1 :
ひょうすけ:
本家のスレッドがなくなってしまったので、特に
由緒ある尾張柳生について語り合いましょう。
2 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/28 14:19 ID:DTYhsItg
2ゲト
江戸柳生やそれ以外の新陰流は由緒がないとでも?
3 :
ひょうすけ:03/08/28 14:25 ID:6Q3uDEqQ
>>江戸柳生やそれ以外の新陰流は由緒がないとでも?
と言う訳ではないんですけど。
逆に由緒等をご存知の方は是非ともご教示願いたいです。
お願いします!
4 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/28 14:55 ID:211s8tDa
袋竹刀の稽古って実際に斬り合えるようになるのかなぁ?
5 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/28 14:56 ID:211s8tDa
あと、正傳新陰流は、間違い多すぎ。
歴史の本で、突っ込まれまくりなので、改訂版が欲しいところ
6 :
ひょうすけ:03/08/28 15:10 ID:6Q3uDEqQ
>>袋竹刀の稽古って実際に斬り合えるようになるのかなぁ?
力の加減をすることなく打ち込みの稽古ができるということが
メリットだとおもいますが。
7 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/28 15:15 ID:fxzj9Fvm
>>4 結局、当人の日々の稽古における認識の問題だろうな。
袋竹刀でも木刀でも・・・
8 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/28 15:18 ID:LU3NTNfw
禿敷同意。
9 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/28 15:21 ID:DTYhsItg
新陰流の袋撓は日本剣術初めての「フルコンタクト剣術」だったのではないだろうか。
10 :
ひょうすけ:03/08/28 15:29 ID:6Q3uDEqQ
>>9 なるほど!
それまで木刀を使っていた頃は稽古で大怪我をしたり最悪の場合は
命を落とすこともあったようです。
昔、高校の剣道部の監督に木刀で尻をぶたれた(もちろん加減していたようですが)
時の痛さは、忘れません。竹刀がなければ練習にはなりませんね。
11 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/28 16:07 ID:211s8tDa
延春さんとこ限定でスレ立てても、延びないと思うが・・・
会員が、どれだけ書き込みするのか?
ちなみに、コテ付けないと、かなり痛いです>袋竹刀
12 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/28 17:07 ID:grsU9CQ8
>10
>それまで木刀を使っていた頃は稽古で大怪我をしたり最悪の場合は命を落とすこともあったようです。
稽古の場合は木刀や刃引きでは「寸止め」稽古だったのでは。
試合の場合は良くて大怪我や不具、悪くて死亡の可能性が大きかったと思われます。
袋撓では余程の事で無ければ、大怪我や死亡は起こり得なかったのではないでしょうか?
13 :
ひょうすけ:03/08/28 19:20 ID:6Q3uDEqQ
>稽古の場合は木刀や刃引きでは「寸止め」稽古だったのでは。
そうですね。まだ不勉強なんですが「寸止め稽古」をしていても怪我人がかなり
出ていたようですね。
もちろん袋竹刀では大怪我や死亡ということは殆どありえないと思います。
ただ以前、演武を見たときかなり袋竹刀とは言え、かなりの打撃力があるように
思えました。
14 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/28 22:34 ID:xzu00XRF
15 :
蝮の道四:03/08/28 23:23 ID:Ek0h9SaP
新陰流なら山北先生のタイ捨流も正嫡だよね。新陰流柳生派にしてほしいな…
16 :
柳生厳長:03/08/29 00:46 ID:JaxDy1rl
正しくは「新陰流兵法正統柳生流」と申す。
17 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/29 00:54 ID:CXSIZr+4
演舞でなぜ模造刀使うのですか?
18 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/29 01:01 ID:o59DP6UX
肥後新陰流(疋田陰流)も正嫡。
19 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/29 01:07 ID:U8aTUdyW
直心陰流も
20 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/29 03:17 ID:1/aaCMh5
合撃が難しいよぉ〜。
上達するにはどういう点に気を付ければいいのかなぁ。
21 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/29 08:00 ID:ZA/LfyQB
柳生新陰流の方に一度お伺いしたかったのだが、袋竹刀では寸止めではない、
自由な打ち込みが可能といわれるが、新陰流の懸り稽古を拝見しても、それは
小手打ち、小手揚げに限るのではないだろうか。いくら袋竹刀でも面・左右横
面打ち、突きができるとは思えないし、それらは、やはり寸止めにならざるを
えないと思う。要するに、袋竹刀のメリットは、自在の小手打ちに限るのだろ
うか。同じ新陰流でも、タイ捨流は木刀、刃引き、真剣での型稽古が全てで、
ついに袋竹刀は取り入れなかったのだが。
22 :
柳生じゃないけど新陰系:03/08/29 09:10 ID:U8aTUdyW
>>21 逆。
面を打たれても怪我はしづらい。
だから人によってはがつんと撃ってくる。
むしろ篭手のほうがきついよ。
間違えて指にあたって良く怪我します。
いや、下手糞なだけって言われたらそれまでなのだが。
突きは確かにおもいきりできません。
23 :
21:03/08/29 09:48 ID:0Yc1o+/L
>>22 面・横面は打つのですか。分かりました。ありがとうございます。まあ
渾身で撃ってくるとは思えませんが(笑)。篭手上げで指を斬る技はよく
使うと思いますが、フルコンで来るとなるとつらいですね(笑)。木刀
だと粉砕しちゃいますからね。突きはたとえ現代剣道でも防具の隙間に
「誤ってw」突き込んじゃったという裏技?がありますから怖いです。
御教示ありがとうございました。
24 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/29 09:51 ID:NYIgEbjQ
>>20 一刀流切り落としとか、十文字勝をよく見てみれ。
相手の剣に当てようとするから、タイミングが狂う。
相手の振りかぶりを観て、何も考えなくて良いから、正中にしっかり斬りおろせば
相手の剣は、脇にそれ、吾が剣は相手の小手を打つはず。
それが出来たら、半身に変わりつつ打ち込めばいい。
もっとも、奥が深いから、工夫と寄り深い理解のための努力はおしむとだめ。
25 :
柳生じゃないけど新陰系:03/08/29 09:59 ID:U8aTUdyW
>>23 ついでなのでもう少し。
新陰流系に横面は無いと思います。
代わりに袈裟斬があります。
全力で面を打たれないのは確かにそうですね(笑
ですが、木刀では軽くあたっただけでも打撲になるところが
袋撓だと無傷で済むのは有難かったりします。
防具の隙間をつくのは・・・技としてあったり。
26 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/29 10:36 ID:Iv1kST0j
>>22 現代剣道をやっていた者にとって、
例え蟇肌竹刀とはいっても防具が無い
相手に打ち込むのは抵抗がありました。
「本当に打ち込んで良いの」って。
27 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/29 15:20 ID:yjsie+tZ
>>23 袋竹刀にも実は色々ありまして、簡単に言いますと、中の竹を細かく割るほど
柔らかくなるので、試合稽古などに用いますとかなり思い切った撃込みが可能になります。
型稽古用のものは、少し重い分厚い竹を使うといった感じで、使い分けている方が多いと思います。
最も昔は逆だったようですが。
28 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/03 18:57 ID:mdh0YY/Q
尾張柳生(柳生会?)に免許皆伝の方は
何人ぐらいいらっしゃるんでしょうか?
