この三語で書け! 即興文ものスレ 第十層

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236 ◆ra0S/YG2ds
「エリマキトカゲ」「優駿」「たまごっち」

  営業部長がネクタイを緩めた。ああ、これは何かあるなという勘がして、私はお茶
をいれてきますと席を立ち、給湯室へ向った。取引先からいただいたお中元の茶葉が切
れていたので、この際コーヒーでもいいかと彼のカップへと手をのばした。ところが、
いつもの場所にカップがない。かわりに、エリマキトカゲの人形が置いてあった。
  専務がやってきて、手に持った人形を見つめる私に「懐かしいね」といった。
「むかしテレビCMで流行りましたよね」
「そんなこというと、歳がばれるよ」
  専務には優駿というあだ名がついている。私が入社した頃は、駒田とか鮎川誠とか
呼ばれていたのだけれど、やがて優駿に落ち着いた。同名の映画が流行ったというのが
理由らしい。私は給湯室を出、営業部長の机にコーヒーを置いた。カップは来客用のを
使った。
「うっかり割っちゃってね。代わりのを買うまで置いておこうと思って」
  と、営業部長はいった。彼には子供らしいところがあり、捨てられないたまごっち
が引出しにはいっていることを私は知っている。どうして捨てないのか訊いてみたこと
がある。そのとき彼は、君がくれたから、とつぶやいた。私は「奥さんにいいつけます
よ」と誤魔化したのを覚えている。彼はコーヒーをひとくち飲むと、突然、「結婚を前
提に付き合ってくれないか」といった。勘があたった。会社の人間には話さなかったが、
半年前に離婚していたのだという。
  数日後、返事の代わりに新しい湯のみを買って、給湯室に置いた。彼なら長く使っ
てくれそうだ。エリマキトカゲの人形は、いま私の家にある。


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