潔な口調で呼び出してはすぐ電話を切る。
数分後折り目正しい男が慇懃な態度で部屋を訪れる。
「あなた、北極行ってセイウチの毛皮を取ってくるという企画はどう?」
男は慎重な表情で考える。よくあることなのだ。
「その毛皮をどうするおつもりで?」
「コートにするの。今の時代癒しが流行っているけれど、強い力に憧れる気持ちもあると思うの。ブッシュ大統領みたいに」
「そしてそれを番組で紹介して販売するのですね」
「そう。国際法に触れない程度にね」
「かしこまりました」
男は蛇が隙間から脱出するように滑らかに音を立てず部屋から出ていった。
そしてその企画はあっさり通ってしまう。
不可思議なことほど世の中うまくいくものなのだ。
60 :
「ワイン」「脱出」「セイウチ」10/10:02/11/02 01:04
「おばあちゃん、今年もそろそろ梅ワイン、作る頃やろ?今年はあれ、たくさん作ってな。好物やから」
私は大学から帰ってくるなり、台所の流しに立っている祖母にそう言った。
「えっちゃんはあれが好きなの?」
祖母は少しウエストが太めの体――伯母は容赦なくセイウチみたいと言っているが――をゆっくりこちらに向けて、柔らかく微笑む。
しかし、その瞳に少しだけ不安の影が宿るのを私は見逃さなかった。
「もう、おばあちゃんたらまだ心配してるん?ほんまにもう大丈夫やって」
私が東京の大学に進学したのは母からの脱出だった。
母は私を自分の人生の駒としか考えていなかった。
自分の世間体のために私を「いい子」に育て、「いい学校」に行かせようとした。
私も「いい子」になろうと……、母の気を引こうと必死に努力したが、結局母の目に映っていたのは弟だけ。
それに気がついたのは、大学受験の一週間前、私が胃潰瘍で入院したときだった。
……母は、ただ、その年大学に入学できなくなった私をひたすらなじった。
最初、愛情を忘れた私に、祖母は小さな子にするように優しく抱きしめて、撫でるだけだった。
祖母の目がきらりと光った時、初めて私は人の前で涙を零した。
あまりにも祖母が温かかったから……。
「そうかい、それならいいけど……。でもお酒はあまりよくないんだろう?」
「我慢してるほうが余計にあかんわ」
私がおどけてみせると、祖母はやっと安心したらしく、「それじゃあ、作ってあげるわね」と優しく私の頭を撫でた。
大学生にもなって、小さな子のように撫でられるのは、少し恥ずかしかったけれど、祖母の温かさに私は、心地よさを感じていた。
かぶってたのか……。
すみません。
>>61 オーバーしたら10/10を11/20にして継続してください。
飽きるまでやってもいいと思うけど、12時間書き込みがなかったら次へ行こう。
簡素人がストップ掛けてもいーよー。
また、なんか良い御題があったらまた「10本続けよう」コールして下さい。
よろしく〜
63 :
名無し物書き@推敲中?:02/11/02 02:12
しかし99/100までやるってのも、ちょっとな。
ほかのお題でシリーズもん、やりたい参加者もいるやろうし。
やっぱり多くても10までがいいんじゃない?
で、10書いた人がシリーズもんの「お題」だせばいいやん。
平行お題?の「憧憬」「潜行」「景勝」もあるよってに。
「憧憬」 「景勝」 「潜行」
僕は沖縄のアザミ珊瑚。のんびりと育って来たら、いつのまにか世界最大
級になっちゃった、らしい。そんなことはどうでも良いんだけど、ギネス
に載ったり、環境庁が国宝?やらにしてくれちゃったから、妙なことに。
奴らがやってきたのだ、自然への憧憬とかには無縁そうな奴ら、景勝地に
出没し、荒し回ることで有名な奴らが。
人目を避けて潜行して来たのはカメラマンを従えた朝日記者だった。そして
何を思ったか、僕の体にストロボの柄でK.Yの刻印をガリガリガリと刻み
込んだ。痛い。と思ったのも束の間。さらに何度も、繰り返し、執拗に気の
遠くなる時間をかけて刻み込んでいったのだ。
後で、ダイバーの人たちが語っていた話によると朝日新聞社は自作自演記事
「『K・Y』のイニシャルを見つけたとき、しばし言葉を失った」とかで
ダイバーの人たちに冤罪を被せていたらしいから酷い話だ。
僕を痛めつけるのが目的では無かったのか?