29 :
宗冬:03/09/04 23:04 ID:y8jWwIpZ
尾張柳生といえば「制剛流抜刀・居合」も稽古していると思うが
これはいつから柳生に取り入れられたんだろうか。
何方かご教授願いたいが。
柳生会の公式HPくらい確認してから、カキコすべきと思うが。
31 :
宗冬:03/09/05 23:33 ID:8yP9TaXj
>>30 御指摘かたじけない。
見落としておりました。
ありがとうござる。
32 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/09 01:08 ID:O0zbg67h
柳生厳長師範に再編される前の制剛流抜刀は
どんなものだったのだろうか?
もう残ってないのかな。
33 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/10 11:07 ID:SCNiFiWO
新陰流に居合は必要だったのでしょうか?
なぜ巌長先生がわざわざ取り入れたのか?
どうなんでしょうね?そのあたり?
34 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/10 15:15 ID:dT+PR/HE
他の新陰/影流が、抜刀からの業に変化していったのをうけてじゃないの?
正眼から始まる勢法だけだったし。
36 :
長寿庵:03/09/12 08:38 ID:djLBvk2G
>正眼から始まる勢法だけだったし
?
37 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/12 12:39 ID:gy2aaMgx
制剛流は昔からあったらしいけど
厳長先生が戦争の兆しでみんなが日本刀の使い方を
学ばないといけないと言う声がでたので
知り合いと二人で編成したと言う話だ。
2ヶ月程前?にTVに新陰流が取り上げられてて次代の宗家候補も
紹介されてたんだけど、学生の時以来20年程ブランクがあると
かで現在仕事も辞めて猛特訓中との事だった。その人現宗家の
親戚らしいのだが直系の息子さんいなかったのかな?
40 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/15 13:15 ID:gacEWQ8o
>>38 何でも、宗家は娘さんしかいなかったはず。
かの連也も甥っ子を後継ぎにしているんで
問題はないとおもいますよ。
ただ、ブランクを埋めるのは大変な努力が必要でしょうね。
41 :
38:03/09/15 20:01 ID:GqcSQg1X
>>39、40
レスどうもです。なるほどそういう事でしたか。
でも時期宗家候補はもっと若いのにしてほしかったなぁ。
結構いい年でしたからね、その親戚のおじさんは。
もしくは歴代にもあったような、確かな技量を持つ師範家に一時
道統を預け(?)て、次々代の若き血脈の育成を委ねるとか。
42 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/15 22:12 ID:CJSjJX/h
家伝の術技を伝承するのが難しい時代ですよね。
伝統芸能に対する保護施策とかどうなってるのでしょうかね。
43 :
ぼーふら:03/09/16 12:51 ID:5vjZqD1d
時期宗家候補の方は50歳代の方のようですから、大変でしょうが
現宗家のように80歳代になっても元気に指導されている事を
考えれば、訳わかんない方が道統を名乗るよりは良いと思います。
最もそれと平行して「若手の育成」が急務でしょうね。
>伝統芸能に対する保護施策とかどうなってるのでしょうかね
同感です!武道も今残っているものは、何らかの保護政策が必要でしょう。
日本が世界に誇る文化ですから。
44 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/17 12:41 ID:lTjM17GZ
45 :
三厳:03/09/17 20:58 ID:i3saF695
>44
「刀が曲がった」といっても、どんな状況かわからないので
何とも言えませんね。
「抜刀術の大家」でも自分の顔を切ってしまったことがあったそうですしねぇ。
ただ、どんな番組だったのか気になりますなぁ。
46 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/17 22:29 ID:u+s4gqNm
大和柳生会の偽物オヤジじゃないの?
江戸派柳生新陰流と言いつつ、本職は居合らしいし。
47 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/18 03:26 ID:eV72hAae
居合じゃなくて、剣舞だよ。
48 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/18 04:30 ID:ZP5HpHE2
真剣使ってね
49 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/18 05:37 ID:pJ0v1uG+
柳生月心流は新陰流となんか関係あるの?
50 :
名無しさん@お腹へった。:03/09/19 00:48 ID:C6Y+1B99
全然関係ないみたいよ!
51 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/23 09:23 ID:ndpXa280
みんなで柳生ナントカ流を名乗ろう!流祖はテキトーに上泉伊勢守。
52 :
名無しさん@お腹へりそう:03/10/07 14:14 ID:2g7DYtco
なんかこの前の「武蔵」では兵庫助が柳生宗矩の手先の
ような事をやっていたけど、本当なんだろうか?
あまり聞いたことがないですなぁ?
54 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/13 20:06 ID:3yMX6FaT
55 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/13 20:46 ID:yuGHMmZP
破門されたのが、平然と宗家を名乗るなんていい度胸ですね。
56 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/13 21:44 ID:obAcp+6D
>>54 そういう奴に弟子がいるという事が、オレは不思議でならん・・・
57 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/14 12:31 ID:g5zpwPCa
>>56 最初、弟子入りするときはまさか
自分が入門しようとしている先の事なんか
よくわからないから、可愛そうですよ。
気の毒というほかはないな。
59 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/14 22:58 ID:pxDEqg9e
縁が無かったとあきらめてくれ >そんなとこにたまたま行ってしまったアナタ
60 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/15 00:13 ID:d6RXP4Ns
>>55ー59
>
何でも先代の率いた団体名が「大日本柳生会」。
その後を継いだ大阪の先生の作った団体が「大和柳生会」。
その大阪の先生は、先代の団体名の使用権も持っているそうです。
んで、その破門されてた兄弟子は、数年前から急に「宗家」を名乗りだし、
「大日本大和柳生会」という間際らしい団体名で活動を始めたのだそうです。
詐欺同然の行為ですね (w
因みに、此方は大阪の大和柳生会から破門された所。
「勇進館本部」
http://www.eonet.ne.jp/~yuushinkan/yushinkan/index2.htm 去年、破門を逆恨みして元の師匠を「似非者」呼ばわりにしましたが、周囲から散々非難を浴びて結局詫び状を書かされたそうです。
61 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/15 00:16 ID:xw+g9Aco
大阪の大和柳生会って植○先生のとこ?
