明治以降の上流社会の女性の話言葉

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1無名草子さん
を知りたいと思います。例えば「斜陽」の和子のような。
でも実は他にあまり知らないんです。
 どういった本が参考になりますでしょうか。
文学に詳しい皆さん、ぜひ教えて下さい。
2太宰治:2001/06/23(土) 19:23
あれは、志賀直哉に「仕出し女中のような言葉遣いに閉口した」
という感じで批判されています。太宰は無論反撃していますが。
参照:『如是我聞』

私は『斜陽』を名作だと思うし、
太宰の方にシンパシーを感じるのですが、
言葉遣いということに限って言えば、
志賀直哉の方に分があるような気がします。

1さんはどうしてそれに関心を持ったのですか?
3無名草子さん:2001/06/24(日) 19:13
斜陽を読んだのが20年以上前なので和子という人の立ち居振舞いは忘れましたが、
山本夏彦氏の著書に明治以降の山の手の言葉使いについて記述があったと思いますよ。
4無名草子さん:2001/06/24(日) 20:49
「外科室」なんてどう?(泉鏡花)
5無名草子さん:2001/06/25(月) 00:49
横レスになるけど、明治の山の手の女性の話し言葉は
世界的にもとても美しく聞こえる言語だったらしい
声のリズム、抑揚が音楽的だったとの感想を抱く
西洋・東洋の外国人が多かったんだってさ
6無名草子さん:2001/06/25(月) 01:12
>>5
なるほ。
そういうことあるかもね。
子音ばっかの言葉の国から来た人なら。

よく世界で一番美しい言語はフランス語か中国語って聞いたけど
関心なかった。

まあ、美しいって価値基準を持ち出すとややこしくなるんだけど、
日本語も「美しい」って外国の人たちから思われてたのか〜、
と少し感じ入るところあり。
横レスじゃないじゃん。もっとその話聴きたいです。
7無名草子さん:2001/06/25(月) 14:48
生活板に、日本語はどういうふうに聞こえるのか?って
スレがあったな・・・
8無名草子さん:2001/06/26(火) 17:39
1です。
明治以降の上流階級の女性の言葉はとても美しいと思いましたので。ただそれだけなんです(笑)
外科室ですか。たしか映画もあったような。
>>2
仕出し女中というか、当時としてはちょっと蓮っ葉な感じだったのかもしれませんね。
だけどとてもそれがかわいらしい。
9無名草子さん:2001/06/26(火) 18:05
>>1
明治の山の手言葉ってそれは武家言葉のことを言ってるのかな?
10無名草子さん:2001/06/26(火) 19:35
「ええ、よくってよ」みたいな
良家女学生言葉みたいなのは、
三島由紀夫の創作だって聞いた事があるが、
ソースが水玉蛍之丞だからなあ(笑
11無名草子さん:2001/06/26(火) 19:49
>>10
三島由紀夫の創作じゃありませ〜ん。
明治時代に既に「よくってよ。」「○○なことね」という女学生言葉が
出てきて、識者の批判を浴びました。(幸田露伴など)

山の手言葉というのは花柳界の言葉と混ざり合って出来たものなので
一概に上品とも言えないんですよね。上記の「よくってよ」なども
含めて。

「外科室」の言葉遣いは、むしろ本当に明治の香りがする言葉です。
いわゆる上品な話し振りを想像している人だったら、乱暴に
感じてしまうかもしれない。

また、公家言葉とも違うから、一概に山の手言葉と言っても
どういう階級の人を指すかで、全く色合いの異なるもとになるのでは
ないでしょうか。
12無名草子さん:2001/06/26(火) 20:13
>>11
>山の手言葉というのは花柳界の言葉と混ざり合って出来たものなので
>一概に上品とも言えないんですよね。上記の「よくってよ」なども
>含めて。

明治の元勲の奥さんたちは、芸者出身が多いですから、その人たちの話し方が
山の手言葉になったのでしょうか。
13無名草子さん:2001/06/26(火) 20:30
「〜ってよ」「〜だわ」「〜のよ」などの語尾は、
今で言う「てゆうかあ〜」などのコギャル言葉と同じ
ゲテモノ扱いだったそうですよ。
斎藤美奈子の本より。横からゴメンね。
14無名草子さん:2001/06/26(火) 20:36
銀のボンボニエール
宮妃の書いた回想録ですが、
このやうなやんごとなき方々のお書きあそばしたものなどいかがでせう?
1511:2001/06/26(火) 20:40
>>12
そういうことです。純粋に花柳界の言葉そのものというわけでは
ないのですが、彼女達の喋り方が注入されたのは事実です。

で、山の手の官員の奥さんなども真似して使った結果、今までには
なかった「山の手言葉」なるものが形成されていったんじゃないかな?

ですから一部の大名華族、公家華族、皇族などは、そういう言葉遣いを
意識的にしなかったとも聞きますが、大正、昭和ともなれば、かなり
ミックスされていたのではないでしょうか。
16無名草子さん:2001/06/26(火) 23:45
確か漱石の「それから」や「吾輩は猫である」にも女学生のはやり
言葉として、「よくってよ」「知らないわ」が出てくるが。
17無名草子さん
中里介山の大菩薩峠も、江戸の女性に「〜わ」「〜よ」を多用して、三田村鳶魚にめっちゃくちゃに
こきおろされている。
本来は、幼児言葉で、しかも裏店の幼女に限られた言葉で、
それを舌足らずに愛想をふりまく芸者衆が使用して、それが伝播してしまったと
ぷりぷり怒ってます。