>>1 乙! 再来月は「坂の上の雲」のドラマがやるな。原作の世界観をあまり崩さないで欲しいものだ
>>1 スレ建てありがとうございます
ドラマの放映で新しい参加者が増えそうで楽しみにしてます
いやな予感もするけれどw
>>1 乙
俺の予定では、来年、坂の上の雲を読む。
自分は中二の夏に「坂の上の雲」を読んだ(読書感想文を書く為)
8 :
妖 怪:2009/10/27(火) 13:42:42
中盤、日野富子によって、お今と源四郎と鬼切りノ太刀を結び付けての陰謀が始まる。
源四郎と日野勝光と指阿弥陀仏を結びつけるのはまずかったんだな。
日野勝光と指阿弥陀仏とくららが突然出番が減った理由がわかった。
しかしまあ、事前に富子と源四郎は顔見知りになっていなきゃならなかったんだから、
熊野を出た源四郎が最初に日野勝光の邸へ行ったのは予定どおりなんだろう。
結局、唐天子とキャラがかぶってしまう指阿弥陀仏の導きで源四郎を日野勝光邸へ
向かわせたのが誤り。指阿弥陀仏が不要のキャラだった。梟の城の小萩に相当する
くららの導きで日野邸へ行けば良かったんだ。
くららはしばらく登場しないけども、その後、さわらびとして再登場すればよい。
11 :
無名草子さん:2009/10/27(火) 18:22:33
また、おまえか。俺は、妖怪読んだことがないから、迷惑なんだが。
自作自演やって楽しいか?
>>9は
>>8に文体を似せているだけだと思うぞ。それ以前にそもそも似たような文体を
用いる暇人どうしなのかもしれんし・・・
俺も本の紹介頼んだとき、相手が丁寧な口調だったんで、こっちの返答も丁寧にしたら自作認定された。
ID表示のない板で、何をやっとるんかいなw
君たち司馬作品を読んで、何事も学習してないんじゃないかね?
それにしても坂の上の雲だと乃木が無能で児玉が有能に描かれてるけど
好古の良さが解らないのが残念だな、児玉
「坂の上の雲」と言えば、ロ(中略)キーの無能っぷり
でも、ロクな整備も補給も受けられないで地球を3分の2航海した上に大規模な海戦まで
するんだから、結果は誰が司令官でも、かわんなかったろうと思うけど
そんなに自演がしたいなら少しは文体変えれば?
女言葉や関西弁を使うとかさw
?
>>16 ロジェストウェンスキー航海は、はじめはどうしてこんなに長いんだと退屈だったけど、
読み終わってみると、この退屈さは艦隊の兵員の退屈さでもあったわけで、敗因の
一因をなしていたことがわかる。重要なんだよね。
その逆に言えば日本側は真之の生い立ちから始まるから面白くて面白くて仕方がない
「坂」であたいが一等チョー好きなのは、ヨッシーがセンコーにだったときの
コーチョーとのやりとりさね。
イマんでよんだ本のなかでもチョーワラエタ。ヤッパ、マジでE、ショーセツてっば
チャンと喜怒哀楽そろってるってば、ちなみにアタシは
>>16でもあるのさ。
アンタ達、タマ毛剃るよ。
>>10 指阿弥陀仏、唐天子、阿倍晴道と、三人続けて幻術を使う人物が出てきて、混乱するね。
三者の戦いになるならばともかく、指阿弥陀仏と阿倍晴道は、それっきり出てこない。
指阿弥陀仏は源四郎と勝光・富子兄妹を結びつける役、阿倍晴道は念閑と富子を結びつける役。
いちおう役は振られているけど、その後、まったく登場しないのかね?