にしても、一体「K・Y」ってだれだ。
「憧憬」「潜行」「景勝」〜あるいは見立て殺人〜
……あの日あなたの乗っていた船が難破し、かつては景勝地だった岩ばかりの無人島へ
流された。そこには水も食糧もなく、流れ着いた十人は生き残るために籤をひいた。外れ
籤をひいた者が、他の者の食糧となる。そして半年後、あなただけが生き残った。
しかし最後に亡くなったのは男性でした。抵抗すればあなたに勝ち目はない。なぜ彼は
そのまま死を選んだのですか。そしてあなたが島で書いていた手記は、死体を食べつくし
たという記述を最後に途切れている。その後、どうやって命をつないだのですか。
あなたは手記でこの出来事を『そして誰もいなくなった』のようだと書いていました。
その小説は、十人のインディアンという憧憬の対象であるはずの童謡通りに、人が殺され
るという内容でした。しかし小説では最後のインディアンは首吊り自殺で消えるのですが、
本来の歌では結婚によって消えるのだと知ってましたか。最後の一人は生き残り、ある意
味、結婚によって増えるのです。私はそこから答に気づきました。
名探偵の推理はどんなに残酷な物であっても、人々を安心させるためにあります。その
対象には犯人も含まれます。そうでなければ名探偵の言葉に犯人が耳をかたむけるはずが
ありません。あの島の周囲を潜行して見つけました。島であなたが産み、あなたが食べた
子供のかけらを。 皇 太郎より
フルネームだったんですな。次なるは「故郷」「幽霊」「天使」
>>63 そっすね。10話前後くらいにしときますか。
んじゃ
>>59、シリーズの御題出してくで。明日昼12時までに出なければ
私が出します。
ちなみに別スレにした方がいい?何なら立てるけど。意見ないならこのまま。
単品物は現在「故郷」「幽霊」「天使」ね。
67 :
名無し物書き@推敲中?:02/11/02 06:36
コニチハー、ワターシよ♥ マタマタ来たのよ! キャハ!
このまえ、仕事ミツケタ。タイヘンだたーよ。この不況、困ったチャンです。
アハ、アハ、故郷に帰るオカネ、もうアリマセーン。それでやね、住み込み、見つけたの。
デーモネー、そこ、GHOSTがお見えになるの。幽霊さま、イラッシャーイではアリマセーン。
天使なら、ウェルカム。
どう?
ワターシのニポン語、ちょっとうまくなったでしょ?
Thank you for readin' ,love from ME!
OH!! お題、これ書け! 「憂鬱」「カタカナ」「おやつ」
68 :
「故郷」「幽霊」「天使」:02/11/02 07:49
車の窓ガラスを叩く音で、目が覚めた。腰の痛みを騙そうと、背中を伸ばし
て外を見る。髪の長い女が、ガラス越しに覗いていた。腕時計に目をやると、
朝の四時だった。そろそろ夏が近い。外は暗いが、あと一時間もしない内に日
が昇る頃だ。後部座席のドアを開けると、女はさっと入って来た。室内灯のオ
レンジの光が、うつむいた女の顔がぼんやりと照らす。まだ若い。少し団子鼻
な所に愛嬌があった。 「お客さん、どこまで?」
「話を聞いてください。メーター回していいから。」
タクシーの運転手を何年もやっていると、こういう人間に良く会う。大体
は女だった。どうぞ、と言って話を促す。女はうつむいたまま早口で話した。
「幽霊なんです、私。もう死んだのに死神も天使も迎えに来ない。どうし
たらいいと思います?随分色んなところを歩き回ってみたりしたんです。
でも、誰も私に話し掛けたりしないんです。死んだら天国か地獄か、どこ
か別の所に行くと思ってたのに。」
変なのに当たってしまった。この仕事をしていると、夜、客を乗せていて
気が付くと客は消え、座っていたはずのシートが濡れている。そんな話を嫌
と言うほど同業者から聞かされる。それを知っていて、いたずらにタクシー
の運転手を怖がらせようとする人間がいるのも知っていた。寝ていたところ
を起こされて機嫌が悪かった。けれど、俺とは随分歳の離れたこの女がこの
後、どうするつもりなのかに興味があった。少し可愛いとも思った。子供の
悪戯電話の相手をして、遊んでやるような気持ちだ。やや寝ぼけた頭を起こ
して、色々話しを聞いた。
「お寺か神社かに行くのは?」「親は?」「あんたが育った場所に行くのは?」
「それもいいかもしれません。お寺って何時に入れるんでしょう。」「もう、
死んでしまいました。」「故郷はないんです。」「…信じてくれないのね。」
ふと外を見て、気づいた。もうとっくに、日が昇る時間の筈だ。けれど、
外はまだ暗い。また、腰が痛み出した。嫌な気分がした。
「お客さん、どこか適当に走っても、いいですか。」
女は初めて俺の目を見て、そして少し笑って頷いた。えくぼが右の頬だけに
浮かんだ。
俺はサイドブレーキを戻し、視線をミラーに向けた。
被った。すんません。
70 :
「憂鬱」「カタカナ」「おやつ」:02/11/02 08:52
バナナの黄色い皮に張られているシールは紛れもなく安物だった。
カタカナでビューティフル・バナナと記されている。
