216 :
名無しさん:
俺が彼女に出会ったのは中3の夏だった。
東京から京都へ引越したばかりだった俺はまだクラスでも浮いた存在で、
口をきいてくれる奴なんて誰もいなかった。
一人だけ俺に話しかけてくる女がいた。
小柄だが気が強く、戸惑う俺にお構いなしに話しかけてきた。
ちょっと何を考えているのか分からない感じの女で、
あいつ自身も浮いた存在だったから、俺に親しみを感じたのかもしれない。
生意気な女だと思ったが、何を悩んでか時折寂しそうな表情をするのが、
俺にはなんともカワイく思えた。
同じ高校に進学し、すっかり周囲に溶けこんだ俺とは反対にあいつのほうは
相変わらずで、泣きながら俺に相談を持ちかけてきたりした。
あいつの相談はいつもむずかしくて、頭の悪い俺にはよく分からなかったが、
俺は世間であいつの悪口というものを一度も聞いたことがなく、
あいつが独りで周囲との違和感に悩んでいるように見えた。
人前では相変わらず浮いたわがまま女を通している姿を見て、
俺はあいつが不憫でならなかった。
歌がうまかった。音楽で100点を取るような歌い方じゃなかったが、
俺はあいつの歌が最高に好きで、聞きながらつい泣いたりすると、
あいつは楽しそうに俺を馬鹿にしてはしゃいだ。
ことあるごとに「歌手になりたい」と言い、そのたびに俺は心の底から
「お前ならなれるよ」と言った。
高校を卒業してしばらくして、突然「声をかけられた。歌手になれるかも」
とだけ言って俺の前から去った。
メジャーデビューしてすぐに、あいつから手紙が来た。
「今までありがとう」と書いてあった。礼を言うのはこっちのほうだと思った。
いきなりメガネ掛けたり楽しそうにやっているあいつの歌声を聴くたびに、
ああ、あいつは俺と離れて良かったんだと今でもつくづく思う。
がんばれよ。