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名無し物書き@推敲中?:
東京の酒
ある春の夜、警視庁新宿署生活防犯課の刑事仁科孝之は、
中国人麻薬銃器密輸組織の末端構成員、李朱然を追っていた。
朱然は仲間の中国人五人を殺害し、銃を持ったまま新宿の街
を逃走していた。孝之は、朱然を新宿御苑周辺まで追い詰め
るが、発砲することができないままに朱然の御苑内部への逃
走をゆるしてしまう。
孝之が発砲をためらった理由は、朱然が旧知の間柄のため
だった。その孝之と朱然の仲は三年前に始まり、それは造酒
を通じて出来あがったものであった。朱然は中国浙江省出身
で、実家は紹興の近くの街で老酒の造り酒屋を経営しており、
自身もまた醸造を学ぶために日本にやってきた留学生であっ
た。一方の孝之もまた実家が醸造業を営んでおり、その縁が
二人の仲を深めさせていった。
そんな関係が続いていたが、一年前、最終学年に進級し就
職が決まったとたん、朱然は突然大学を辞める。それは、実
家の父親が事業の拡張に失敗したからだった。朱然の父は、
息子が日本から帰ってこなくなることを恐れ、無理な設備投
資を行って事業を破綻させていた。その父の心情を悟った朱
然は、父親を責めることも出来ないまま、実家の醸造業を復
活させるだけに必要な大金を得ようと焦り、だんだんと新宿
の中国人裏社会に取りこまれてゆく。その間、孝之は自身の
ことに手一杯で朱然のことを気にかける余裕はなく、とうと
う、朱然は孝之の前から姿を消す。そして、次に朱然が孝之
の前に現れたのは、一年後、殺人事件の犯人として逃走する
姿だった。
孝之が朱然を新宿御苑に逃がしてしまった後、御苑は機動
隊によって包囲され、夜が明けると同時に突入する予定になっ
ていた。そんな中、孝之は上司の命令を無視して、朱然と二
人きりになるために御苑の内部に潜入する。内部では孝之の
潜入を察した朱然が、拳銃を発射し、孝之を誘っていた。孝
之は、銃声の導きに従って孝之は朱然のもとにたどり着く。
そこは、涌水のある場所であった。孝之に出会った朱然は、
この涌水が自分が探し当てたものであり、東京の街で唯一酒
を造れるだけの清らかさもっていること、それと自分が最後
まで酒作りと孝之の心情を忘れていなかったことを告げ、拳
銃で頭を撃ち抜く。