「温泉」「ライター」「携帯」〜あるいはアリバイトリック〜
東北の西村村は知る人ぞ知る温泉町である。そこただ一つの駅で、男が死んだ。
観光地とは名乗っているものの客はほとんど来ず、交通は県道と国鉄のみ。それも
地元出身の政治家がむりやり通したため、せまい村に似合わず複雑な乗り換えがあり、
やけに変則的な時刻表とあいまって、きわめて使いづらいものだった。政治家の名を
とって京太郎駅。それがくだんの駅である。
その駅で、ある男が電車に轢かれた。最初は単純な自殺かと思われたが、調べが進
むと男は自殺するようなそぶりはなく、しかもその場に時間的にいるはずがないと分
かったのである。
そこで誰かが呼び出して突き落としたのではと考えられた。しかし男と犬猿の仲で
あり、唯一容疑者と目された人物にも完全なアリバイがあった。
事件のあった季節は冬であり、湯治のためにお忍びで来たかとも思われたが、宿泊
した形跡も見つからない。
皆が首をひねる中、警部補は煙草にライターで火をつけるふりをして、携帯電話で
知り合いを呼んだ。登場したのが名探偵皇太郎。彼はあっという間に謎を解く。
「死者はアリバイトリックを使って、犬猿の仲であった容疑者を逆に殺そうとしたの
です。冬で凍ったホームを乗り換えのために全力疾走した。転げ落ちて当然です」
どっとはらい。次なるは「水着」「防寒着」「ターバン」