>>21 ロジェストウェンスキーだったか。ドストエフスキーとごっちゃになって
ずっと、ロジェストエフスキーだと思っていた。中略しててよかった。
たしかにロシア文学は、人名だけで挫折しそうだ。名前がなげー。
>>26 ばらしたら中略してごまかした意味がないだろw
規制中のせいか閑散としてるな
31 :
妖 怪:2009/10/30(金) 14:12:36
指阿弥陀仏と唐天子の混乱は、当初、日野勝光がやろうとしていたことを、
中盤になってお今の方がやってしまったことに起因するんだろうな。
つまり、源四郎を将軍後継者にするという企みの主体が変更された。
勝光ははじめの二章に登場してから、いっこうに出番がない。
(パラパラとめくると、まるっきり出なくなるわけではないが)
そこで、当初、指阿弥陀仏がやるべきであったことを、唐天子が代りにやっている。
『坂の上』読むまでロバチェフスキー(数学者)とゴチャゴチャだった
33 :
無名草子さん:2009/10/31(土) 20:02:21
中盤、足利義政が登場したあたりから、しまってくるな。やっとストーリーが見えてくる。
唐天子の幻戯も、義政の父義教を蘇らせるというまともなものになってきた。この中で、
四代義持以降の歴代将軍のことが語られて、歴史小説っぽくなる。
やはり前半のまんこの妖怪とかは、ちとやりすぎだ。
↑これが生き甲斐なんだから、忘れずにときどきageてやってね。そうしないと孤独死しちゃうから。
お気遣い、忝い
規制がいつまで続くか分からないからまったりいこうね
「坂の上の雲」(何巻か分からん)
-----------------------------------------------------
そのころ、後部主砲の砲塔につづけざま二発の砲弾が命中し、
左砲は根もとから上へねじあげられた。
しかし砲塔そのものはなお旋回し、
ときどき思いだしたように右砲が咆哮した。
-----------------------------------------------------
ここが大好き。
「蕩れ」とでも言うべきか。
39 :
妖 怪:2009/11/01(日) 17:55:19
源四郎が九州に武者修行の旅に出た。
この時期の司馬作品は、歴史小説の手法を確立した後だけに、オリキャラ主人公は居場所がない
感じがするな。源四郎がいなくなると、物語がスムースに進行する。
足利義政、細川勝元といった第一等の歴史上の人物の出番が多くなると、源四郎や唐天子は精彩
を欠く。はっきり言うて、源四郎が出てこない場面の方が面白い。
九州じゃなくて関東だろう?
>>40 すみません。剣術修行ではなく、剣術指南の旅の方でした。
あと5ページほどで読み終わります。
司馬作品の主流とは毛色が異なりますが、ペルシャの幻術師や兜率天の巡礼の系統の作品が
好きな俺には興味深い作品でした。登場人物が幻戯にかかってしまう場面は、日常生活でも頻繁
にある「心が囚われる」ことをオーバーに表現したものとして読めば面白いです。
ただ、応仁の乱の主要人物を網羅しながら、彼らが唐天子という幻術使いに翻弄され、物語の進行
が半分以上唐天子の思惑通りに進行するところは、人によっては耐えられないかもしれません。
私は、戦国大名による領国支配が確立する前の中世の武士の争いにドラマチックなものを感じない
ので(ちんけな相続争いばかり)、地位と財産に心を囚われた人物たちが幻戯にかかったと同然と
構成するこの小説に抵抗はありませんでした。
この小説の問題点をあげるとすれば、唐天子が日野富子に常に敵対する側に立つ理由が不明な点
かもしれません。南総里見八犬伝のタマズサのような立場なら理解しやすかった。また、熊野源四郎
が日野富子に惚れた理由もよくわかりません。作品の中では、源四郎の都への憧れの象徴のように
言われていましたが、それでもよくわかりません。
「妖怪」を歴史小説の文脈で読もうとすると、わけがわからなくなるな。それらしき部分は単なる読者サービスだ。
司馬さんは作品の冒頭近くで、この作品のテーマは○○ですと自分で言ってしまうことが多いが、
それに慣れている読者は、「妖怪」の冒頭で述べられる「源四郎が将軍になる話」を鵜呑みにして
混乱してしまうかもしれない。そういうストーリーでもない。かといって単純な怪奇譚でもない。
ヒントになるのは、兵法を修めた源四郎が幻術にかかりにくくなる話と(それでもかかってしまうのだがw)、
熱心な念仏信者である堅田ノ入道が、幻術にかからなかったという点だろうか。
私たちの日常は、合理的なものと非合理なものとによって構成されている。
他人が死んで火葬場で骨になったのを現実として認める人間が、神前で拝めば願いごとがかなうと
信じたり、占いを信じたりもする。非合理なものは実在するんよ。夢や妄想も個人的に抱くだけでなく、
共同幻想として多くの人間に共有されていたりする。
「妖怪」の中に出てくる妄想シーンはかなり非常識だけど、その情景を想像することができるということ
自体、読者各人に妄想能力が備わっているということだからな。作中に登場する兜率天の情景など、
共同幻想として多くの人に共有されている。
ただ、ちょっと残念なのは、だからどうした?と、この作品に向かって言いたくなるところだ。
いくら兵法の修行を重ねても、源四郎は最後の最後まで唐天子の幻術にひっかかっていた。
まあ馬鹿は馬鹿のまま死ぬしかないということだな。救いがないんよ。これも厳然たる事実なんで仕方ない。
細川勝元の執事として「三好某」が登場するが、これは無理だな。
三好氏は阿波守護の細川氏の被官であって、その後勝元の細川宗家にも仕えることになるが、
それは勝元の子政元の時代からじゃねぇ?
