この三語で書け! 即興文ものスレ 第十層

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207「女」「差別」「平等」
 「うまい蕎麦、食いに行かねえ?」
 頷いた一時間後には、見ごろの紅葉の山道をドライブしているなんて最高だ。
 彼にはどこかあてがあるらしい。迷わずにウインカーを出し、幹線から細い道へ入る。下調べして誘ってくれるなんて、なかなか上出来な彼だ。
 道は次第に細くなり、小さな家の前で行き止まりになった。どう見ても民家にしか見えないそこに看板が出ている。
 「平等と差別」
 店の名にしてはなんだか変だと私は思ったが、彼は膝の上に広げた「るるべ」にちらりと視線を走らせ、
「ここ、でいいはず」
 と車を降りた。彼もちょっと不安を感じているらしい。
「家のくつろぎそのままのおもてなし、頑固内儀が守るこだわり蕎麦の隠れ家料亭、らしいんだけど」
 玄関を開けると、まさに普通の家そのままというかんじに靴箱や刺繍の額絵がある。醤油の匂いに防虫剤の匂いが混じっていて、私はここやめようよと言いたかったが、すぐに人が出てきて中に案内されてしまった。靴を脱ぎ、畳の間に通される。
 古びたちゃぶ台。ぬれ縁の乱れ薄。お品書きがないのは、もり蕎麦一種類しかないからだそうだ。他に客はいない。
「もちろん、人が来てから、茹でてるから」
 彼のほうが気を使って、弁明するように言う。
 三十分ほどたって、さっき座敷へ案内してくれた女性が蕎麦を持ってきてくれた。まだ若いが、これが名物頑固内儀なのだろうか。どうぞ、とちゃぶ台に置く蕎麦は、彼のほうが山盛り、私のほうはほんの平らな数十本。
「差別なようでいて、これで平等ですわね。男のかたのほうが、よう食べはるでしょ」
 おっとりと、しかし芯のある声で説明する内儀は、細身の美人だ。
 蕎麦は歯を弾き返すほど固く、つゆは濃く辛い。
「ここ、いい店?」
 聞くと彼はむっとした顔で、どこが不満、と返した。

「竜の鬚」「穂」「一」