「私は心配なのだ、史進殿」
「お気遣いをいただいて申し訳ないのですが、梁山泊は私が守ります」
「そうではない。私が心配なのは、史進殿のことだ」
「私をですか?」
「もう十年になるかな、水滸伝を読み始めて。十年前、史進殿の戦はこれほどうまくなかった。しかし、
なにか不思議なところがあった。そうだな、男が立っているという感じとでも言うのかな。決して戦に
負けていなかった」
戦がうまくなったからどうだと言うのだ、と史進は思った。十年戦をやり続ければ、誰でもうまくなる。
「いまは、馬だけが走っている、という感じなのだよ。楊令伝を読んでいても、史進殿をあまり感じない。
極端に言うと、いないような感じがしてしまうのだな」
不意に、心のどこかを刺されたような気分になった。いないとはどういうことだ、と言い返そうとしても、
口が開かなかった。