945 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/01(日) 08:48:37.54 ID:hCiM1MKWO
最強を自称するもマイナーな他流派の黒帯経験者程度の太気拳(教室は週に一回)のサラリーマンや小学校の先生に現役トップが張り倒される極真(笑)
バカ地・チョン平、極珍もどっちにせよ、キックやムエタイ・総合格闘技にはボロ負けなんだから
負け犬同士仲良くしろよ。
龍虎ってネーミングセンス、理解しがたいなあ。なんか昭和の香りがする。ヤンキーっ
ぽいよ。
三、十三、三十六って来てるんだから、やっぱり数字にしないと。
>>947 完文が伝えた型ってその三つだけだっけ?
剛柔からパクったのに、周子和とか適当にウソついて捏造した形ね。
950 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/02(月) 21:28:00.61 ID:kLtacY1xO
剛柔からパクったのではない
サンチン セーサン サンセール スーパーリンペ
全て東恩納以前から那覇手にはさった。
湖城家の那覇手には東恩納以前からあるし、上地完文が最初に習った那覇手の使い手は剛柔流や東恩納とは無縁の無名の空手家
上地が中国から伝えたというのも怪しいが、東恩納が中国から伝えたのも同様に怪しい
二人ともサンチン セーサン サンセール スーパーリンペは沖縄で取得したと考えるべき
そもそも、剛柔、東恩、上地ともにサンチン、セーサン、サンセールはそっくりだが
中国にはそんな型はない
一応サンチンはあるが演武構成が全く似てない
スーパーリンペは南派羅漢拳にあるが全く別物
上地ではサンセールをサンダイルイと呼ぶが、 サンダイルイとは福建の博徒が使う賭博用の隠語
>>950 今の中国にないから昔の中国にもなかった、って考えるのは性急だぞ
国が変わって、革命、暴動起きまくってで多くの流派が消滅したんだから
952 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/02(月) 23:00:51.11 ID:kLtacY1xO
消滅した門派はほとんどないよ(笑)
あるというなら言って見ろ
そもそも、福建の武術なら香港や台湾、東南アジアにも拡散してるからほとんどがきちんと残ってる
拳譜まできちんとあるしな
953 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/02(月) 23:07:06.43 ID:kLtacY1xO
空手は福建の武術や広東の武術を断片的に習った人間が自らで相違工夫した沖縄オリジナル武術だ
剛柔のサンチンなど、どうみても福建武術の系統には見えない
954 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/02(月) 23:35:50.29 ID:dxlD3g7OO
>>953 いや、強いて言ったらやはり福建だと思う。
間違いなく広東ではない…と思う。
いや、周家螳螂とかなら近い型があるかも???
出奔した湖城道場で習ったんじゃないか。あるいは完全に習わなくても、稽古してる
姿を見て、なんとなく全体の構成を覚えて、あとは自分でアレンジしたとか。
それなら那覇手のつながりも出てくる。
出奔したからこそ、そこで覚えた形と言えず
色々と話を作ったんだろう。
出奔後の足跡もしばらく不明だし。
957 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/03(火) 15:07:55.24 ID:5yyFR9oJO
湖城家のサンチンは上地や剛柔とは似てない
福建に渡る前に無名の空手家に習ったサンチンが上地のサンチンだろう
福建の湖城家はどちらかというと首里手よりの技術だったようだし、上地のサンチンは永春白鶴のサンシャンにそっくりだ
上地完文が永春白鶴をきちんと習えたとは思えないので、薬売りしながら仲間の中国人に多少の技を習ったんだろ
福建なんかでは薬売りってのは喧嘩自慢の身分の卑しい人間がする仕事だ。
テキヤのヤクザみたいなもんだよ
シュウサブは実在したとしても喧嘩自慢の薬売りのおっさんだろ
>>957 湖城家のサンチンって公開されていないでしょ? あと、いまの湖城流と福建の
湖城道場が同系統だったかどうかも分からない。
半年くらい湖城道場で習ったなら、形3つくらい習うか、はた目に見てぼんやり構成
を覚えるかくらいはありえるだろう。
あとは、自分で一人稽古しながら、薬売りで知り合った中国人によっと貫手の使い方
教わって、それミックスしてアレンジしてみた、くらいは十分ありえる話だと思う。
台湾武林っていう台湾の武術雑誌でやってた白鶴拳の系譜図に周子和が入ってた。
空手と関連づけようとして強引に突っ込んだのかもしれないが
>>952 例えば上でも上がった湖城流
湖城家は福建省で道場開いていたが、今の中国には湖城の拳法は跡形もない
拳法ってのは伝承されるのが当たり前じゃない、名が売れ広く普及するってのはとても運がいいことなのよ
空手でも本部御殿手、劉衛流、許田の東恩流だってすんでのところで継承されたが
一歩間違えば失伝していた
961 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/03(火) 22:35:39.20 ID:k/ivIswbP
ふーん
少なくとも、剛柔流、上地流、劉衛流にまたがるような形名が忽然と中国から消えて
なくなるとか、おかしいと思うけどね。そんなに広範囲な影響力がある流儀なら、やは
りどこかに残っているか、記録がないと。
普通に考えたら、沖縄で創作された形じゃないか?
