序章第三話「静かなる進攻」
そこは静かな場所だ。音を伝えるべき者たちがいないから。
そして、全てを覆い隠してしまう闇が支配している。
見る物はその漆黒に脅され、恐怖を覚えてしまうだろう。
その空間の中に一つの機影があった。鋭い先端に流線的なフォルム。
12メートル程の大きさは、その存在を不自然に見せた。
何故なら、このサイズは船舶と位置付けられる物だからだ。
船舶の定義は、単位時間あたりの能力を追求した物である。
故に短時間しか使えず、拠点となる場所から近距離でしか運用できないのが一つの特徴だ。
だが、船舶の周囲には拠点となるような物はない。
それどころか、慣性航行を行っているのだ。
しかし、それははぐれた事を意味しているわけではなかった。
機体の中で通信音が鳴り響く。
コクピットの中にいた男はおもむろにスクリーンを開き通信に応じた。
銀色の髪に男とも女ともつく顔つき。何より、他に持つ者のない銀色の目は特徴的だ。
「こちらHm-0101Sa八雲の月代 雄毅(つきしろ ゆうき)。異常は無いよ。そっちはどうだい?」
「こちら第二隊、流石 宵(さすが しょう)。同じく順調に航行してます」
宵と名乗った少年は、スクリーンの向こうで神妙な面持ちをしてしゃべった。
対して雄毅と名乗った男は、何も気にとめる事がないといった振舞いだ。
その様子を見て宵が問い尋ねる。
「心配じゃないんですか? 連れて行かれたのは自分の娘でしょう?」
彼らはリグトールに捕らえられた少女と、寝食を共にしていた。
「心配じゃないと言えば嘘になるよ。
でも、重要なのはいたずらにあせる事じゃない……。ただそれだけ何だけどね」
「……便利ですね。理屈で感情がどうにかなる人は……」
なじる様に、冷たく言い放つ。
しかし、雄毅は何も聞こえなかったというように言い返した。
「冷静になれないなら、今からでも他の人に代わって欲しいんだけどな。いるだけ邪魔になるから」
きつい言葉。
宵はその言葉が胸を刺激するのを感じながら、自分の感情をなだめた。
17と言う若輩ではあったが、驚くほどに冷静なのが本来の彼だ。
だが、今はどうかしている。それは雄毅の娘とは兄弟のように育ったためなのだろう。
雄毅は宵の様子を見て、言い聞かせるように言った。
「君は有能だよ。冷静でありさえすればね」
「……すみません」
その言葉を最後に沈黙が訪れる。
宵は回線を切るタイミングを失い、雄毅は言いたい事があるならずべて聞いておこうというつもりだった。
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橘 一陽 ◆xMQ1c1es :02/07/16 23:59
しかし次の言葉が交わされる事は無かった。
彼らから言葉が出る前に、アラームが叫んだのだ。作戦開始のアラームが。
「さぁ……それじゃ行こうか」
宵は回線を切ることで、雄毅の言葉に返答する。
それを確認すると雄毅は八雲を戦闘状態へと移行しはじめた。
雄毅の指先から肘までにかけて、細かな文字で象られた模様が浮き出る。
青白く光るその模様は、雄毅の腕につかまれた球体を通し機体にまで伝わっていった。
『主機関部における精霊の活動規制を戦闘レベルまで緩和。
法術反応率、上昇。ジェネレーター、正常に稼動。コンデンサー、電荷上昇中』
雄毅の頭の中で何かが淡々とそうささやいた。
八雲を管理するシステムが、活動源であるE−クラフトの体系技術、法術の働きを伝えているのだ。
『法術反応率、戦闘基準値をクリア。精霊の活動率を固定。引き続き各部のチェックにうつります』
ここまで来れば、後の心配はない。
艦を出る際に万全にしてあるのだから、後は宵が行動をはじめてくれるのを待つばかりだ。
『システム、各部、異常なし。機体、ダメージ見られません。いつでも戦闘を行えます』
予想通りの言葉が頭に響く。しかし、聞こえて来たのはそれだけではない。
システムが作り出した軽い爆音が重なっていたのだ。
恐らく遠くにあらわれた光球の欠片を認識したのだろう。
破片となっているのは敵艦の後ろにあるからだ。
さらには、その周囲にあるうっすらとした光の線。出番が来た。全てがそう雄毅に告げる。
「さぁて……。せいぜいやってやろうじゃないか……」