細川勝元の執事として「三好某」が登場するが、これは無理だな。
三好氏は阿波守護の細川氏の被官であって、その後勝元の細川宗家にも仕えることになるが、
それは勝元の子政元の時代からじゃねぇ?
45 :
花の館:2009/11/03(火) 12:59:43
戯曲。学校の国語の授業以外で戯曲を読むことなんてないな。
でも、けっこう面白いかも。
時代や登場人物は長編小説「妖怪」と似ている
司馬作品の中では「国盗り物語」がよかった。
司馬さんは、どの作品も最後の五分の一くらいになって雑になるんだな。
だけど、「国盗り物語」はおしまいまで投げてない。
>>46 そういうのは、あまりないよ。短篇で前半詳しく書きすぎて、最後の2ページでばたばたとオチを急ぐ
ことはよくあるけども。
>>42 俺は普通に近世前夜の社会を描いた話だと思ったけどな。
常に半ば夢の中に生きているような中世人の描写は面白かった。
最初から最後まで夢のようなはっきりしない世界が描かれていて、それが溜めに
なっていて、最後の一行で、目の前をもやもやと覆っていた霧が一気に晴れ、
近世の入り口が開かれるという仕掛けは悪くないと思う。
>>48 目の前をもやもやと覆っていた霧が一気に晴れたとは感じなかった。新聞連載の区分けにおける
最終回になってやっと眼が醒めるわけだ。そして、下克上の象徴である足軽が暴れまくり、最後の
5行で、「神も仏もあるものか」「まるできのうまでとはちがう時代に入りこんだような、別な人間に
うまれかわったような」と言っているだけなんだよね。ここをもう少し詳細にやっていれば、わかり
やすかったと思う。
ただ、九州から帰ってきた源四郎もこんな感じだった。現に唐天子の幻術に最初はかからなかった。
ここで生まれ変わったのかと思っていたら、また幻術にかかった。最後に唐天子を殺せばわかり
やすかったと思うんだけど、前半で殺したと思っていた指阿弥陀仏は死んでいなかった。
これらを総合すると、源四郎はこの先も幻術にかかるだろう、唐天子を殺しても、唐天子は死なない
だろうとしか思えないんだよね。
>>46 >司馬さんは、どの作品も最後の五分の一くらいになって雑になる
「上方武士道」と「風の武士」は、たしかにそうだね。
「雑になる」とは酷い言い草だな
書きたいことは書き尽くしたから、物語を締めくくっているだけなのに
鬱になる・退屈になる部分まで書く必要は無いと思うよ
52 :
無名草子さん:2009/11/04(水) 17:30:04
司馬さんは合理主義的なものが尊いという近代主義の考え方だね。
「竜馬がゆく」「国盗り物語」読んでそう思った。
もっと言うと、非合理は嫌いだという思想なんだろうな。
自身の戦争体験が影響したのかな。
乃木や東條なんかも嫌いそうだし。
乃木希典については、「いいひとだった。人格も優れていたし、詩文の才能も一級だった」という旨のことは
繰り返し書いてるけどね。ただ、「軍人になるべきではなかったのに、不幸にも陸軍大将になっちゃった」と
いうような扱いなんじゃないかな。
好き嫌いでいうと、「好きな方」でもなかったような気もするが、それはワカラン。「個人・乃木希典」では
なく「軍神・乃木希典」というイメージは、嫌いだったんだろうけど。
>>52 国家を動かす立場にある人や組織を運営する人は合理的でなければならない
というふうには思ってただろうけど、非合理そのものは嫌ってたわけじゃないと思うな。
酔狂な人、意地っ張りな人、義理人情に篤い人なんかも結構好意的に書いてるし。
司馬は、英雄の魅力やカリスマ性は認めても、才能までは安易に認めようとはしない人だな
そしてその逆もまたしかり
奇人変人を書くのが上手いと梅原猛が言っていた
>>49 詳細になんて書いたらつまらないよ。
俺には最後の一言で充分だった。
で、これと武芸者の意識の明晰さとは、まったく意味が違う。
似て非なるもの。
司馬遼太郎の小説は基本的に序急破のリズムで展開するから終盤は大体あっさりしている。
>>57 残念ながら、同系統の戯曲『花の館』は「神も仏もあるものか」というラストではない。
「お前たち(民衆)はいったいどちらの姿が、ほんとうのお前たちなのだ。群れをなして荒れ狂う姿か。
それとも妻子とともに平穏無事に毎日を暮らしていくのが、ほんとうの姿なのか」としている。
『花の館』は、『三派全学連は義和団に似ている』の後に書かれたんじゃないかな?