完全に沖縄創作
沖縄で作られたものにいくらか中国の影響
中国から輸入されたが、本家は消滅または変質
これのどれかだろうな
>>962 そんな広範囲じゃないと思うな
福建省は確かに広いが当時は福州市のみが琉球との指定入港地となっていて、
そこにある琉球館という滞在施設を最初に訪れるものだったそうだ
だから3人の生活拠点は同じ
琉球館の周りで腕も優れていて外国人にも教えてくれる道場となると数も限られる
だから剛柔流、劉衛流の師が被っていてもできすぎではない
上地流に関しては今の上地流は剛柔に姿勢そっくりだけど、昔の上地流はかなり雰囲気違うからなんともいえん
完英がいうように白鶴拳と永春拳みたいな親戚筋かもしれんし、全く関係ないかもしれんし
名前だけなら同じ名の形がある拳法は福建省に腐る程ある
>>964 いやいや、だいたいその3人の滞在年は全然別々でしょ? 何十年って開きがあるん
だよ。もし本当に3人が習ったのなら、福建に数十年はその形が存在していたことにな
るよ。それだけ歴史がある拳種が忽然となくなるって、怪しすぎる。
>>965 剛柔と上地は時代近いぞ
劉衛流の歴史ちょっと怪しいところもあるんでなんともいえんが
それに武術としての拳法ってのはなくなるときはホントあっさりなくなるんだって
空手だって先人達が学校教育に根付かせよう、柔道剣道のように競技化させて普及させようと頑張ったから残ってるんであって
上地流の流れは完英が、寛量の手は長順、劉衛流は4代目までの流れがそれぞれの流派の普及数の9割以上を締める
今では有名でもたった一本の糸が、良弟子に巡り会えなかったり不慮の事故や病気などで途切れていたら今は存在していなかったんだから
沖縄でさえそうなのに中国は日清戦争、辛亥革命、国変わり、太平洋戦争、文化大革命なんかで文化をはちゃめちゃに壊されちゃったんだから
967 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/04(水) 07:57:46.98 ID:3vtt4Y4/O
中国武術で消えた門派は少ないよ
なんだかんだでしぶとく生き残ってるし福建の武術は東南アジアや香港や台湾でほとんど全て保存されてる
セーサン サンセーリューなんかどこの門派にもありゃしない
似た構成の型もなければ、同じ名前の型すらない
プロレタリア革命の時、多くの武術家達は台湾に移住したからね。
台湾が伝統武術の博物館と言われる由縁。
中国に残った人も、夜にこっそり鍛錬してたそうだし
そういう先生方が現在、アメリカや日本に来て教授していたりする。
門派が無くなるなんて、そうそうは無いんじゃないかな。
でも、完全にウチナワ創作ってのはどうかとも思う。
オリジナルはやっぱ中国南部で、ウチナァで改変を繰り返した結果
大きく違ったものになったとか。
日本でも最近古流の伝承者が足りなくて同系の仲のいい先生のグループで形の保存をお願いしてることもあるから、内容の良し悪しとは関係なく、なくなる時はあっさりなくなるんじゃないかな
道場生を手広く集めてたわけじゃない時代ならなおさら
>>968 文化大革命の前だよ中国で消えたのは
日清戦争での敗北や辛亥革命、清国滅亡のせい
悪魔の証明みたいな話なだな。残ってないのは革命でなくなったから。しかし、
もともとあった証明もできない。結局都合のいい妄想。
>>971 仕方ないそういう歴史的事情があったんだ
第1沖縄内でも型の系譜なんて100年ちょっと前までしか分からない状況なんだから
残っている門派さえろくな資料がないぞ
974 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/06(金) 15:28:21.26 ID:gOYolqJj0
>>972 新垣清氏の「沖縄空手道の歴史」にはクーサンクーが一番古いようなことを書いて
いる。まあ現代まで残っている型ということだろうが。
クーサンクが一番古い、ねえ。
歴史上の文献でクーサンクーの名前が最初に確認できるのって何年?
