少林寺が弱いといわれるのは仕方ない第39章

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142見習い拳士
>>140
>しかし,「現に世界はBである私からのみ開けている」という表現はどうなのか?
>この表現は,そのまま取る限り,現に世界がBからのみ開けていることを指す表現
>であって,他の人に同じことがそのまま当てはまったりはしない。

これについては現に世界がBから“のみ”開けていたりはしない、というのが答えだ。だって少なくとも
ここに、この<僕>がいるんだから、Bさんの主張なんて嘘っぱちだ。

「世界が特定の視点から開けている」という言い方が既にしてこの独在的表現の一般的な形式
として理解されてしまうんだから、そこに「B」という固有名詞を入れたからといって
それが特別な表現になったりはしない。(この表現に「永井均」を入れようと「見習い拳士」
を入れようとその表現は個人の特別さを言い表すことが出来るだけだが、もちろん独在性
とはこういうことではなかった。)

>『転校生とブラック・ジャック』で言うと,C君がしつこく「同じ種類のことで
>しかない」「特別のものなど存在しない」と主張しているけど,しかし,結局,
>その十分な理由を示せていないのではないか。

それでは独在性ということの「十分な理由」というのは何なのか?それはこれまでやってきたように
「何しろ、世界は現にBからのみ開けているのだから」と(相手に何を言われようと)言い続けるということか。
それなら僕だって「何しろ、世界は現に見習い拳士からのみ開けているのだから」と(Bさんに何を言われようと)
言い続けるだけだ。(でもこれが「十分な理由」になるとは到底思えない。これじゃ単なる根気比べだ。)