確かに美しく彎曲してもいるし、黒く潰れた痕もない。
しかしそれは人工的な美しさなのだ。決してそれは自然が作り上げた大地からの贈り物ではないのだ。
チンパンジーが喜んで飛びつきそうなオーラがまるでない。
「おやつにバナナか」
横溝慶介は苦笑した。彼の妻は結婚以来慶介を子ども扱いし続けていたのだ。
「たまの休日なのにおやつにバナナか」
最近購入したテーブルに肩肘を突き、慶介はタバコをふかした。襲いくる憂鬱。
襲いくる憂鬱と戦う慶介。襲いくる憂鬱と格闘する慶介。襲い繰る憂鬱と和解する慶介。なだめる慶介。
とりこになる慶介。あてどなくトイレと応接間を行き来する慶介。
慶介はバナナに張られていたシールをはがすと額に張り付けた。ビューティフル・慶介。
慶介の夏は終わった。
次は、「カナブン」「雪崩」「亜熱帯植物」
71 :
「カナブン」「雪崩」「亜熱帯植物」 :02/11/02 11:06
「電気、止められるまで、あと十分くらいかな。」
男がせわしなく部屋を歩き回っている。女はそれを見て諦めたように笑った。
部屋は暖房が効いていて暖かい。機械の振動が壁に伝わって、油蝉の泣き声
が篭もったような、小さな音が部屋に響いている。
「私達、間違えたかな。他の方法を選んだ人も多かったのに。」
それまで黙っていた男が、かすれた声で咳き込みながら口を開いた。
「でも、空が見えるところにいたい。」
「わかってる。ごめん。ね、亜熱帯植物の種を寒帯に撒いたら、芽は出る
と思う?棚の奥に、メランポジウムの種があるの。小さいタンポポみた
いな花が、沢山咲く。」
断末魔のカナブンのぶ厚い羽音のような、乾いた低い断続的な音を立てて、
空調が止まった。
「思ってたより、早いね。映さん、お願いね。」男は女に顔を向け、安心さ
せるように笑った。乾いた破裂音が部屋に響いた。
まだ硝煙の匂いがする銃を握り締めた右手の指を、一本一本剥がして、左手
に持ち替えて銃を床に置く。女が視界に入らないよう顔を背け、男は言われ
た場所に在った紙袋を、そっと胸のポケットに入れた。
ドアに歩みより、重い扉を体重をかけて開くと、眉と睫毛が凍って砂糖細工
のようになった。それにかまわず、男は外へ出て行く。
遠くで、地下鉄の音を地上から聞くような音が響いていた。段段、近づい
て来る。銃声で起こった雪崩の音だった。男は、太陽があるはずの場所を見
上げた。闇だった。ドアの隙間から漏れる明かりは、残った僅かな電力を使
い果たし、真白な雪を踏みしめていた男の視界から、最後の色を奪った。
地球に氷河期が来て、五年が経っていた。多くの人々は、地下のシェルタ
―で暮らしている。地上で暮らす事を選んだ人々の集落のひとつが、最後の
時を迎えていた。
長くなりました。次は「数」「杖」「ペットボトル」で。
今日のご飯は、やけに酸っぱい。多分、何日もまえのヤツなのだろう。
僕は、酸っぱいご飯をコーラで無理やり流し込んだ。
黙々と食べる。コーラーで騙しながら黙々と…
おかずの数は3種類ある。「から揚げ」、「ハンバーグ」、「ポテトサラダ」
そのどれもが酸っぱい。酸っぱい事を除けばコンビニ弁当にしては、豪華な方だろう。
弁当の蓋には「DXからあげ弁当」と銘打ってある。金額は430円だ。
あらかた食べ終わり、コーラーのペットボトルを置いたところで、
僕は、目を見開いてうっと唸った。
僕は一点を見つめたまま、数分間動けなくなった。
霞んでいく目で確認する。良く確認する。しばし確認する。
「キテレツの杖」をゲットした。画面には確かにそうある。
僕は、震える手でペットボトルを取り。残りのご飯を片付けた。
73 :
名無し物書き@推敲中?:02/11/02 12:02
最近、ペットボトルが持ち歩く人間が多い。事実上のペットボトル依存症患者
ではないのか。手元にあると、つい飲んでしまうのでは無かろうか。
自戒をこめつつそう思う。良心的市民はペットボトルを見て核爆弾を思い
出してしまうのでは無かろうか。なぜなら、手元にあると使用したくなるという
属性が共通しているから。かくいう私は杖にすがりながら、反戦市民の団結を
祈念しつつ残り少ない人生を核廃絶巡礼で過している。コラム子を引退してから
同行二人で行脚しておる。強く訴えかけておきたいのは、例え日本に北の方角
から人工衛星に載った核兵器が飛んで来ても一発なら誤射ではないかと、こう
思ってくだされば嬉しい。沢山飛んで来たら、「数は問題ではない」と思って
我慢すべきだ。
と言う訳で、僭越ながら連作お題発表。
「地平線」「かけら」「響」1/10
1/10から進めて10/10になった人が次の連作御題を出してください。
かぶったら早い人のを採用と云う事で。
単品ものは73が御題を出してないので継続の
「数」「杖」「ペットボトル」ですな。
この大地を踏みしめるのはこれで2回目か…。
雄一は知らなかった。日本でも地平線が見えると云うことを。
初めてその地を訪れたのは雄一が19の時だった。
内向的で引き篭もりがちな性格の改善、その一助となることを願って北海道への旅を思い立った。
