着ぐるみを着た小柄な男が人通りの多い通りをゆっくり歩いていく。
それは僕の父親で、着ぐるみはひどく不愉快な匂いがした。彼は少し
ずつ遠ざかっていったけれど、僕は追いかけようとしなかった。着ぐる
みの匂いが我慢できなかったからでも、人々が彼に向かって喝采して
いるのが恥ずかしかったからでもなくて、僕が追いかけたら全てが駄目
になってしまうような気がしたからだ。
父親は舞台の上を歩いているのではなかったし、僕も周りの人たち
も客席から彼のことを眺めているのではなかった。それでも、人々は彼
を見て喝采していた。まるで人生劇場だった。
ずっと遠くのほうで、父親が薄暗い墓場の中に入っていくのが小さく
見えた。少しずつ見えなくなっていく彼を、僕はずっと眺めていた。
僕は泣いていた。
お題「不安」「価値」「マネキン」