1 :
zz:
大東流の柔術技の源流は、上野先生と同系統の浅山一伝流だと
思うのだけど、みなさんはどう思います。この基本を元に、合気
の原理(神道、と御式内の修行により柔技法開眼)で整理再編成
し、保科さんに、見てもらって、最初の巻物を作ってもらったん
だと推測したのだけれど。
気楽流や楊心流よりは近いと思うけど。柔術の歴史や体系に詳
しくないくせに勝手に想像しました。
自分で作ったから、巻物の内容を覚えられたんじゃないかな。
そして、全国を行脚する内にどんどん技と巻物が増えたんじゃな
いかな。保科さんに習ったというのもこのストーリーだと納得で
きるし、死んだ他のお弟子さんという人は一緒に神道を修行し、
技の相手になってもらった(ブルースりーとダンイノサントのよ
うな関係)、人のことなんじゃないかな。
柔術に詳しい人、ご意見お願いします。
2 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/02/12(月) 07:01
大東流の高橋賢さんが、天神真楊流の体系が
大東流の体系の元になったという説を発表されています。
真楊流は手解きに始まり、それぞれの段(初段、中段、上段)で
居取り、立会いの型があるという体系です。
大東流の上げ手や手解きに始まって、それぞれの
箇条で居取り、立会いの型があるのに共通します。
合気も手解きから発展したという説もありますし。
それに天神真楊流は全国に広まっていた流派ですしね。
浅山一伝流は居取りは最後の方に八本あるだけで
あとは全部立会いですよね。手解きも無いですし。
上野さんが伝えた浅山一伝流は上野さんが現代向けに
改変したそうです。実際、居取りが四本増えてますしね。
この流れが大東流に似ていても
あまり説得力は無いのではないでしょう?
ところで御式内って武術ホントにあったんでしょうか?
全く記録が無いのも不自然です。
もしかして礼法の事じゃないでしょか。
たぶん大東流の歴史が解明される事は
今後も無いでしょうね。資料が無さ過ぎますもん。
どっかの流派の伝書に四方投げそのものが
載っていたら話しは別でしょうけど。
3 :
zz:2001/02/12(月) 11:23
自分の意見を意地を張って通すわけではありませんが
>浅山一伝流は居取りは最後の方に八本あるだけで
>あとは全部立会いですよね。手解きも無いですし。
その状況から、自分の開発した合気を中心原理にして技を
作り替えたんじゃないかと考えました。合気は1つ見つけ
ればたくさんのバリエーションを作れそうですし。
>御式内って武術ホントにあったんでしょうか?
>全く記録が無いのも不自然です。
私は、保科さんが野生児であった惣角先生に一般常識
として、殿中作法と殿中護身術である御式内を教示し
たのではないかと思います。ご飯を食べるようにあま
りにも常識的なことだから記録に残らなかったのでは。
天神真楊流の可能性も否定しませんが、基本である真之
位の押さえ方が大東流にはないような気がしますが、誰
か天神真楊流と大東流の118本を比べられる人おられ
ますか。
>載っていたら話しは別でしょうけど
榊原健吉先生が監修した本の中に小手返しと
四方投げがあったような気がします。弟子だ
からそれを発展させたのではないでしょうか。
>たぶん大東流の歴史が解明される事は
>今後も無いでしょうね。資料が無さ過ぎますもん。
でも、きになりますね。
4 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/02/12(月) 21:26
>榊原健吉先生が監修した本の中に小手返しと
>四方投げがあったような気がします。弟子だ
>からそれを発展させたのではないでしょうか
なんて本ですか?いや、本気で見てみたいなそれ。
なに流だろ?榊原健吉ならやっぱり江戸の流派かな?
高橋先生の大東流研究の連載で出てくるかもしれませんが。
とりあえず小手返しはどこの流派にもありますから
小手返しに関しては証拠にはなら無いと思います。
5 :
名無しさん@お腹いっぱい:2001/02/12(月) 22:30
柔術剣棒術図解引秘訣ですだいぶ前の記憶なので間違っていたら
ごめんなさい。誰か持っている人います?
私の勘違いだったらごめん。
6 :
名無しさん@お腹いっぱい:2001/02/13(火) 21:32
ところで、浅山一伝流と天心古流はどんな関係なんですか。
神道天心流拳法八世の上野 貴宗家が浅山一伝流を継承したのです。
8 :
名無しさん@お腹いっぱい。:
正確に言うと
上野貴師範が浅山一伝流十三代目大倉直行宗家の弟子
の永沼経行師範から地の巻を受けた。
(天、地、人の巻があった。体術は地の巻)
大倉師範は宗家を誰にも継がせなかった。そのため
大倉伝浅山一伝流の宗家は存在しない。上野師範から
学んだ系統で浅山一伝流の宗家を名乗っている人がいるが
あれは本来おかしいのである。