>>53 乃木の人格に対する不公平な書き方はしていないと思うけどな。
伊地知はボロクソだったけど。
まあ軍事は徹底した合理主義が要求されるから、軍神を作ってはいかんと思う。
61 :
花の館:2009/11/05(木) 13:30:55
面白かった。嬉野という高級遊女がオッパイを見せる場面があるんだが、
太地喜和子さんは舞台でそのままやったのだろうかが気になった。
わかった範囲で「花の館」の出演者を書いておく
日野富子・・・杉村春子 足利義政・・・高橋悦史 足利義視(浄土寺義尋)・・・細川俊之
乞食僧・・・金内喜久夫 彦六・・・北村和夫 嬉野・・・太地喜和子
銀阿弥・・・菅野忠彦 相阿弥・・・三津田健
その他、藤田弓子・宇都宮雅代・原田大二郎・村野武範・西岡徳美(現徳馬)らが出演。
(ただし、その他以下は、初演から1ヶ月後の神戸国際会館での出演者資料からコピベしたので、
上記の初演・日生劇場の出演者の代役を含むのかもしれません)
なお、高橋悦史さんはこの作品で、昭和45年度芸術祭優秀賞を受賞されています。
「灘波村の仇討」(大坂侍所収の短篇)は、昭和44年にTBS系でドラマ化されているんだな。
出演者は、
藤山寛美(奴留湯佐平次)、
山内賢(佐伯主税)、
北川めぐみ(お妙)、
芦屋小雁、田中直行、岡島艶子
>>63 それはリメイク版ね。「仇討ち」という連作テレビ・ドラマ(全26作)の中の一篇だ。
昭和35年に最初に映像化された。作品が発表されてからすぐだね。
【出演者】
坂東 吉弥、山口 幸生、藤山 寛美、朝丘 雪路、夢路いとし、喜味こいし
>>64は、「大坂侍 難波村の仇討ち」というタイトルじゃんか。どっちかつーと「大坂侍」なんでねぇ?
同じ昭和35年の製作なんだけど、南原 宏治主演の「難波村の仇討」の方が有名だぞ。
>>61 司馬作品は主人公が夢や計画を着実に実現してゆくポジティブな内容の作品が多いんだけど、
花の館は違いますね。主要キャラはどれも印象的で読んでいて飽きさせませんが、ラストは虚しい。
嘉吉の乱で足利義教が殺されたことは知っている。義政・義視兄弟が義教の子であることも知っている。
しかし、当時5歳であった義政が父親の死からどのような影響を受けたかを考えることはまずない。
義政が政争から逃げるように若くして隠居したのは、嘉吉の乱の影響が大きいのではないかと思った。
こういうのって小説が気づかせてくれることが多いよね。
「花の館」では、弟の義視も、父君の帷子のお袖のあたりに、べっとりと黒い血が拡がって
いたことを覚えているといっているが、2歳4ヶ月の義視が覚えているだろうか?
俺の場合、3歳前の記憶がまったくないのだが。
69 :
無名草子さん:2009/11/05(木) 17:50:44
妖怪よりは花の館の方が理解しやすい。義政・義視・富子の出番が多いのもいいな。
過不足のない小数のキャラクターで物語が進められていて、とても理解しやすい。
日常と違うことは小さい頃の事でも覚えている
俺も一番古い記憶は2歳くらいの時の親戚の結婚式
母親のあそこから出てきた時の事、覚えている香具師いる?
どう思う?
出てくる瞬間に窒息死しないのは、どうしてなのかわからない。
完全にスレ違いだが、まあご容赦を。胎内で窒息死しないのは、どうしてなのかわかるのか?
76 :
無名草子さん:2009/11/05(木) 19:57:29
天皇制はもともと左翼用語だからでしょ
>>76 うーん・・・
「天皇制」という言葉がなぜ左翼用語なのか、
(「左翼が使い出したから左翼用語」という論法もどうかと・・・)
また、なぜそれを司馬が「えぐい」と感じたのかが良く分からんのだよ。
天皇制という言われ方をするほど、
天皇の権力は強くなかった。
だから、天皇には戦争責任もない、というのが司馬の見解。
戦前の統帥権と結びつけた話じゃない?