道内の古ぼけたライダーズハウスで宿泊をしているとき、
一回りほど年配のライダーから地平線が見える場所を教えられた。
胸が高鳴った。遠足を待ち侘びる少年のように、その夜は眠れなかった。
まだ、日も昇らない頃合に雄一は宿を後にした。
目的地までの500キロあまりを制限速度お構いなしに驀進した。
地平線を拝めば、何かが変わると願っていた。希望のかけらを掴めると。
長時間のツーリングで疲労もピークに達した頃、果てしなく続く道の先に地平線が顔を出した…。
ポンっと男が雄一の肩を叩いた。
「どうです、懐かしいですか?」
「ええ。時間があの日で止まっているみたいです…」雄一はかみ締めるように答えた。
「……。あまり長居するのは規則違反ですから、そろそろ…」
男が促すと、雄一は軽く頷き――ゆっくりと宙に向かって浮かび上がった。
「このように景色に変化が無い道だと、注意力が低下してよく事故が起こるんですよ。
こう云うのはあなたで最後となるといいんですがね…」
男の台詞が雄一の胸に虚しく響き渡った。
それは、絶え間なく投げ込まれ続けた。カツーン、カツーン、と硬い
音が僕のすぐそばでもうずっと鳴り響いている。狭い岩壁の中で、
その響きはまるで秒針のように規則正しく、暗闇の中で見えない時計
代わりを果たすかのようだ。
しかし、それを数え続けることも、そこから実際の時間を知ることも
できない。僕は痛みと暗闇、押しよせる絶望から逃れられない。
音は絶え間ない。すぐそばで投げ込まれたものが撥ね、僕の肩にあたった。
痛い。小粒の石ほどもあろうものが、上部の穴から降ってきている。
僕はたまたまお腹に転がり落ちたらしいそれを、手探りで掴んで口に
運んだ。毒でもいいと思った。枯れ井戸の底に落ちた男。このまま…。
「甘い…」
それは、鋭角的に砕けたキャンディーのかけらだった。疲労と、緊張が
溶けていく。口の中で、それは溶け続けた。僕は理性を取り戻した。
「助けてくれー!!!」
声は井戸の中を反響した。上部に覗く青いそら、そこに女の子が顔を出した。
僕は、閉じた世界を逃れる。地平線を見られる。この暗くて狭い井戸を抜け出す。
77 :
::「地平線」「かけら」「響」3/10 :02/11/02 19:14
彼の友達は金持ちばかりである。なぜなら、彼は無理してお坊ちゃん学校へ
入ったからだ。彼の家は貧乏であった。
ある日、友達と食事へ出かけた。その友達は金持ちらしく、彼の三倍ほどの
体であった。そして、彼の驚いたことには食べる量も半端ではなかった。これも
彼の三倍程で、次から次へと注文は地平線のように途絶えることはない。彼の方は
芋のかけらを揚げたようなものだけだった。
また、ある日も食事へ出かけた。金持ちの友達は、また、たくさん食べた。
そして、彼の方はさらに小さい芋のかけらだけだった。彼にとって、友達の食事は
見てるだけでも原の響きを促した。
数ヶ月後彼はこの飽食の時代にもかかわらず、餓死した。一方、友達の方は
糖尿病を悪くして、死んでしまった。
78 :
「数」「杖」「ペットボトル」:02/11/02 20:47
老人はベンチに深く腰掛け、杖に顎を乗せたまま大きく欠伸をした。
眼鏡を取って涙を拭く。二、三回目を瞬かせると、また公園に目を戻した。
ペットボトルロケットがまた一本、青空へ吸い込まれていく。吹き出された
水で作られた小さな虹の向こうで孫達がはしゃいでいる。
「みんな元気ですねぇ」
隣を見ると、妻が水筒から茶を汲んでいた。差し出されたカップから湯気が
たなびく。カップを受け取って茶を啜った。ほうじ茶だった。
「コーヒーにしてくれと言ったのに」
身体の事を気遣ってくれたのだろう、香ばしい茶の香りを好ましく思いながら
も、子供のように妻を咎めてみる。妻はにっこりと微笑みながら「ごめんなさい
ねぇ」と答えた。
その答えに満足すると、老人の視線はまた公園に戻る。
公園では数十本のペットボトルロケットが、カウントダウン0の号令と共に
一斉に放たれていた。青空を彩る極彩色のペットボトルロケット。その下で
騒ぐ八十八人の孫達と、側で見守る六十二人の代理妻達。
宇宙での受精実験は大成功だったが、成功にもほどがあると老人は思った。
----------
●次は「猫」「石炭」「凪」で。
79 :
「猫」「石炭」「凪」:02/11/02 23:37
夜の海辺で男はひとり火を焚く。
漆黒に染められた海は凪いで、赤く滲んだ石炭はかすかに音を立てて燃える。
男の表情の消えた瞳は火に照らされる。
気づくと足元に猫が寄ってきたので、おもむろに男はのどをなぜる。
軽くのどを鳴らしてから猫は男に語りかける。
「あんた死のうとしてんだろ」
口を半分開く男の口腔は乾ききってしまう。
なんとかつばを飲み込んだ男はとりあえず猫に訊く。
「何でしゃべれんの?」
「俺は何でも知ってんだよ」
猫は得意げに肉球を嘗める。
「でもな、あんたは今ここでは死なない。これは予告みたいなものだ」
「なんで?」
「これからなんやかんやと邪魔が入るからさ。それよりもあんたが死ぬときは飛行機の墜落事故だ」
