この三語で書け! 即興文ものスレ 第十層

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306うり
「朝霧」「秋の花」「夜の蝉」
今の僕には、四角く切り取られた、この小さな白い空間だけが全てだ。
クリーム色のカーテンを透かして晩夏の日差しを感じる。
窓を閉め切っていても、蝉時雨が鬱陶しいほど耳に絡みつく。
夏の終わりを予感した蝉達は短い人生を精一杯謳歌していた。その力強い生命感が鬱陶しかった。
僕は不治の病におかされていた。
いつ果てるとも知れない人生を、天井を眺めながら過ごす日々。
頻繁に見舞いに訪れていた会社の同僚や友人達は、日を追う毎に憔悴する僕の姿を見るのが辛いのか、
面会謝絶の日が多くなったからか、いつしか姿を見せなくなった。
僕は夢を見た。乳白色の朝霧に包まれていた。足元に延々と赤い彼岸花が広がってた。
「秋の花にはまだ早いのに」物音一つしない静寂の中、僕の呟きだけが響き渡った。
どこまで歩いても霧と彼岸花だった。
……ジジジ、……ミーン、ジジジ、ジジジ…ミーン、ミーン、ジジジ、ジジジ、ミーン。
どこからとも無く蝉の鳴き声が聞こえて来た。僕はまた鬱陶しくなり目覚めた。
「一哉、ああ、良かった」母が泣いていた。先生や看護婦さんが僕の顔を覗いた。病室の雰囲気が慌しかった。
どうやら僕はあの世をさ迷いかけたらしい。
ジジジ、ジジジ、ミーン、ミーン。今まで聞いた事が無い程の蝉時雨だった。
僕は胸を撫で下ろすと夜の蝉達に感謝した。

次のお題は「愛撫」「パチンコ」「小数点」でお願いします。