62 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/15 00:21 ID:d6RXP4Ns
63 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/15 00:36 ID:Sco6a2qh
>>60 すると大和柳生会は、名称はともかく大阪に三つあるわけか?
複雑なことになってるんだな。
64 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/15 00:57 ID:d6RXP4Ns
>>63 大阪には一つだけだよ。
件の植○先生は、和歌山だし。
勇進館は、勇進流という流派を創作して頑張ってます。
65 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/15 02:52 ID:OP19Ij4K
>>64 道統・名称共に正しいのは、大阪の「大和柳生会」のみということだね。
>>54の「大日本大和柳生会」の詐欺師の様な輩は何とかならんものなのか?
こいつが一番悪辣な気がするんだが。
んで大阪の「大和柳生会」も江戸柳生を名乗ってるの?
67 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/15 06:05 ID:d6RXP4Ns
>>65 >
>>54の「大日本大和柳生会」の詐欺師の様な輩は何とかならんものなのか?
>こいつが一番悪辣な気がするんだが。
>
大阪の大和柳生会の人に言わせると、兄弟子より勇進館の方が悪質なそうな。
兄弟子は少なくとも流派の技を、全部ではないし不正確だけど、一応継承はしていると。
先代亡き後のしばらくは、真面目に弟子をとって大人しく活動していたそうだし。
しかし、勇進館の方は流派の技の「りあい(?)」というものすらまるで理解していなかった未熟者であったと。
副師範の個人的な弟子だったので、本部に来て技を学ぶ事も殆ど無かったそうで。
そのくせ支部を任せていたら勝手に宗家を名乗り出したので、破門されたんだそうです。
>>66 一応、そうらしいです。
東京の柳生家から先々代・先代と、道統は続いているそうで。
大阪の先生の伝承は、東京の柳生子爵家も承認済みとの事。
大阪の大和柳生会の友人は、「漏れ等は、宗矩・十兵衛が書いた書物の内容なら理解出来る。その通りの技を継承しているから。」と、偉そうに自慢してましたな。(w
俺も、大阪の方は子爵家から認定を受けてるときいた。
OEMみたいな感じかもしれないが、認定を受けてるから一応本物では?
69 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/15 12:33 ID:ELS/Ti+a
大阪の大和柳生会の道場はどこにありますか?見学にいきたいので誰か教えて
70 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/15 13:36 ID:CG9LkgBO
>>67 その大阪の大和柳生会の先生というのは、もしかして体格のいい五分刈の御方では?
一度試し斬りを見たことがあるんだが、いやはや凄い腕前だった・・・
71 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/15 16:52 ID:GmE9KZVx
要は植○先生は詐欺師ということで?
何か芳徳寺で奉納演武とかしてるみたいだけど・・・・。
ほっといていいのか?
72 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/16 03:20 ID:7ocQyB36
>>69 自前の道場は所有しておらず、天王寺のどっかの施設を借りているとか。
>>70 その人は、多分、勇進館から逃げてきた人だと思います。
大和柳生会の先生は、小柄な人です。
>>71 仰有るとおり、前々から奉納演武はしているみたいですね。
但し、いつも大阪の先生の2番目にですが。
それ故、植○先生は芳徳寺での奉納演武には、絶対に新しい弟子を同行させないそうです(w
73 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/16 06:50 ID:ulK+FP5T
先代の後を継いだ大阪の先生の名前は世間に公表されてないんですか?
74 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/16 22:24 ID:7ocQyB36
>>73 公表も何も、斯界では結構有名だよ。
ただ、大阪の大和柳生会は一般への宣伝の類は一切しないだけの話。
でもネットで検索すれば、多少は出てくるんじゃないの?。
75 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/17 04:52 ID:PSIgT1hG
>>54-74 尾張柳生のスレなのに、江戸柳生の話題ばっかだね(w
ま、江戸柳生で「宗家」を名乗っている所が全部偽者なのは、間違いない話だけど。
認定って・・・そりゃないでしょ。
詐欺集団なんて認定したって子爵家になんのメリットもないよ。
そもそも江戸柳生家なんざ宗在以降は養子続きで新陰流は継承されていない。
なので今の江戸柳生家に承認できる人物なんていないよ。
>>68 子爵家は柳生家○○代目であって、新陰流○○代目ではない。
それとこのスレ含め新陰流関連スレで自称江戸柳生の方々が
工作活動を働いているので注意せられよ。
80 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/17 14:47 ID:WoCEHFSz
江戸柳生は途絶えてしまったため、皆さんやりたい放題なんですね。
81 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/17 21:41 ID:Lu/yondU
>>76 何処でガセネタ掴まされたのか知らないけど、
残念ながら江戸柳生は明治初期まで継承されてるって話だよ。
>>77 他流でも、普通に立合と居合がありますワナ。
なんか江戸柳生は立合だけと思い込んでるみたいだけど、尾張柳生と江戸柳生を混同してない?。
江戸柳生は、新陰流の本流とはそもそも別物なんだよ。
漏れみたいな素人でも、その程度のことは認識しているぜ。
あと、Web上では江戸柳生を騙る偽物がほとんどだそうだからね。
その
http://www.asahi-net.or.jp/~PY4Y-TUG/ も、
仰有るとおり、真っ赤な偽者だという噂です。
>>78 新陰流○○代目は、尾張の柳生家の方でしょ?。
>>79 自称・事情通の厨房も多いけどね。
>>80 だいぶ前にも、その話題のスレを見たよ。
根拠無き罵り合いで、酷かったね (w。
ハンターチャンス!!
83 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/17 22:32 ID:7DUo37Z3
>>81 江戸柳生の居合は、いつの時代、誰によって生み出されたものでしょうか?
尾張柳生の様に、他流の型を取り入れたものでしょうか?