「なんで?」
「そういう狭い考え方しているから、さえない人生を送るんだ」
猫はすこし軽蔑気味に鼻を軽く鳴らす。
「まあ、あんたも大変だろうけれどがんばりな」
猫はおもむろに立ち上がると、防波堤に向かって歩いていく。
男は呆然と猫の尻尾を見送っていたが、やがてつぶやく。
「そういうものかな」
軽く燃える石炭の山を棒で掻き混ぜてから立ちあがり、猫と同じ方向へ歩きだす。
次のお題は「時計」「CD」「携帯電話」
80 :
「地平線」「かけら」「響」10/4:02/11/02 23:51
ただ果てしない草原が目下に広がる。
地平線がナイフで引いたように直線に延びている。
僕はおんぼろバスに乗ってモンゴルまで来てしまった。
そんなつもりじゃなかったのに。
逝ってしまった友達の唯一残した本をバッグから取りだす。
遺言どおりに僕はその場で朗読する。
言葉がその場で響かずに揮発しては昇っていく。
なぜか素直に言葉は僕の胸に沁みてくる。
彼の想いを共有しては理解していく。
なぜか自然に涙が出てきた。
本を読み終えて閉じたとき、彼はかけらも残さず消えてしまったことが実感できた。
いなくなった人を偲ぶのは思うよりもとても哀しい。
4/10でした。間違い。
82 :
ルゥ:「地平線」「かけら」「響」5/10:02/11/03 00:36
旅は道連れ……とは、昔の人はうまくいったものだと思う。
僕、召使ロボットの路望は、紫乃お嬢様と行く当てのない旅を2年ほど続けていた。
当時16歳だったお嬢様が、旦那様が計画した結婚を破棄し、逃亡した事件から早2年も経過したとは驚きだ。
そして何より驚きなのは、この生活がまだ続いているということだった。
僕は、気まぐれなお嬢様のことだから、「旅をしたい」と言っていたものの、2,3日で諦めてしまうと思っていた。
それほどまでに、大きな音一つ響かない、静かな……そして幽閉同然のお屋敷生活に嫌気が指していたのだろう。
それに加え、もともとお嬢様は少々アクティブな性格だから、冒険家というのは性に合っていたのかもしれない。
「路望、何、ボーっとしてるの?ほら、もう出発するわよ。夕暮れまでに村に着かないじゃない」
豊かな漆黒の髪がフワリと風に舞い、きりりとした切れ長の二重まぶたが、こちらに振り向いた。
胸元には、天然石のかけらで作られたペンダント――旅先で出来た友人にもらったものだが――が優しく揺れている。
「はい、お嬢様。もう僕はとっくに仕度ができていますよ。お嬢様が例によって例のごとく遅かったんじゃないですか」
僕が意地悪く微笑むと、一瞬、お嬢様はばつの悪そうな顔をしたが、すぐに目を輝かせてにっこり微笑んだ。
「次はどんな出会いが待っているのかしらね」
地平線には一日の始まりを告げる朝日がゆっくりと顔を見せる。
僕は朝日の映る紫乃お嬢様の笑顔を見つめながら、知らず知らずのうちに優しく微笑んでいた。
――やっぱりこの人にはかなわないや。
俺の親友は新進気鋭の物理学者として、将来を嘱望されていた男だった。
そんな彼が突如、アラビア半島にある某国の研究所へと転出すると言い出した。
彼のような優秀な人間が、海外に流出するのは国家的な損失だ。
俺たちを含め彼を知るものは、なんとか慰留しようとあの手この手で説得した。
しかし、彼の決心はかけらも揺らぐことはなかった。
結局彼は、日本に留まることを拒み、アラビアへと旅立った。
「俺は最近この狭い日本が心底嫌になったんだ。日本には地平線が無いだろう?。
しかし、アラビアの砂漠には地平線がいっぱいある。俺は開放されたいんだ」
出発の数日前、彼は俺にこう話してくれた。
それから数年して、俺は彼から電子メールを受け取った。
「俺が日本を見捨てたと思っているだろうが、そんなことは無い
俺は日本という国が好きだ。でも、俺は相変わらずゴミゴミした日本が嫌いだ。
そこで、俺は日本を住み易くするよう、こちらで研究を続けている」
そこまでメールに眼を通したとき、大きな地響きが聞こえた。東京の方角からだ。
「俺は考えた、日本にも風通しが良くなれば、俺も少しはガマンできるんじゃないかと。
お前がこのメールを見る頃は、ミサイルが着弾している頃だろう。
関東平野にも、俺の好きな地平線が出来ているんじゃないかな」
84 :
さすらいの宇宙人:02/11/03 11:41
『地平線』『かけら』『響き』
俺はずっとこの世をさまよい続けている。かれこれもう20年ほどは自分の名前すら呼ばれず、
こうしてずっと放浪しているのに、心配してくれる人もいない。あの、仲の良かった彼女、ゆかりでさえ、
何も連絡などをしてこない。まあ、とっくの昔に携帯電話も壊れてしまっているようだけど。
なんで、俺はこうなったんだろう。たしか・・・
『俺、やっぱ、音楽が好きなんだ。自分だけの響き・・音楽を見つけ出せたら戻ってくるよ』
『貴方がそこまで言うなら・・でも、絶対、絶対にもどってきてね』
・・確かその後、俺は『約束する』なんてお決まりの台詞を言って外国に旅立った。それから・・?
