374 :
名無しの与一:
月に一度の大役を
仰せつかったのは冬だった
めくるのが好きと言ったから
日めくりにという提案は
面白くないと断って
私が役目を果たすまで
あの部屋の時は止まって
めくることは誇りになった
月が欠けることを心待ちに
風が変わることを楽しみに
もうきっと覚えてはいなくて
止まるはずの無い時は流れた
めくる度に思い出す
時を愛した人だった
瞬間の思い出を
時を疎んでしまっていた
望んだのは確かなもの
欠けた季節の間の自由
雪も桜も新緑も
思い出が染み付いていて
美しいのは紅葉だけ
もう譲ることはできない
カレンダーに時を刻んで
あの部屋も
あの日々も
あの人も
めくった分だけ古くなる
空が高くなるように
少しずつ
遠ざかる