84 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/18 05:40 ID:dk3krVGS
85 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 02:01 ID:GWePozh8
86 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 04:04 ID:76BMqQUD
87 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 08:32 ID:/aQTEo9J
>>86 なるほど。すると転会では厳長先生の次は渡辺さんなんですね。
それは大問題ですね。
88 :
( ´∀`):03/10/19 11:04 ID:1vIlPaNi
デスネ
89 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 13:37 ID:76BMqQUD
90 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 18:29 ID:qu72FEGY
転会は厳長先生の教えを元に稽古をしているといわれてますが、
柳生新陰流の宗家はあくまでも延春先生でしょうね。
といっても転会を偽者よばわりするのはちょっと・・・。
>>81 >残念ながら江戸柳生は明治初期まで継承されてるって話だよ。
確かに江戸新陰なら家臣達の手で明治頃までは残ってたけどさ
江戸柳生「家」では事実上俊方(訂正)までしか新陰流は継承されてないよ。
>他流でも、普通に立合と居合がありますワナ。
そうだろう。おそらく石舟斎の頃は剣術に対する裏芸として(柔術などとあわせて)
居合のようなものがあったと推測されるが(あくまで推測)おそらく奴らのHPに
載ってるように完成された?形が何十本もあるなんてことはまずないし、
それに裏芸なんざ術が伝わるうちにすぐに無くなってしまっただろうしね。
実際史料としても柳生新陰流居合なんて聞いたこともない。あったら教えて。
>江戸柳生は、新陰流の本流とはそもそも別物なんだよ。
そりゃ尾張の方の言い分だわな。もし江戸柳生家に新陰流が
継承されていたらきっと正統争いしてるよ。
そもそも新陰流の本流ってなんだよ?
>新陰流○○代目は、尾張の柳生家の方でしょ?。
江戸柳生家に新陰流が継承されていたら新陰流十七代目宗家柳生宗○って名乗ってたって
おかしくないだろ?でも実際には伝わっていない。そこで
>>68>>78だ。
付け加えておけば、江戸柳生家でも俊順まではある程度形が出来た藩主もいたようだ。
ただ養子続きの上、大名としての務めもある。世の中は平和だし指南役からも離れてる。
おまけに他流との交流もない。剣術稽古する必然性なんてないだろ?
だから実際は家臣が新陰流を伝えてたみたい。
(歴代の藩主に新陰流を教えてたのもおそらく家臣の誰かだろう)
よって「継承」という表現はどうも違和感がある。
93 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 19:49 ID:wIiqbqoE
想像の世界でしか生きていない江戸柳生なんてどうでもいい。
94 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 20:21 ID:76BMqQUD
>>91 >江戸柳生「家」では事実上俊方(訂正)までしか新陰流は継承されてないよ。
なんか、新陰流と柳生新陰流の区別すら出来てないみたい人みたいだね。
新陰流は、宗矩には継承されてません。
江戸の柳生新陰流は事実上俊方までという説もあるけど、一応明治まで伝承されています。
>おそらく石舟斎の頃は剣術に対する裏芸として(柔術などとあわせて)
>居合のようなものがあったと推測されるが(あくまで推測)
あなたが推測するまでもなく、普通「兵法」と言った場合は剣術以外の様々な武術が含まれます。
>おそらく奴らのHPに載ってるように
そのHPの殆どは偽者だそうだから、ソースとしては不適当じゃない?。
>完成された?形が何十本もあるなんてことはまずないし
江戸柳生で現在伝えられている居合技は、殆ど後世作られた物だそうです。
>実際史料としても柳生新陰流居合なんて聞いたこともない。あったら教えて。
新陰流の居合なら、尾張柳生の先代の書物にその存在が記されてるそうですけど。
>もし江戸柳生家に新陰流が継承されていたらきっと正統争いしてるよ
アホか。
江戸柳生には新陰流の一部しか継承されていない。
だから江戸柳生は尾張柳生を新陰流の正当と認識している。 (そんなの常識。)
>そもそも新陰流の本流ってなんだよ?
尾張柳生。
>江戸柳生家に新陰流が継承されていたら
だからね、江戸柳生には・・・(以下略(w
95 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 20:25 ID:76BMqQUD
>>92 >江戸柳生家でも俊順まではある程度形が出来た藩主もいたようだ
>
それを伝承と呼ぶ。ところで俊順までという資料は何?。
>ただ養子続きの上、大名としての務めもある。
柳生藩の大名の勤めは、代々将軍の兵法指南役ですけど。
江戸時代を通じて常に定府であり、大和の柳生藩の直接の経営や参勤交代などは一切しておりませんが。
>世の中は平和だし指南役からも離れてる。
これは大嘘。(柳生家が指南役から離れたら、即、お取り潰しになります。)
>だから実際は家臣が新陰流を伝えてたみたい。
>(歴代の藩主に新陰流を教えてたのもおそらく家臣の誰かだろう)
何度も憶測で電波飛ばさないでね
96 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 20:34 ID:76BMqQUD
>>93 確かに江戸柳生の話はそろそろ飽きて来た。
誰か尾張柳生の話題は無い?。
新陰流=尾張というのは間違いだろ。
他の新陰流もあるわけだし。
**新陰流ってのはたくさんあるぞ
血族の疋田とか
101 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/20 06:10 ID:FWcCivlV
>>97,
>>99 だから支流の「**新陰流」じゃなくて、本流であるただの「新陰流」は
尾張にしか伝わってないという事。
上の方にいる厨房の
ID:/ycvIXHd や、
ID:MPxbYecX は、その区別が全く理解出来て無いから
全く頓珍漢な事ばかり話しているのよ。
同じ新陰流という名前が付いても、「本流」と各「支流」は
技の名前など多少の共通点はあっても、それぞれ違った技を伝えている。
その事実が理解出来てないと、上記のようにまるで議論にならない訳。
尾張がかってにタダの新陰流を名乗ってるだけだろ。
上泉の唯一の正統な後継者か?>石舟斎
とおもったが、よく考えたら、
上泉は新影流だし、石舟斎も新影流の目録持ってるし
尾張のは新陰流が正式名称らしいから、兵庫を初代とした
別流派とするなら、まったく問題ないわな。
104 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/20 11:35 ID:i8ZB9g+Z
>103
石舟斎は柳生の領地は宗矩に与え、孫の兵庫助利厳に新陰流の正統第三世の相伝を
授けたんですよね。
「尾張の柳生家が勝手に名乗っている」というのはおかしいのではないかい?