後はずっとただ、その目的のかけらすら見つけることもできなくて、結局ふらふらと此処がどこかも判らず歩き続けているわけか。
・・ゆかり!!俺はゆかりを支えに生きてきた。なのに当の本人は何にもしてないじゃないか!!可愛さ余って憎さ百倍というが、本当にその言葉どおりだった。
畜生、畜生ッ!!俺はゆかりを恨んだ。それが俺の勝手な思い込みだと知っていながらも。地平線が輝いていた。ああ、何度目の朝だろう。自分が1人きりになってから。
その頃のゆかりは、あるところにいた。
「此処にくれば、何とかしてくださると訊いてやって来たのですが・・」
「何かお困りのことでも?」
「最近からだがとても痛いんです。夜寝ていると急に体が動かなくなったり・・でも、医者に行っても異常はないんです」
「そうかそうか・・・どれどれ?おお、おぬしには、生霊がついておるぞ。しかし、凄く強い思い。たぶん昔の
しつこいおとこなんじゃないのかえ?」
85 :
「地平線」「かけら」「響」8/10:02/11/03 17:15
俺の学校に、勘違い熱血教師がやってきた。
「さあ、みんな!!あの地平線に向かってダッシュだ!!」
なんて、今時マンガの熱血教師でも言わないだろう。
恥ずかしくてこちらが赤面してしまう。
しかし、彼は俺たちがウザく思っているとはかけらも感じていないらしく。
今日も自己陶酔たっぷりの戯言をのたまってくれる。
「いいかお前ら!響という漢字があるだろう。これは故郷の音と覚えておけ!!
先生は鹿児島の出身だ。だから俺はこの字に桜島の響き、懐かしい友、
いつでも優しく迎え入れてくれる故郷がこの文字から感じられる!!」
死ねよタコ。お前は今すぐ鹿児島に帰って桜島大根でも作ってろ。
86 :
「時計」「CD」「携帯電話」:02/11/03 17:56
俺は大学受験の日に時計を忘れてきてしまった。
日ごろ、携帯電話を時計がわりにしているため、
腕時計をする習慣は俺には無い。
しかし、試験官は当たり前のように俺たちに言い放った。
「携帯電話を持っている人は電源を切ってください。以後、
携帯電話を操作する人は不正を行っているとみなします」
俺は焦った。残り時間がわからない。俺は思考を巡らして
なんとか今の時間を知る方法を考えようとした。
日時計・・・いや、これは大雑把すぎる。しかもこの教室は日陰だ。
腹時計・・・一時間ちょっとをどうやって計るんだよ!
どんなに考えても妙案は思いつかなかった。
そこで、俺はひとつ光明を見出した。この教室から、大学内に設置された
キャッシュディスペンサーがいくつか見える。今はその周辺に誰もいないが、
昼休みとなれば、このCDコーナーに学生が集まってくる。
この試験終了の10分ほど前に、この大学は昼休みに入るはずだ。
あそこに人が集まってくる、それを残り時間が少ないという合図としていいだろう。
結局、俺は受験に失敗した。
余計なことをいろいろ考えていたせいで、問題に対応する時間が足らなかったのだ。
次の単発お題は、「天気予報」「軍師」「収納」でお願いします。
87 :
「天気予報」「軍師」「収納」:02/11/03 19:55
「ごきげんよう諸君、私だ。平戸軍師だ。これより軍隊天気予報を始める。」
新発売のカゼ薬や甘みを抑えたチョコレート、なんでも収納できる便利ボックス
などのTVCMを聞き流しているところに、突如威厳の篭もったいかつい声が部屋に
響いてきたので、小心者のわたしはうっかり驚いて紅茶を絨毯にこぼしてしまった。
「大変な事態になった。私は東京に住む諸君らに通告する。今すぐそこから逃げ出す事を。
私の予報によると、東京は明日にも千年に一度の大嵐に襲われ、雷鳴は轟き、街は壊滅の
憂き目を見るだろう。もし逃げなければ、まず命が助かる見込みは無いと言って良い」
初めこそ、(なんだ、この天気予報士は頭がおかしいのか?)と、この天気予報を冷めた目で
見ていた私だったが、彼の演説が延々数十分にわたって続くにつれ、段々とこの東京にいるのが
恐ろしくなってきた。外を見てみてわたしは驚いた。向かいの家は家族総出で家具を外に運び出し、
トラックに詰めてここを逃げ出そうとしていたのだ。なんと、警察官をしている隣人一家までもが。
こういった事態になってもまだ平然と居間に居座っていられるほどわたしは大人物ではなかった。
他の誰もがそうするように、さっさと家族で田舎へ押しかけ、あの予報を聞いておいてよかったと
安堵して眠りに就いた。そして翌日、そのニュースを聞いた。
「緊急事態です。昨夜、テレビを巧みに使った平戸軍師の策謀によって無人となった東京が、彼率いる軍隊
によって完全に占拠されました。あろう事か、警官隊の大半も彼の煽動にかかってしまい……」