戦前までは國體だもんな。
>>78 >>79 おお、なるほど。
権力もないのに、いいように祭られてしまい、
統帥権を楯に参謀本部が独走した結果、
戦争責任まで問われる羽目になった点に、
問題提起したという感じでしょうか。
丸山真男が言っている
「無責任の体系」という考え方も参考になりそうですね。
>>82 まあ自分で勉強してみたら
ここで聞く話なんて限界あるし
これが最近の話題作
戦争の日本近現代史―東大式レッスン!征韓論から太平洋戦争まで (講談社現代新書)
加藤陽子著
>>82 面白そうですね。
機会があったら読んでみようと思います。
今は「この国のかたち」の全巻読破に挑戦しており、
>>75を書いたのは1巻の冒頭で一番気になったからです。
(気になったというか、何を言わんとしているのか不明だった)
丸山真男も(たまたま)並行して読んでるんだけど、
難しすぎて私には殆どチンプンカンプンですが、
司馬と丸山の考え方には何と無く共通点がありそうな気がします。
何となくなんだけどね。
この二人は生前に対談とかしていないのでしょうか。
>難しすぎて私には殆どチンプンカンプンですが
これぞまさに司馬読者wwwww
読書力がないから司馬しか読めない。
国語力がないから司馬しか読めない。
司馬なんか読んでるとバカになるってよく言われてるけど、
>>84はその典型だなww
説得力のある意見を書くためには、事実が書けることが必要である。
>読書力がないから司馬しか読めない。
>国語力がないから司馬しか読めない。
>司馬なんか読んでるとバカになるってよく言われてる
これらは、事実を述べる文ではなく、書き手の判断を述べている文である。
87 :
無名草子さん:2009/11/05(木) 22:44:52
>>85 おれなんか丸山真男全く理解できないから説明してよ
大先生
>>86 司馬の文章は、
史実では無い(正確には、史実として明らかになってない)事柄を、
さも史実であるが如く記述出来るのが凄いと思う。
もちろん、読む側がそれらを区別出来る必要があると思うけど。
さて、NHKドラマの開始と合わせて、
坂の上の雲、もう一週しとくかな。
>史実として明らかになってない事柄を、さも史実であるが如く記述出来る
司馬さんに限ったことではなく、その能力がないと歴史小説は書けんだろうな。
>史実として明らかになってない事柄を、さも史実であるが如く記述出来る
小説の良さや利点はそこにあるのに、それを無くしちゃ小説じゃないだろw
史実を誰よりも凄く知ってる奴が面白い小説を書けるとは限らないんだよ?
>>74 胎内での呼吸は臍の緒を通して行うから窒息死はしない
産声と同時に人間は肺呼吸を始めるそうだ
これは司馬さんが好きだった死んだ親父が教えてくれた
92 :
外法仏:2009/11/06(金) 12:23:09
剣豪もの・忍者ものを除くと、司馬の短篇は戦国・幕末ものが圧倒的に多いが、
面白さでは他の時代を扱った短篇の方が上だな。
自身もふだんめったに書かない時代なので、しっかり準備をして時代の空気を
醸し出そうとする努力の跡が窺えて好印象だ。
時は藤原良房が初の人臣摂政に就いたとされる天安2年(858)。
ただし、正史『日本三代実録』は当該する記録がないため、近時は良房は摂政に
なっていないとする見解が有力。
この作品でも、良房は太政大臣としか紹介されていない。
>>90 よい例が晩年の司馬さん自身だな。竜馬を書いていた頃は、けっこういいかげんな知識
しかなかったから小説としては面白かった。想像力をフルに発揮できた。
年とってからの作品は、知識が濃厚になった分、物語の躍動感が消えた。
外法仏何に収録?
>>92 藤原良房の政敵紀名虎は、物語の中では存命中のように扱われているが、
史実では承和14年(847)に死亡している。
また、惟喬親王を生んだ紀名虎の娘を道子としているが、これは静子の誤り。
紀名虎に道子という名の娘はいない。
惟仁親王(後の清和天皇)を生んだ藤原良房の娘明子というのは正しい。
外法仏には猫虐待シーンがあるので、猫好きは要注意。
. ィ
.._ .......、._ _ /:/l!
