釜揚げウドン、小槌、放棄
「問題は、誰に何を渡すかだ」
うまそうに汁をすすった長男が食卓を見渡す。次男は穏やかに首を傾げ、うどんを飲み込んだ三男は神妙な顔で頷いた。
上座の父親は何も言わずに、うどんを掬い上げていた。
「俺は小槌でいい。あとは皆で分けていいから」
抜け目のない長男が掴んだのは富を引き寄せる小槌だった。
「シッカリ跡を継ぐよ、父さん」
懐に小槌をしまい退出した長男の次に、口を開いたのは次男だった。静かな物腰の次男は、万人に慈悲を垂れるべしという強い信仰を持っていた。
次男は、心なしか肩を落とした父親に言った。
「俺は何も要らない。遺産は放棄します、父さん」
父親から答えはない。次男が出て行った部屋で、うどんを啜る音だけが響いた。父親と三男は、ひたすら食べ続けた。
釜のうどんがあらかたなくなった頃、やっと三男が顔を上げた。
「親父の釜揚げうどんが好きだ。俺に作り方を教えてくれ」
うん、と小さな答えが返ってきた。釜を抱えた三男に父親が言う。
「なんも無くなっちまったな」
「後は増えるだけさ」
不思議そうに見上げた老人の肩を、若い手が叩く。
その後、三男の興したうどん屋は界隈の評判を取り、栄えることになった。寒波が襲来した冬には門戸を回り、温かな一汁を配したという。
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