次のお題(単発)は、「喜劇」「青汁」「肉骨粉」で。
88 :
「地平線」「かけら」「響」9/10:02/11/03 20:16
誰にもわからないように僕らはそっと抜けだす。
静まり返った病室のそばを静かに通り抜ける。
詰所のなかで看護士がカルテの記入を行っている。
テラスに抜けると夜風が冷たい。
輝く東京の街は洗練された光を放ち、高層ビルが広がっていて地平線は覆い隠されている。
僕らはポケットに忍ばせていた煙草を取りだして、かけらのような火をつける。
「退院はいつ?」僕はひとくち煙を吸ったあと彼に訊く。
「来週の水曜」柵にもたれた彼はそっけなく答える。
どこからかやってきた救急車の音があたりに響く。
「ここにもいたくないけど、学校にも戻りたくないな」
僕はつぶやいてから煙を吸うと、彼は僕の顔を興味深そうにのぞく。
「楽器はなんかできるんだっけ」
僕の顔は赤くなる。音楽の話題になると僕は誰に対しても赤くなるのだ。
「ピアノを少々」
「もしよければ俺とバンドを組まない? 君とならうまくやれる気がする」
僕はためらいがちに視線をそらす。
僕は彼も好きだしロックン・ロールも好きだけれど、ロバという生物とともにバンドを組むのはなんだか気が進まない。
まあ、これは好みの問題なのだ。
「考えとくよ」
僕は愛想良く答えてから、煙草を吸う。
彼は残念そうに大きな耳をぱたぱた動かしては、気だるそうに街をながめる。
「地平線」「かけら」「響」10/10
「・・・我を消滅せしむか?」
もはや全ての力を失った神『純粋な闇』は呻いた。
闇を滅ぼす。そう、少なくとも旅のきっかけはオルディヌスの巫女との約束だった。
「世界を闇の魔の手から救って下さい!」
僕に『光のかけら』を託した時の、まだあどけなさの残る少女の真剣な眼差しを思い出した。でも・・・
「それは僕の望みじゃない!」
永く険しい旅の過程で僕は知ったのだ。光は必ずしも正義でなく、闇もまた世界の一部だと。
「僕が望むのは世界の調和だ。お前をここに封印する!」
僕は剣の柄にはめていた『光のかけら』を頭上に掲げた。
突如『かけら』がまばゆい光を発し、ひとつに収束して『純粋な闇』を射抜いた。光と闇が溶け合う。
「───────」
音にも似た不思議な響。それは地平線の彼方、故郷の村を越え世界の果てまで広がった。
垂れ込めた暗雲は霧散し、全ての生き物は世界が平和を取り戻したことを知った。
僕の手元には光と闇の揺らめく『世界のかけら』が残った。
そして世界は新しい朝を迎える。
90 :
名無し物書き@推敲中?:02/11/03 22:45
「粒」「深遠」「再興」
92 :
名無し物書き@推敲中?:02/11/03 23:13
91のは連作用ってことだよね。単品物はもうほかにあるから。
>>91は10人用ということで。
もれなくオレの感想付き(笑
いや、要らなきゃ付けないけど。
ということで単品と並行でどうぞ。
94 :
名無し物書き@推敲中?:02/11/03 23:44
別スレキボーン。単品のお題がどこにあるかすぐにワカラン。連作用の簡素スレもつくってくり。
「粒」「深遠」「再興」
家の再興を果たすべく8つの玉は国々に散った。
ある朝、若者が目覚めるとその懐に一つの玉があるではないか。
「こ、これは!?」
蒼い光を放つ玉を覗くと、そこには一つの文字が書いてあった。
それは、若者がお家再興の為の一粒の種である事を示していた。
「これは…すごい!」
若者は、玉を持ってを暗い場所に来た
「うわあ、暗いところだともっと綺麗だぞー!」
その時!若者の脳裏にある深遠な考えが閃いた。
若者は、玉に紐を通すと、円弧を描いてそれを振り回した。
「わぁぁぁ、玉の残像が明るくてたまんないぞぉぉぉー!」
同じ頃、他に7人の者が、感激していた。
「すごいなあ」「きれい…」「明るいぞー!」「はうう」「わーい」
すごかった、よかった。めでたしめでたし。完。
※馴れないキャップですが使ってみました。なんか無粋…
次のお題は:「カモ」「白鳥」「湖」でお願いします。
>>95 >次のお題は:「カモ」「白鳥」「湖」でお願いします。
うはう様は連作用のお題で書かれてますので↑は却下。
単発用お題は別にあります。
あるいは誰か救ってやってください。
(カモ)(白鳥)(湖)
カモやって家柄っちゅーもんがあるねん。
そら白鳥ほど真っ白くないし湖に居てもあんまり目立たへんけどな。
その上猟師に鉄砲でお家断絶の危機や。わてが頑張って再興せなあかん。
わても由緒あるカモ家の一粒種として、しっかり種蒔きせんならん。
そらもう深慮遠謀や。繁殖のためにめっちゃ深遠な考え持っとんで。
こーゆー訳でプリティー路線に走ったのがカルガモの始まりや。
人間もコロっと騙されよったやろ?