:~""''.>゙' "~ ,、、''‐'、| _
゙、'、::::::ノ:::::::_,.-=. _〜:、 /_.}'':,
``、/:::::::::__....,._ `゙'Y' _.ェ-、....._ /_゙''i゙ノ、ノ またまたご冗談を
,.--l‐''"~..-_'.x-='"゙ー 、`'-、 ,:' ノ゙ノブ
" .!-'",/ `'-‐'') /\ `/ でノ-〈
.-''~ >'゙:: ‐'"゙./ ヽ.,' ~ /
//::::: ', / ,:'゙
>>42 いま妖怪体験をしてきた。公園の木の下を歩いていたとき、上から何か落ちてきて
ポロシャツの襟の中に落ちた。枯葉だろうとは思ったけど、つかみ出そうとして、うまく
つかめなかった。心が囚われて、昆虫が襟の中に入ったように錯覚した。
恐る恐るつかみ出すと、やっぱり枯葉だった。唐天子は実在する。
>>95 時代背景をさらりと述べている部分なんで、気にする人もいないだろうw
基本は僧都恵亮と巫女青女の物語。ほかにめぼしい登場人物といえば、
石上ノ黒緒と陰陽寮の学生しかいない。
鎌倉時代以前の司馬短篇は、政治家を主人公にしないし、しても政治とは無関係な物語
しかしない。そこが上手いと思う。政治状況は、大・小道具として登場する建物や牛車や
独鈷と同じ。時代の雰囲気を醸し出すためのもの。言葉遣いも他の時代と微妙に違う。
奈良時代・平安時代を扱った小説やドラマで最低なのが、近現代の政治思想を熱く語る
政治家が登場するやつ。司馬は、その愚さを巧妙に避けつつ、かつ時代の空気を上手く
出している。
>>95 それは、この短篇の原典である「平家物語」(第261話)のままなので仕方ない。
僧都恵亮は「平家物語」の中に登場する藤原良房の護持僧であり、他の史料では
真雅僧正とされている。
反対に、紀名虎の護持僧である東寺の真済僧正は、外法仏ではその名で登場するが、
「平家物語」では信済の字が当てられている。
皇太子を決めるのに、十番の競馬勝負を行なったのは、「平家物語」のままであり、
最初の四番は惟喬親王が勝ったが、残り六番に惟仁親王が連勝したというのも、そのまま。
必死に祈祷しすぎたために恵亮和尚は死んでしまったというのも「平家物語」が記すところ
であり、司馬の外法仏は、その死因を青女の仕業にするというフィクションを加えたもの。
恵亮堂は現在も比叡山にあるから実在した人物だけど、真雅とは別人。真雅は藤原氏ではなく、
佐伯氏。つーか空海の弟。
真済と信済は同一人物だろうな。
104 :
無名草子さん:2009/11/06(金) 14:28:21
105 :
朱 盗:2009/11/06(金) 15:41:24
藤原広嗣の乱。短篇だが読み応えがる。
橘諸兄の名が作品中に出てこないよな。広嗣が直接に弾劾したのは玄ムと吉備真備だが、
最終的には橘諸兄を排撃したかったわけだろう?皇族なので口にだせなかっただけで。
朱盗に名前の出てくる豊璋の表記が史料によってまちまちなんで整理しておくな。
『日本書紀』・・・扶余豊璋
『三国史記』・・・余豊璋
『旧唐書』・・・・・余豊
>>106 官軍の大将軍大野東人と副将軍紀飯麻呂は登場するが、勅使佐伯常人と阿倍虫麻呂は登場しない。
勅使の文官二人も戦闘に参加している。
>>88 朱盗でもやっているよ。
“大宰府東方の岡に、江戸時代の中期まで穴社という祠があり、百済神がまつられていたというのだが、
ひょっとすると、穴蛙に縁のある神社かもしれない。”
この文章に続けて、広嗣を祀る荒生田神社についての叙述がある(こっちは嘘じゃない)。
ボサーっと読んでいると、騙されるんだよな。
穴社じゃさすがに誰も騙されないだろうwww
>>109 >いまの八幡市には、荒生田神社がある。
まだ北九州市の合併前に書かれた小説なんだな。
ちなみに、荒生田は、「あろうだ」と読む。
こちらは作品にも出てくる板櫃川の合戦の古戦場付近にある。
もうひとつの唐津市鏡神社の方は、捕えられた広嗣が処刑された土地。
広嗣の怨霊を鎮めるために祀られた。
112 :
無名草子さん:2009/11/06(金) 17:14:11
朱盗が発表されたのが昭和35年。北九州市の合併が昭和38年。
九州限定で『朱盗』をめぐる旅をするなら、急げば1日で回れるかもしれん。
主な訪問地を列挙すると、
1.大宰府・・・政庁跡(都府楼跡)/観世音寺・・・司馬ファンなら天満宮はもちろんスルー
