少林寺が弱いといわれるのは仕方ない第39章

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14B (BLACK BELT)
>>12
>では端的に問う。言葉にもならず、ジェスチュアとしても表れない<感覚>とは何か?
>いや、ここで何故それが<感覚>であると分るのか。

他の人のことはともかく,何で僕にそういう反問が来るのか,よくわからない。
僕の理解だと,少なくとも先に引用されているあたりでは,永井は通常の感覚に
ついてしか論じていないと思うから,そういう反問をされても答えようがない。
勝手批評氏がそのような<感覚>について論じようとしているのなら,僕の理解とは
だいぶずれた話になりそうなので,これ以上はやめておく。ただ,もし勝手批評氏に
暇と余裕があったら,
>永井氏は無意識にか(或いは意識的にか)言葉に出来ない感覚としての<痛み>を
>公的言語、即ち言語ゲームとして通用している「痛み」とを混同している。
>これは凄く微妙な哲学的問題だから間違っても仕方の無いところだけど、僕の見るところでは
>どうも自分に都合に良いようにこの混同を行っているように見えるなあ。
について,具体的にどの箇所でどういう混同をしているのか示してもらえれば,
検討できるかもしれないし,僕のことは置くとしても議論を明確にしやすいと思う。