この三語で書け! 即興文ものスレ 第十層

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293うり
「ぬかみそ」「土間」「母」
今の俺はどん底だ。出口を示す微かな明かりすら見えない。事業に失敗して不渡りを出した。
何とか金の目途がついたと思った途端、共同経営者の持ち逃げ。
連日の借金取りに神経を削り尽くした女房は、五つになる娘を連れて実家に戻った。
俺は家を出る女房の背中に「ごめん」と言うのが精一杯だった。松涛のマンションもポルシェも手放した。何よりも娘と女房を失った事が辛い。
ターキーをボトルで煽った。毛穴と言う毛穴からアルコールの臭いが染み出しているに違いない。この三日間で俺の喉を通ったのはターキーだけだ。
突然吐き気が込み上げ、洗面所に駆け込んだ。吐く物なんて何も無いくせにと心の中で舌打ちをする。鏡を見た。
ここ数ヶ月で頬はすっかりこけ、不精髭に覆われていた。目は眼窩の形が分かる程落ち窪み、目ヤニがこびり付いていた。
キッチンから漂う腐臭に目を顰めた。ダイニングテーブルの上に干からびた蕪のぬかみそ漬けが転がっていた。俺は突然一昨年他界した母親を思い出した。
土間にしゃがんで毎日毎日飽きもせずぬか床を掻き回す後ろ姿。農作業で汚れた白いゴム長に市松模様の割烹着。あかぎれでひび割れた指先に吹きかけられた白い息。
「ぬか床はな、毎日掻き回して空気を入れてやらねえと腐っちまうだ」母親は皺だらけの顔に笑みを浮かべながら言ったものだ。
「人生と同じだ。人生もな、たまには掻き回して空気を入れてやらねえと腐っちまう」
ああ、そうだ。お袋の言う通りだ。俺は天井を仰いで涙をこぼした。もう一頑張りしようと思った。

次のお題は「屁理屈」「実証主義」「ろうそく」でお願いします。