私が最後にその老人と話をしたのは、もう随分と前のことになるのだけど、彼とどんな話を
したのか、朧げに記憶しています。これはね、彼と初めて話をしたときの事なんですけれども。
そのおじいさんはね、自傷癖がおありになって。
「可笑しいでしょう? いい歳をして、こんなに子供みたいなことをして。ほら、見て下さい。ひどいものですよ」
そう言って袖をまくるんです。そうするとね、もう、凄いんですよ、傷がね。左手首が、なにかこう、
肉の塊のようになっているわけです。血の赤と皮膚の黄が、混ざってしまっていて、おぞましい気持ちになって、
それから、いたたまれないという風な気分になるんです。それを見せながら、おじいさんはこう言うんです。
「どうしてこんな風にしてしまうのだろうねえ。いや、理由はもうわかりきっているんです。ほんとうに、日常的な
出来事の延長線上なんですよ、こういうのはね。めずらしいでしょう私のようなものは。人間国宝級じゃないかって、
時々ね、自分で考えたりしているんですけれども……」
その後ですか? 本当にどこへ行ってしまったんでしょうね? どこか、病院かで生活してらたという話も
ちらほらありましたが。でもね、彼と最後に話したときのことは、自分でも驚いてしまうくらいに鮮明なんです。
雪解け水のさらさらと流れる音や、夕映えのした空がほんとうに綺麗だったことも。そして、彼はね、そのときに……