アナログ地上波は2011年に終らないと思う人数11→
時は平成23年7月24日、日曜日。
土佐電鉄・後免駅の西に、40代後半の男性が住んどった。
その名は、いまさら書かんでもええ、2ちゃんねるの有名コテハン氏やった。
大阪の派遣会社は辞めて、平成の年数と同じ京都生活を
20年で区切りをつけ、恥ずかしいかな実家生活に戻っとったのやった。
高知での1年あまり、有名コテハン氏には、まっこときびしい生活。
職を探すも、年齢の壁が立ちはだかっとったのは当然やったけんど、
それ以上に「IT機器を全く使いこなせんかった」んは、死刑宣告も同然やった。
HDDレコーダーに液晶テレビ。京都から無事に持ち帰るも、
結線さえしておらん。高知県の地デジチャンネル番号「1・2・4・6・8」が
わかっておれば使えるもんではなかったのであった。
俗世間さまが「カウントダウン特番」で浮かれた数時間後の深夜、
アニメポスター一枚貼られることのなかった部屋から、
物音がした。地上アナログ放送停止の瞬間もあっけないもんやったけんど、
有名コテハン氏の最期も、同様にあっけないもんやった。
両親より先に逝った有名コテハン氏の葬儀は、人目をはばかるように。
そして遺品となったデジタル機器は、息子よりもずっと使いこなせる両親のものに。
「デジタル機器操作に悩み自殺」。地元高知新聞はおろか、全新聞が揉み消し。
「祝・完全デジタル化完成」電器メーカー共同お祝い広告の前には、
力がなかったのは当然やったかもしれん。