311 :
「科学」「相克」「約束」:
私は妻といつもけんかをしていた。
理由はさまざまだが、同じように争いをつづけていた。
些細なこともあるし、深刻なこともあった。
結婚期間も長くなり、なぜ妻を選んだのかも忘れてしまうほどに。
そしてよくあることだが、私は離婚した。
相克する相手がいなくなったことに私は安堵の息を漏らし、空を見上げた。
そして数年が過ぎ、私は妻の死を人伝に聞いた。
想像するほどの衝撃は私にもたらされず、ただ情報として受け取っただけだった。
どちらも年老いていたし、死はすでに身近で日常のなかに埋めこまれたデータでしかなかったのだ。
そして私も死んだ。
最新鋭の科学技術によるカプセルのなかで私は妻と再会した。
沈黙する死のなかで私は妻と言葉を交わす。
「どうしてた?」
「どうってことなく過ごしていたわ」
冷ややかな水の底を漂うようにふたりの言葉は淀む。
「私はあなたと約束を交わしていたのを憶えている?」
私は途方もなく想いを巡らすが、はっきりとした回答は得られない。
「結婚当初の死んでも仲よくいようという言葉。私たちはけっしていい夫婦ではなかったけれど、せめて死んでからはうまくやっていきたいの」
「そうだね」
私は静かに言葉を返す。
こうしてしがらみのない世界のなかで、私たちはやっと穏やかに過ごすことを選択できた。
自分はまだ若いけれど、書いていたらこんな老後の話になってしまいました。
老後すぎるかな。
次は「青空」「猫」「1999」でどうぞ。