543 :
「顔面」「サランラップ」「旅順」:
「どうしてですか!なぜ今頃撮影にストップが掛かるんです!!」
広瀬は部長に詰め寄った。企画は半年も前に通っており、クランクインはもう
20日後に迫っている。本来ならもうストップは掛けられない筈だ。
「社の決定だ。私にはどうにもならん。」
部長は茶を啜った。広瀬は震える手で台本を握りつぶしている。
「"20世紀の狂った歯車"シリーズの3本の特番、その最初の1本じゃないですか…。
自沈〜旅順港閉塞作戦〜は、日露戦争を見直す格好の題材です!撮影許可をください!
お願いします!」
床に擦り付けんばかりに頭を下げる広瀬の肩を、部長はぽん、と叩いていった。
「広瀬君、君が番組に入れ込む気持ちは分かる。君のお爺さんが体験した戦争なんだ
からな。しかし、もう決まったのだ。無理なんだよ。…我社は、来月1日付けで解散
するんだ。」
広瀬は、ゆっくりと頭を上げた。顔面が能面の如く硬直していた。
「…解散………?」
「まだ一般社員には知らせていないがな。そう言うわけだ。諦めろ。」
部長がまた肩をぽん、と叩いて、部屋を出ていった。
残された広瀬は、手の中で潰れた台本を見つめていた。
次の日。広瀬は会社へは出なかった。
何も考えられず、ベッドでごろごろしていると、外をちり紙交換車が通った。
広瀬はベッドから起きると、ちり紙交換を呼び止め、新聞と共に手元に有った
数冊の台本を出した。
返ってきたのはサランラップ1本だけだった。