241 :
「コーンフレーク」「仏像」「暴走」:
バイクが倒れて何メートルもずっと滑ってゆく音や生臭い血の匂いや死に絶えてゆく人の顔を
ふと思い出したくなることがあった時、俺はいつだってそれを簡単に思い出すことが出来る。
そこにコーンフレークさえあるならば。
コーンフレークを左手でつまんで口に運んでボリボリボリボリ噛みながら俺は思い出す。三年前の
今日、当時軽く暴走をたしなんでいた若手ヤンキーの俺は、爆走しながら右手でハンドルを持って
今と同じように左手を使ってコーンフレークをボリボリやっていた。そしてあの事件は起きる。
赤信号をトコトコ出てきたオバサンの、仏像みたいなパーマ頭をカチ割る事はスイカ割りの十倍
くらいは簡単だった。飛び散るコーンフレークを徐々に流れる血が浸してゆく。俺を睨むオバサン。
事切れる寸前のオバサンの目! 吐き出される俺のコーンフレーク。血の匂い。薄れてゆく俺の意識。
バイクが倒れる音。血の匂い。コーンフレーク……
歩きながらあの事故現場に着く。何故かいつもより遥かに鮮明に思い起こされる記憶。バイクの走る
音が聞こえる。まるで現実のようにはっきりと。そして倒れる音。音と同時に俺を貫く激痛。痛い!
続いてバイクが俺を吹っ飛ばして横転し滑る音。血の匂い。痛み。そして飛び散るコーンフレーク。
そっちの方へ徐々に流れる血。コーンフレークを次々と浸してゆく血! 一枚、二枚、三枚……
そして吐き出される俺のコーンフレーク。吐き出されたコーンフレークもまた血に染まっている。
おかしい。こんな記憶は俺には無い。あってたまるか! いつもならこのへんで、死に絶えてゆく
オバサンを見下ろした記憶が沸いて出てくるはずだ。しかし今日はオバサンのが見えない。何故?
俺は首をひねる。そしてオバサンの顔を見つける。その顔は、俺を見下ろしていた。
死に絶えゆく俺の顔をジッと睨むオバサン。あの時のままの、恐ろしいオバサンの目!
しかしその目はどうした事か、笑いに崩れてくる。顔全体が歪み、とうとう声を上げて笑い出すオバサン。
そのオバサンの笑い声を聞きながら、俺の意識は薄くなってゆく。まもなく消えようとしている。
口の中に残ったコーンフレークの味も、そろそろ血に染まって消えようとしている。
長くなりすぎました。次のお題は「熊」「子供」「まどろみ」で。