2.北九州八幡東区・・・板櫃川古戦場跡/荒生田神社
3.唐津・・・鏡神社
>>108 藤原広嗣が兵5000を率いて鞍手道を進軍、弟の藤原綱手が豊後国から進軍、
多胡古麻呂が田河道を進軍して三方から官軍を包囲する作戦というのも史実どおりだよ。
綱手と多胡古麻呂の到着が遅れて、広嗣隊が突出して全滅というのもその通り。
「朱盗」では、扶余ノ穴蛙が、故郷百済の将鬼室福信が新羅軍と戦う際にとった作戦を
広嗣に進言したことになっている。ここがフィクション。
繰り返すけど、そういうところは時代背景にすぎず、主題は広嗣・穴蛙・加奈の三者の関係なんだよね。
隼人の女加奈の台詞は、面白い。笑える。
加奈は穴蛙の性格を示すための材料にすぎないと思うけど・・・
加奈の身分が明らかにされた場面はちょっと驚く。
街道をゆくで、鹿児島で見つけた朽ちた洋館を見ながら、
その歴史について勝手に妄想するとこが好き
>>93 津本陽の小説なんかでもただ漫然と情報が羅列してあって全体として何が起こっているのか
全く分からない。その上瞬間瞬間の魅力もない。読んでる人のこと全く考えていなんだろうね
なんか他人のオナニーをずっと見せられている様に気分になる
調べるのが好きな作家には、そういうのが多い。
辞書を読むのが趣味の俺にとっては、そういう本もそれなりに面白いんだが。
>>118でオナニーの話が出たからというわけではないが、いま牛黄加持を読んでいる。
童貞小説の最高峰。高校生のときに初めて読んで、バカ受けした記憶がある。
津本陽は小説じゃなくて史伝を書けば良かったのにな
「史伝 坂本竜馬」みたいな題名でさ
津本もだけど結局司馬遼太郎亡き後、好きになる作家が歴史物では現れなかった
だれか頑張ってくれ〜〜
>>122 司馬さんが亡くなった前後の時期に、他の時代小説の大家も、ばたばた亡くなってしまったからな。
ほんと、いいのがいねえ。
「牛黄加持」の冒頭に、こういう文章が出てくる。
“ことしは例年よりも秋の暮れるのが早いらしく、すわっていても、板敷のすき間から冷えびえと
したものが立ちのぼってくるようであった”
この感覚を覚えていて、すっと書けるようじゃないと、いい歴史作家にはなれないのかもしれんな。
エアコンの効いた部屋で、乾燥するからといって加湿器を使っているようでは、こういう文章は書けない。
宮城谷 昌光、陳 舜臣などは好きな歴史小説家だけどな。
自慰やオナニーという言葉を使うと罪悪感を感じるが、陽根を磨刮するというと、
おごそかな行為をしているような気分になりますね。
そうか。よかったね。
>>124 街道をゆくで、中国の旅に同行した陳舜臣が、林則徐の墓参をした話はグッときた。
若い作家も、こういうことしているのだろうか?
宮城谷はちょっと説教臭いから数年前に読むのを止めちゃった
陳舜臣や北方謙三は三国志や水滸伝だけがお薦め
巷で高評価の飯島和一は、力があるのは分かるんだが面白さに繋がってない
「のぼうの城」の和田竜は、読後感は爽やかだが細部の荒さが目立つ
他には、酒見賢一の「泣き虫弱虫諸葛孔明」が面白かった、笑えるしお薦め
これから「トクチョンガカン(徳川家康)」でも読もうと思う
徳川家康
中国ですごい人気らしいね。私は最初の二巻ぐらいで挫折したけど
ところでトクチョンガカンてハングル読み?
義朗は、醍醐寺の一院で不犯の生涯を終えた。「一院」という曖昧な言い方をするときは、
フィクションであることが多いな。
藤原得子が何者かわからない人にとっては、何がなんだか理解できない短篇だろうな。
もっとも得子を知っている読者にとっても、保元の乱と時期が離れすぎていて、単なる
義朗の自慰の物語にしか見えない。
物語中の牛黄加持によって生まれた体仁親王がのちの近衛天皇なんだが、近衛天皇を
即位させるとき、崇徳天皇に譲位を迫った。ところが近衛天皇が若死にし、その皇位継承
をめぐる鳥羽院(得子の亭主)と崇徳院の確執が保元の乱につながってゆく。
ここまでくると知っている人は多い。しかし、牛黄加持の時期と離れすぎている。
どうして保延三年(1137)という時期を選び、そこに義朗という架空の人物を登場させ、藤原
得子の幼馴染にしたのか、よくわからんな。
左大臣源俊房の別業に得子がしばしば来ていたという設定になっているが、得子の母方の
実家が源俊房なんだ。嘘は書いていない。ここまで調べて自慰の小説を書きたかったのかなあ?