105 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/20 11:48 ID:lovtHaNR
おれも兵庫助と連也の技術的改革があったから
上泉の新影流というより柳生の新影流だと思うな。
相伝はともかく技術的にはね。
>>94 > なんか、新陰流と柳生新陰流の区別すら出来てないみたい人みたいだね。
どこが?まさか君厳長先生の言ってること鵜呑みにしてるんじゃないよね?
> 新陰流は、宗矩には継承されてません。
いや普通に石舟斎から相伝されてるじゃん。
> 江戸の柳生新陰流は事実上俊方までという説もあるけど、
説じゃなくてこの場合事実ね。
>一応明治まで伝承されています。
ソースは?明治っていうと俊郎、俊久あたり?
>あなたが推測するまでもなく、普通「兵法」と言った場合は剣術以外の様々な武術が含まれます。
そんな簡単に言っちゃっていいのかな?史料として居合があるなんてもの残ってないのに。
> そのHPの殆どは偽者だそうだから、ソースとしては不適当じゃない?。
はあ?よく読めよ。
> 江戸柳生で現在伝えられている居合技は、殆ど後世作られた物だそうです。
「江戸柳生で現在伝えられている居合技」ってなんだよ。
> 新陰流の居合なら、尾張柳生の先代の書物にその存在が記されてるそうですけど。
多分お前の勘違いかと。江戸柳生(本物)で居合に触れられてんのは十兵衛の「外の物の事」位。
それも現在我々が想像するような居合とは違ったものだ。
> アホか。
いや十分予想できるだろ。
> 江戸柳生には新陰流の一部しか継承されていない。
ほほうでは尾張には上泉伝来のもので他に何が伝えられてんの?
> だから江戸柳生は尾張柳生を新陰流の正当と認識している。 (そんなの常識。)
初めて知った!常識だったんだ〜 で、その根拠は?十兵衛の伝書ではしっかりと
「老父某伝を継て」って書いてあるよ。
> 尾張柳生。
これこそアホか?上泉に弟子何人いたと思うよ?
上泉は決して石舟斎に「新陰流正統第二世」なんて継がせてないよ。
(つーかそんな概念自体ないだろ)
>>95 > それを伝承と呼ぶ。ところで俊順までという資料は何?。
いや、だからさ上にも書いたように継承と呼ぶには違和感を感じるんだって。
13代俊順が家茂の剣術相手を一度している(どの程度のことをやったかわからんが)
14代俊郎は11歳で養子になり、18歳で版籍奉還。
維新の動乱もありこの間充分な剣術稽古をしていたとは考えにくい。
実際、新陰流のことは全部柳生村の家来に任せてあると言っている。
> 柳生藩の大名の勤めは、代々将軍の兵法指南役ですけど。
名目上はどうだか知らんが俊方以降は兵法指南などしていないし
将軍家が誓紙を入れたのは家宣まで。
> 江戸時代を通じて常に定府であり、大和の柳生藩の直接の経営や参勤交代などは一切しておりませんが。
一体誰が藩主が国許の経営や参勤交代をしていると言った?
>(柳生家が指南役から離れたら、即、お取り潰しになります。)
んなわきゃねーだろ!なんでそれ位でお取り潰しになるんだよ!!
> >だから実際は家臣が新陰流を伝えてたみたい。
> >(歴代の藩主に新陰流を教えてたのもおそらく家臣の誰かだろう)
> 何度も憶測で電波飛ばさないでね
電波??では誰が養子続きの藩主に新陰流を教えてたのかな?
君のご高説を承りたい。
断言してもいい!お前渡辺忠成宗主大先生の弟子だろ?
>>106 訂正
「老父某伝を継て」→「老父其伝を継て」
>>101 ここまでお前がドキュソだとは思わなかったよ。そう思いませんか?皆さん。
お前まともに新陰流関係の本読んでないだろ。(厳長先生、渡辺著は除く)
あ〜なんかマジレスしてたのが馬鹿らしくなってきた。
110 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/20 16:27 ID:pgAJRpjv
>>103 禿同!
>>104 そもそも上泉自体、石舟斎に「正統第二世」なんて
継がせてないのれす。
111 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/20 16:36 ID:pgAJRpjv
>>101 >同じ新陰流という名前が付いても、「本流」と各「支流」は
>技の名前など多少の共通点はあっても、それぞれ違った技を伝えている。
あたりめーだろ。尾張はじめ各派歴代の宗家、師範が技を変えていってんだから。
事実上泉が石舟斎に与えた秘巻四巻のうち「七太刀」なんてすぐに消えてるし、
尾張でも連也、長岡が変えちゃってる。
112 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/20 19:42 ID:i8ZB9g+Z
>>110 >そもそも上泉自体、石舟斎に「正統第二世」なんて
>継がせてないのれす
そうなんですか?
しかし、ここんところ博学の方が出てきておもしろくなってきた。
113 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/20 20:21 ID:jxGV9etT
みんな自分の中で想像をふくらまして楽しそう。
115 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/20 21:36 ID:PpVa6ZCF
>>9-10 真剣→竹刀→防具→防具目標の叩き合い
武器→素手→顔面禁止→ムキムキ我慢相撲
剣術も空手も同じような経過をたどる。
安全化→そこが基準→形骸化
>>1柳生連也武芸帖
>>18剣の舞
天真正伝香取神道流(忘れた)
漫画の影響はやはり大きいのですかな。
>>24 簡単に言ってくださいます。
>>26 考えてみれば、どなたも本気で真剣で人を切るつもりはないのですし、
ある意味しようがないでしょう。
116 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/20 21:53 ID:i2Zhb8FA
117 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/20 21:55 ID:myzXAmwL
なんだかんだで一刀流の方が強いわけだが。
118 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/20 22:07 ID:LitJ+Onn
甲野善紀氏によると、一刀流はすでに崩壊しているそうだが。
119 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/21 06:54 ID:+ldXDRzo
>>106 > どこが?まさか君厳長先生の言ってること鵜呑みにしてるんじゃないよね?
一応、尾張柳生の主張は尊重しているけどね。
> いや普通に石舟斎から相伝されてるじゃん。
一部がね。
> 説じゃなくてこの場合事実ね。
だから、ソースは?。
>ソースは?明治っていうと俊郎、俊久あたり?