98 :
:「カモ」「白鳥」「湖」:02/11/04 01:56
「今日は趣向を変えてみたい」私はそう考えながら用意をする。
湖に着くと腰まで水に浸かり其処で一呼吸置き水中へと潜る。
体を翻し水中から空を眺める、小波が太陽を揺らし目の前には銀面の世界。
しばらくそのままでいると真っ白な腹が見える、おそらく白鳥であろう
その鳥はぐるぐる回りながら水を蹴り飛んでいった。「─────ははは」
私の息が玉になり空へ登っては消えていくのを眺めていると大きな水掻きを2つ見付けた。
奴が来たのである、息を殺し近づく・・・・ゆっくり、ゆっくりと・・・・。
一つ、二つ、三つ─────今だ。
私は水掻きをひっ捕まえ暴れる体を懐に抱え込む。
「やったぞ、今日はカモ鍋だ」
こいつも下から繰るとは思わなかっただろう。
次は「時計」「足」「目線」でお願いします
99 :
「粒」「深遠」「再興」2/10:02/11/04 01:58
『気をつけろ。深遠を見つめる者は、深遠もこちらを見ているということに』
失われた文明の時代との境界ができてから5年。人々は記憶さえも過去へ戻
ることは許されない。
「文明なんてのは、結局、物質的にいい生活をしていたってだけのことだろ。
人間が違っていたわけじゃない」
タッソーがつぶやいた。古代への過剰なロマンもよく抑制されている。
「おれにとってはうらやましい。環境が違えば人間も変わるだろう。こんな仕
事やってられるか!」
トルクヮートが愚痴った。危険分子だ。
廃坑現場で作業に従事しながら過ぎ去っていく日々。失われた文明の再興が
求められながらも、「滅んでしまったものを再興しても行く末は同じ」との認
識から、前時代との境界が作られた。物理的には焚書が行われ、人の記憶も「
思い出」の類になるとロックがかかってしまう。
「じゃあ、何をするのさ?」
タッソーの問いに、トルクヮートは詰まってしまう。
新しいものを作り出すには、アイデアが必要だ。しかし、抑えつけるだけで
は、維持はできても進歩はしない。いつの間にか、何も答えられなくなってい
る。
二人が作業を再開しようとしたとき、空一面にきらきらと光る粒が降ってき
た。
「……なあ、逃げてみようか」
タッソーがつぶやいた。
いつの間にか、人は進歩していないことを忘れてしまっている。
三日月が闇夜の中、静かに淡い光を放っている。
立葵姫と呼ばれる没落貴族の娘は、冷ややかな眼差しで三日月を眺めていた。
粒子のようにか細く光る星々は、その漆黒の目には映っていない。
「戌君、戌君、そこに居るのじゃろう」
「何でございましょう、立葵姫様」
紅くつややかな唇がゆっくりと一つの名を口にし、やがて、若い青年が草むらの影から現れた。
「戌君、あの計画は進んでおるのか?」
立葵姫は、三日月を深遠な思想が潜む瞳で見つめたまま、妖艶に微笑む。
戌君は、立葵姫の妖艶さに少しひるでいたが、恐る恐る言葉を綴った。
「はい、着々と。しかし、本当にいいのですか?あなたの父上様と母上様……」
「お家再興のためじゃ、少しの犠牲は致し方あるまい」
立葵姫は静かにしかし鋭く戌君の言葉を遮る。
「あの月を見よ、戌君。もうすぐわらわのお家もあの月のように満ちていくのじゃ」
詫びも、恐れの色もないその自信に満ち溢れた表情が闇夜の中、淡い光でかすかに浮かび上がっていた。
立葵の花言葉は「荘厳」、そして……「野望」。
全然関係ないけど、「野望」のつく花言葉を調べたら……自分の誕生花だった。
何か複雑な心境……。
今回からトリップをつけてみました。
あっ、前の人が3/10で、私が4/10みたいですね……。
すみません、そういうことで次の方、お願いします。
(「喜劇」「青汁」「肉骨粉」「時計」「足」「目線」)
「ジイ、いつものヤツを」
執事はうやうやしく青汁の粒と粉薬を差し出す。
俺は極上のワインで一息にのどへと流し込んだ。
ん?今日の薬はいつもと味が違うような・・・
おもわず席を立とうとするが、足がふらつく。
こっちを見つめる執事と目線が合って初めて気づいた。
「ジイ、俺に何を飲ませた・・・」
「肉骨紛、にございます。」
なぜだ!俺には訳が解らなかった。
「これも全て先王家の再興のためでございますゆえ」
なに?ジイは俺の味方だと思っていたのに!
ジイはちらりと時計を確認していった。
「そろそろ肉骨紛の効果が現れますな」
そんなバカな。いくら肉骨紛でも効くのがそんなに早いわけがない。
こんなの醜悪な喜劇だ──深遠の闇に沈みゆく意識の中で俺はジイにつっこんだ。
103 :
「粒」「深遠」「再興」6/10:02/11/04 07:04
額に、小豆ほどのできものが出来た。
ここ数日、仕事で失敗が続き、生活が乱れ心身ともに荒んでいたのが影響したのだろうか。
できものが出来て、普段生活する分に不便は無いが、いつも気にして、つい手が行ってしまう。
いつも触っていると、ふと気が付き、触っていてはいけない、と意味もなく自戒しているのだが、どうもいけない。
そしてついにある日、仕事中無意識に小粒なそれを触り、つまむなどしていると、とうとう「プチ」と言う音とともに、できものは額を離れ、
ぽとりと机に落ちてきたのだ。
その物体を見て私は戦慄した。薄紫の肉腫のようなそれが、自分の身体を離れ別の物体として存在するのが不思議な一方、不気味でならなかった。
見た感じはニキビを潰した程度のものが大きくなり、色が濃くなっただけのようなものが、ころりと転がって組織液と血液を机の上に撒き散らしている。
それに深遠な理由があるのか知らないが、僕はただ眺めているのも不快でならなかった。
肉腫をティッシュで包むと、急いで傍らのゴミ箱に放り込んだ。
「これで一安心か…」と胸を撫で下ろす。肉腫の中から、今にも何かが飛び出て来そうな錯覚がしたのだ。
それから数日。何事もなく過ごしているが、額に手がゆくのは半ば癖化され、何をしていても、つい額に触れてしまう。
皮膚が再興されつつある額には、肉腫の変わりに白い骨のようなものが覗いていた。