北方水滸伝・楊令伝を語ろう第四十六章

このエントリーをはてなブックマークに追加
677無名草子さん
登場人物の無個性は、梁山泊の人物にとりわけ集中している。これが、楊令ひとりを天才と
持ち上げ、他の人物を凡人、平均的な人物に仕立てようとした結果であることは疑いない。
ところで、現実世界に無個性な人間というものが存在するのだろうか?
ひとりひとりの人間は、顔も違えば、考え方も違う。じっくりと付き合ってみれば、無個性な
人間なんてものは、ひとりもいないのではあるまいか。凡人というのは、他人を蔑むときに
使う言葉にすぎないし、平均的な人物は想像上の人格にすぎない。
平凡な人物や、平均的な人間像を描くというのは、不可能なのである。
楊令伝に登場する梁山泊の人々を読んでいて、人間らしさ、人間くささを感じ取れないのは、
そんなところに理由があるのではないかね。すべて楊令ひとりを天才と祭り上げたことが悪い。
水滸伝には、初登場時、破滅型の人物もたくさんいた。鮑旭、馬麟、皇甫端等々。破滅型
ばかりでも困るが、思い切って個性的に描かないと、人間らしさを感じ取れない。