976 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/07(土) 06:36:55.19 ID:YpElN1nl0
>>975 どこかのスレに新垣氏のセミナーのことが乗ってるから、出席して直に聞くか
本を買うかだね。ネットでも探せば出てくると思う。
977 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/07(土) 12:06:50.88 ID:x3dnaoToO
昭平流始め、沖空会の上地は沖縄空手だけど、
宗家上地流は沖縄空手関係ねえな。
沖縄空手じゃないだろ、和歌山空手だろ。何回同じ捏造するんだ。
まあ、でも興味深い
那覇手の一系統として参考にしたい
サンセーリューの分解とかも
剛柔流の三十六は前蹴り後に縦肘するが、
兄弟流派の東恩流では前蹴りせず上地流のように踏み込んで肘打ちする
隠し手として存在するが型の表には出さない
981 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/08(日) 23:11:59.47 ID:dhoqZXl0P
松涛館や和道流、糸東流を沖縄空手と呼ばないように、今の上地流も和歌山空手とは言えないんじゃないかな
今の上地流は完英が沖縄に戻ってから大幅に手直ししたものだし
パァーゲーヌゥン唐手なら和歌山空手と言えるだろうが
上地流は今も昔も変わることなく、独自の技法の体系を持ち、修行も厳烈を極め、野性味の強い
武道集団である。そういう社会的名声を得てはいたものの、その高弟たちは学問的次元では概して
他流の高弟たちに比肩できない存在で、社会的に肩身の狭い思いをせざるをえなかった。
だから、大学出で上地流を志向するものがおれば、その人は将来の上地流を社会的にも
学問的にも高揚してくれる者としての期待を一身に集める存在であった。そのようにして
人材に餓えた上地流に金の卵として筆者(高宮城繁)(中略)が入門した。待望久しき人材の
到来であったわけだ。
昭和59年 by 高宮城繁
984 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/09(月) 00:04:17.64 ID:Y6R+MxvEO
>>982 自分も上地ら沖縄で普及して沖縄空手のイメージが強かったんだが
完文氏の系統は
>>853みたいに意見もある。開祖をリスペクトするとなると
確かに元々は南派拳だからそういう意味では沖縄空手じゃないよ。
沖縄空手ってそもそも中国武術とティーの融合で出来たとされてるんだし、
沖縄空手ってそんなガチガチに伝統への価値観ないと思うが。ww
上地完英先生の薫陶を受け、故新城清優師の叱咤激励を受け、(中略)代表格とする諸先輩に
鍛え上げられ、実力をつけ、空手道に関する論文を新聞や雑誌に次々と発表し、いわゆる上地流の
頭脳として社会的に縦横無尽に活躍するようになった。上地流は従前の野生的田舎集団から一挙に
知的に洗練された都市集団に大成したわけである。
1984年 by 高宮城繁
上地流を沖縄空手とか言ってるのは一種の宣伝だろ? 少林寺拳法が日本武道とか
言うみたいに。
そういうことで県の大会出られるとか、無形文化財の指定受けられるとか、そういう
メリットがあるだよ。
政治的にそう言っているだけで、本当は和歌山空手。和歌山以前は福建が福建の
パンガイヌーン拳法が起源で、沖縄にはルーツがない。あるいは福建の湖城道場
が源流かもしれないが、起源捏造してるからもう証明できない。
987 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/09(月) 07:07:11.56 ID:EgHaHOjC0
むしろ福建起源がねつ造じゃね?
完文が和歌山で指導したのは沖縄で指導できない事情があったんじゃないかと思う
師匠筋に不義理があったとか
>>987 いやいや当時、沖縄の人が出稼ぎに本土行くのは別に珍しいことではなかったから
特に関西は多かったみたいね。本部さんもそうだし。
>>987 沖縄の師匠とかも証拠ないからね。いまとなっては証明不可能だよ。
991 :
名無しさん@一本勝ち:2012/04/10(火) 02:25:12.09 ID:GygLw5dCP
次スレは俺に任せろ
>>988 出稼ぎが珍しくないことはわかってるよ
沖縄では教えられなかったけど出稼ぎ先なら近所の目も少ないしいいかと思って
指導したんじゃないかってこと