関係者。 何なら、東京の子爵家に訊いてみたら?。
>そんな簡単に言っちゃっていいのかな?史料として居合があるなんてもの残ってないのに。
だから、厳長先生の著作でそれについて言及されているそうですけど。
> はあ?よく読めよ。
偽者のHP持ち出して云々しているのは、あなたですけど。
> 「江戸柳生で現在伝えられている居合技」ってなんだよ。
正統な「江戸柳生」の所の事ですね。
120 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/21 06:55 ID:+ldXDRzo
>>106 >多分お前の勘違いかと。
いや、Webにそういう記述がある。
>江戸柳生(本物)で居合に触れられてんのは十兵衛の「外の物の事」位。
それは「居相」では?
>いや十分予想できるだろ。
じゃあ、その「事実」を示してみて。 (いい加減、「妄想」と「事実」の区別くらい付けてよ。)
>ほほうでは尾張には上泉伝来のもので他に何が伝えられてんの?
意味不明。何が言いたいの?。(江戸柳生の話題じゃん)
> で、その根拠は?
>十兵衛の伝書ではしっかりと「老父某伝を継て」って書いてあるよ。
宗矩が新陰流の正統を継いだと、それの何処に書いてあるの?。
> これこそアホか?上泉に弟子何人いたと思うよ?
>上泉は決して石舟斎に「新陰流正統第二世」なんて継がせてないよ。
> (つーかそんな概念自体ないだろ)
はい、ソース。
121 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/21 09:21 ID:WdYeU+C1
>はい、ソース。
部外者だけど、継がせて無いならソースはないと思うが。
むしろ、継がせてるならソースがあるはず。
横やりスマソ
丸目の正統な弟子であるという全伝印可は残ってたような。
公開されている石舟斎の相伝はかなりハショってある。
一国一人の印可が正統2世を表すと考えるなら
石舟斎自体も高弟等にに同じ文面の印可を出しているから考えにくい。
マイナーな弟子の印可上は古書店でたたき売りされてて泣けるが。
てのが、俺が今までスレ読んだ感想。
>>119 > 一応、尾張柳生の主張は尊重しているけどね。
だからどこが間違ってるんだって
>一部がね。
だからさ〜尾張に相伝されてて、江戸に相伝されてないものってなによ?
>だから、ソースは?。
わ〜た、わ〜た事実は言い過ぎた。だって俊方から俊平に「あなたには新陰流の全ては
教えていません」なんて書いてある伝書ないからねw
でも、事実には近いと思うよ。
だって俊平が養子になってから、俊方が死ぬまで9年しか経ってないもん。
>関係者。 何なら、東京の子爵家に訊いてみたら?。
関係者?誰?ものすごくあてにならんのだが。
んでその「関係者」はどの当主まで「継承」していると言ってんの?
その当主は八箇必勝まで学んで印可を受けてるんだって?
>だから、厳長先生の著作でそれについて言及されているそうですけど。
見当たらんな〜でも俺も持ってないの一杯あるからすまんが
書名とその件を書いてくれ。
それとその記述はちゃんと史料に拠ってんの?
> 偽者のHP持ち出して云々しているのは、あなたですけど。
あのね、だからね
「居合のようなものがあったと推測されるが(あくまで推測)おそらく奴らのHPに
載ってるように完成された?形が何十本もあるなんてことはまずないし、」
これのどこがソース(情報の出所)として不適当なの?
ただ比較してるだけじゃん。
>正統な「江戸柳生」の所の事ですね。
え!?ってことは今の柳生家の当主は居合やってるってことかい!
>>120 > いや、Webにそういう記述がある。
どれ?晒して!本当に厳長先生の書物に居合があるなんて書かれてるの?
> >江戸柳生(本物)で居合に触れられてんのは十兵衛の「外の物の事」位。
> それは「居相」では?
その通り「居相」だよ。でも「居合」と「居相」ってちがうの?
その口ぶりだとなんか違うふうだね。教えて!
俺は居相も居合も同じものだと認識してるけどな〜
> じゃあ、その「事実」を示してみて。 (いい加減、「妄想」と「事実」の区別くらい付けてよ。)
「予想」って文字が見えませんか?
そして、なぜその予想が成り立つかというと江戸柳生も新陰流をしかと相伝されてるからです。
> >ほほうでは尾張には上泉伝来のもので他に何が伝えられてんの?
> 意味不明。何が言いたいの?。(江戸柳生の話題じゃん)
お前の↑のレスこそ意味不明。
「江戸柳生には新陰流の一部しか継承されていない。
だから江戸柳生は尾張柳生を新陰流の正当と認識している。 (そんなの常識。)」
というお前の発言に対しての俺のレスなんだから、尾張柳生に継承されていて
江戸柳生には継承されていないものを、お前は明らかにしなければならない。
> 宗矩が新陰流の正統を継いだと、それの何処に書いてあるの?。
納得しない?まあそれならそれでよし。
> はい、ソース。
(なんか写真とるみたいでつねw)
上泉→石舟斎に「あなたに正統第二世を継承させます」なんて伝書存在しません。(あなたの脳内ではべつですが)
また、石舟斎→兵庫にも「正統第二世を継承させます」なんて伝書も存在しません。
「尾張新陰正統説」は尾張柳生家が考えた妄想です。
因みに江戸新陰は自ら「正統」を主張する必要はなかった。
なぜって江戸時代は新陰流=江戸柳生だったから。
(尾張が正統を執拗に主張しているのはこれに拠る)
聞きたいことがある
・「江戸柳生は尾張柳生を新陰流の正当と認識している(そんなの常識。)」
「正当と認識」かつそれが「常識」となっている証拠をおねがい。
・「>世の中は平和だし指南役からも離れてる。」
「これは大嘘。(柳生家が指南役から離れたら、即、お取り潰しになります。) 」
この間違いは認めたの?
上泉は石舟斎に与えた目録、印可と同じものを疋田、宝蔵院、丸目にも与えています。
また、石舟斎が兵庫に与えた目録等はことごとく宗矩にも与えられています。
論理的に考えても、武 家 の 棟 梁 たる将軍家の指南役で1万石の大名である宗矩と
尾張徳川の藩士(500石)である兵庫とではどちらに継がせたら、より新陰流が広まると思う?
つーことで両方に継がせることはあっても、兵庫だけに継がせることはない。
これ専門家の見解ね。(事実家督は宗矩が継いでいる)
>>121 全面的に禿同!!です。
なんか俺よりはるかに詳しそう!
もっと+ldXDRzoに言っちゃって下さい。
127 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/21 23:34 ID:Zh+DyOmB
尾張新陰は「新陰流」じゃなくて「尾張伝柳生派新陰流」のほうがいいような。。。
128 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/22 03:30 ID:VnvOhiQi
玉栄拾遺読むとやはり宗在までは武術関連の記述がよく出てくるが、
俊平になると雑務ばっかりで武芸を稽古した形跡がほとんどない。
おまけに俊方は晩年病に罹っている。
>>123 訂正
また、石舟斎→兵庫にも「正統第二世を継承させます」なんて伝書も存在しません。
→また、石舟斎→兵庫にも「正統第三世を継承させます」なんて伝書も存在しません
130 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/24 09:07 ID:0Mvoman7
ここは妄想オンパレードのスレだな。ワロタ
131 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/24 11:12 ID:Tpo3upqk
>>130 しょうがないよ。
尾張なんか、家光の時代一番強かったのが連也だと信じて疑わないくらいだし。
132 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/24 12:30 ID:0Mvoman7
↑あんたもおんなじ妄想家だね。
>>江戸柳生(本物)で居合に触れられてんのは十兵衛の「外の物の事」位。
> それは「居相」では?
「外の物の事」は宗矩も著してますね・・
宗矩の「外の物の事」の「居相」は
「小脇差居相とりてのこと」
これは座して刀を抜くいわゆる「居合」じゃなくて小脇差もった柔術的技法みたい
当身のときの急所とかも少ないながら書いてる
「居相の屋敷にて心持の事」
ここで抜刀のことを心得程度に言及してるけど・・・
>>132 やれやれまた繰り返しかよ・・・
+ldXDRzo=0Mvoman7だろ?粘着だなw
>>133 そうなんですよ。
だから今現在我々が想像するような居合に関する記述は見つからないんです。
>>131を妄想というからには
やっぱり連也が一番強いと思ってるんだろうな132は。
完璧+ldXDRzo=0Mvoman7だわ、こりゃ。
137 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/24 15:39 ID:Z2wEfP80
連也斎が一番強いかどうか判断するのは難しいけど
柳生新陰流が世に広まるためには欠かせない人材だったことは
確かですね。
「取り上げ使い」を考案していただいた事、感謝してます
138 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/31 16:10 ID:2N3R7zPH
大友宗麟の猛将として知られる
→秀吉の九州平定の際には島津方を猛追し一日に十二の城を抜くという離れ業を成し遂げる
→秀吉から鎮西無双の評を受ける
→関が原で西軍についたため豊臣大名として受けていた大封を失う
→二代将軍秀忠に仕える→大阪の陣で秀忠に用兵指南する
→筑後柳川藩主に返り咲く
という数奇な人生を経た立花宗茂
彼は丸目新陰流の皆伝を受けている
139 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/31 16:13 ID:2N3R7zPH
幕末の佐賀藩主鍋島直正もタイシャ流皆伝
140 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/31 16:15 ID:2N3R7zPH
九州では新陰流の本系はタイシャ流系(示現流含めて)と考えられている
フィクションの話で恐縮ですが、
多くの小説などでは、柳生宗矩は剣術家としては
凡庸以下の様に書かれている事が多いですよね?
宗矩と兵庫助との間が、妹の婚儀の件で不仲になった事は
歴史関係の書籍で読んだのですが、
尾張柳生の方から見て、宗矩の評価とは、
どのようなものだったのでしょうか?
142 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/03 13:52 ID:pVLYnicl
宗矩の場合、剣の腕前より、幕府の官僚として非常に優秀で、遂に大名にまでなった。
剣術指南役は仕官のきっかけに過ぎず、たとえ他の技能で仕官したとしても、やっぱり
出世したんじゃないかと思うんだが、どうでしょうか?
143 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/03 15:35 ID:uoi97nGB
+ldXDRzoとZh+DyOmBは段々お互いの揚げ足取りになりつつあるので、
一つ第三者に以下の点を論証してみて欲しい。
1.「新陰流」の定義と、それを相伝された人物、および相伝されたことを示す証拠
2.石舟斎には新陰流の正統派な相伝者なのか? そしてそれを客観的に示す証拠は?
3.世の中の小説などでは尾張柳生が新陰流正統であると伝えられているが、
それは事実なのか? それを客観的に示す証拠は?
4.新陰流に居合術はあるのか? 元々(上泉)はないのであれば、
それはいつの時点で加わったのか? それを客観的に示す証拠は?
いまひとつ議論のポイントがぼやけていて、お互いに何を主張したいのかがさっぱりわからんです。
伊勢子供は居合の創始者だしなぁ
民弥流の 上泉権右衛門義胤 だったら長野無楽斎(林崎甚助の流れ)に
居合を学んだんじゃ無いっけ?
(本朝武芸小傳でも長野の弟子に上泉孫次郎義胤が書かれてるし)
尾張家の「昔咄」じゃ兵庫介利厳のはからいで尾張藩に仕官して
柳生家の者をはじめとして国(尾張藩)中の者が学んだと書いてあるけど
どれだけ深く学んだかは知らんが・・・お義理かもしれんし
>>143 >1.「新陰流」の定義と、それを相伝された人物、および相伝されたことを示す証拠
「新陰流」=上泉伊勢守が陰流を基に神道流等を加味して作った流儀。
相伝された人物は石舟斎、丸目、疋田、宝蔵院等
証拠は伝書。
>2.石舟斎には新陰流の正統派な相伝者なのか? そしてそれを客観的に示す証拠は?
これは「石舟斎は新陰流の正統な後継者である」という意味にとって良いのでしょうか?
それならば違うとおもいます。根拠は証拠が無いからです。
>3.世の中の小説などでは尾張柳生が新陰流正統であると伝えられているが、
>それは事実なのか? それを客観的に示す証拠は?
事実ではないと思います。根拠は証拠が無いから。
>4.新陰流に居合術はあるのか? 元々(上泉)はないのであれば、
>それはいつの時点で加わったのか? それを客観的に示す証拠は?
居合のようなものはあったと思います。(上泉の頃から)
しかし現在私達が想像する居合術とはかなり異なる内容だったのではないかと。
>いまひとつ議論のポイントがぼやけていて、お互いに何を主張したいのかがさっぱりわからんです。
すみませんです。感情的になりすぎた。。。今読むとちょっと恥ずかしい^^;
147 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/04 06:39 ID:8UN77vEu
われわれ日本人は戦後教育の洗礼を良くも悪しくも浴びていますからね
現代時代劇等で柳生が脚光を浴びるのはただ単にそういった政治的文脈が理由でしょうね
柳生の盛名も300年の平和を実現せしめた徳川の名に負うところが多いのは自明でしょう
徳川時代の豊後の小藩分立体制を正当化するために
豊後前領主が意図的に悪いイメージを喧伝されたのはまあ当然といってよいでしょう
領内の仏徒を迫害し家臣の妻を奪い酒池肉林に惚けた悪虐無道の王とされた九州探題大友宗麟。
しかし近年の研究でこういった誤ったイメージは完全に否定されています。
宗麟という法名が語るように彼自身敬虔な仏徒でありキリスト教の保護こそすれ狂信者ではありません
日向の地をキリスト教一色に染めるべく出陣したなどと言われていますが
日向北部が歴史的に宇佐八幡宮に支配され、日向南部に伊東氏島津氏が割拠する中
大友独自のなんらかのブランドを植えつけたいという意図があったのは確かですが。
148 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/04 06:53 ID:8UN77vEu
大友宗麟が育んだ府内文化というのは
おそらく日本史上最高の繁栄のひとつに数えられるべきではないでしょうか
たとえば織田信長の西洋かぶれも有名ですが
当時の世界最強国であるスペインポルトガルから
その最先端の科学技術と武具を買い取った豊後の経済力はそれを凌駕します
九州探題として実効支配していた地域は九州6カ国。
臣従こそしないもの実質的に強い影響力を行使していたのが縁戚となっていた伊予と日向。
土佐幡多郡と伊予を支配していた一条兼定は妹婿。
日向伊東本城である綾城に育った伊東マンショは宗麟甥(のちにローマ派遣。)
これに山口の実弟大内義長を加えるとまさに西国王という名を欲しいままにした彼の実力が伺えます
149 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/04 07:06 ID:8UN77vEu
西の京都と呼ばれた府内に呼ばれたのは西欧人や公卿文人に限らず
歌舞の名手や芸曲の歌い手など実にさまざまな人材が見出せました。
なかには剣の使い手もいました。
大友宗麟にその剣技を披露しお抱えの武芸指南として名を挙げた丸目蔵人。
彼の考案したタイシャ流は当時大友領国であった豊後・豊前・筑前・筑後・肥後・日向に広がります。
戦国江戸初期の西国の武道家でタイシャ流を学んだことのない人間はいないと言われます。
その激しい動きと一太刀の凄まじい迫力で知られるタイシャ流は戦国九州を席巻しました。
150 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/20 01:30 ID:ATTDsr0h
影流に居合は無いよ
新陰にはあるよ
152 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/20 11:20 ID:TDkS3OaF
>151
んなもん在るか!○△も休み休み言え。
153 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/21 14:08 ID:v8++qIoa
>>152 >んなもん在るか!○△も休み休み言え。
新陰流に居合はある。
1つは柳生制剛流居合、もう1つは柳生制剛流を改造して新陰流にした新陰流居合が。
これ尾張柳生での話ね。
154 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/21 14:11 ID:eeJ5LJ/b
>>153 柳生制剛流を改造して新陰流にした新陰流居合ってどういう意味?
156 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/26 10:59 ID:BT/E0vhb
尾張柳生の「次期宗家」ってどんな方なんですか?
他のスレでも度々話題に上っておりますが・・・・。
158 :
名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/03 00:04 ID:bopYLRAN
柳生は昔ほとんど暗殺された
159 :
名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/03 01:01 ID:dD6ozezP
-──へへ─- - _
/:::::::::::::::::::::::│::::::::::::::::::::::ヽ
/::::::/:::::/::::::::::│ヽ:::\:::\::::`ヽ
/::::::::/::::::/::::/:::::人::::::ヽ::::::::ヽ:::::::丶
/::::::/::::::/:::::/::::::::/ \::::::ヽ:::::ヽ:::::::ヽ
/:::::/::::/:::/::::::::: / \::::ヽ:::丶::::│
/::::/:::/::::/::::;;;;;/ \;;:ゝ:::::::::亅
│:::/:::/:::::::::/  ̄` ´⌒¨ ヽ:::::::::::│
│::::::/::::::::/ ̄i9f> <t9ii ¨ ヽ:::::::丿
│::::::::::::/ ヾ:::|
丶::::::/ ゝ |::::| __________
ヾ:: 丿 ヽ─----─¬ /:::ノ /
|:/ヽ \ ⌒ / ノ||ノ < スレがアガ〜ル
|‖\  ̄ ̄ /|丿 \
‖| 丶 ノ ‖  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
‖ │ `  ̄´ │ |
/ 丶
_ - ゙ \ / ` ヽ
- \ \ / / ` ` ヽ
/´ ヽ `▽´ / ヽ
/ \ │ / ヽ
160 :
名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/04 12:15 ID:efhDSQrP
161 :
名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/05 14:55 ID:R3OGtLQU
なんか途中でいつもヘンな時代劇マニアが登場しますねぇ
裏柳生にはどうしたらなれまつか
163 :
名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/06 14:46 ID:O11ALbgf
↑
おやまあ
164 :
名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/08 01:36 ID:KpwI1K9D
シベリア柳生・・・
165 :
名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/22 10:15 ID:GYKO0HDJ
>>164 ロシアでは日本の武道に関心を持って稽古する人も増えているらしいから
冗談ではなくなるかも・・・。
166 :
名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/22 14:28 ID:xxVOvovd
転会には、ロシア語のサイトがあるぞ
167 :
名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/05 17:14 ID:e1ZWhNLa
というか新陰流居合って、、、
もうね、アホかとバカかと、、
終わってる
168 :
名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/09 20:40 ID:S/4QMGdI
「新陰流居合」って尾張柳生と関係あるの?
169 :
名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/10 03:17 ID:DlvvYsED
>>155 読んだとおりの内容です。
制剛流居合を改変して作られたと言う事です。
170 :
名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/10 11:49 ID:m/Own7P9
>169
制剛流抜刀を柳生厳周、厳長両先生が改良して「柳生制剛流抜刀」とし現在の
延春先生の代へ相伝されたのでしょう?「新陰流居合」とは違うのでは???
宗家が本日、TVに出ておられた。
髪の毛が大分後退しておられたが、お元気そうだあった。
門外漢だが、そう思った。