133 :
無名草子さん:2009/11/07(土) 15:43:47
>>132 美福門院が絶世の美女と伝えられているからじゃないの?
保元の乱の頃(1153年)になると、美貌の美福門院もババアになっているから、
義朗も彼女を玉女(スリネタの意)にはしないと思うよ。
しかし、作品の中では、蘇海という義朗の兄弟子が、「日野ノ里の物売り女を
妻(スリネタの意)にしているのか?」と真面目に訊いている。その女は55歳だ。
冗談で言っているみたいじゃないから、僧侶たちは、55歳の女でも、
妻(スリネタの意)にすることがあったんじゃないのかな?それが普通だった。
136 :
八咫烏:2009/11/07(土) 15:55:02
八咫烏の咫が?にならなかったことが、なにげに嬉しい。
八咫烏は、言うまでもなく司馬作品の中では最も古い時代を扱ったもの。
神話をリアルな小説にしたもので、初めて読んだ時は、この作家の想像力の
たくましさに驚いた。
いずれにせよ、銀座は天災が作り、それも三度を重ね、復興するたびに時代と調和した。
その三度の天災のうちの一度は第二次大戦という戦争だが、われわれ庶民レベルにおいては、
あるいは経済のレベルにおいては、あるいはさらに都市生態のレベルにおいては、
戦争もまた純粋に天災であり、銀座でこの課題を代表させれば、関東大震災と第二次大戦とは
少しの変わりもないのである。
>>63 藤山寛美の奴留湯佐平次は観てみたい気がする。
>>136 若衆組(宿)については、のちに「翔ぶが如く」「菜の花の沖」や「街道をゆく」で詳しくやるけど、
八咫烏にも出てくるね。
南方系の習俗なので、海(わだつみ)族が活躍するこの作品で取り上げるには、恰好のネタだったんだろうな。
役小角は後の時代の司馬作品とは、文体がかなり違って戸惑った。
143 :
無名草子さん:2009/11/07(土) 22:24:44
最近、司馬にはまった初心者です。意外と濡れ場の描写がいいかもw
嘉兵衛「おふさ、俺の子を生め ハアハア」中出し&青姦ですw
「この銭、貰うた」
これだけで、作品名わかる人いる?
花登筐の「あかんたれ」?
146 :
無名草子さん:2009/11/07(土) 22:50:00
147 :
145:2009/11/07(土) 22:53:35
俄は引っ掛けだと思う
読んでないけど
引っかけではないだろう。
他にもあるかも知らんが、少なくとも「俄」にはある。
149 :
144:2009/11/07(土) 23:04:09
150 :
145:2009/11/07(土) 23:05:04
151 :
145:2009/11/07(土) 23:06:31
「侠客万助珍談」
こっちなのかと思った
突然だが、司馬遼太郎の「関ヶ原」より、「関ヶ原」からの盗用が原因で絶版になった池宮彰一郎の
「島津奔る」の方が好きだ
有名なエピソードでもストーリの必要上関係ないと思えばバッサリ切り落としてサクサク進んでいくのが
読んでいて清々しい
今のうちなら古書店でもよく見かけるので、手に入れていた方がいいと思う
ほんと突然だなw
サイン会の前を通りかかったことがあるが
インチキ仙人風とでもいえばいいのか、キャラが立ってたなあ
>>142 福田定一時代の連作「花妖譚」の中の一作だからな。かなり古い。
「花妖譚」じたい、さまざまな国のさまざまな時代が背景になっていて文体も各作品で
まちまちだ。
>>136 司馬作品は知性に作用するものが多く、情緒に作用する作品は少ないんだけど、
八咫烏は数少ない例外だな。読者の感情に作用する珍しい作品だ。
原始人が登場人物で、感情剥き出しなのが、読者にも感染するのかな?
八咫烏が赤目彦にいばりを飲まされたシーンから、本気で八咫烏を応援している自分がいた。
八咫烏が赤目彦を殺したシーンは気分が良かった。その場に居合わせた一言主命と饒速日の
優しさにもホロッときた。
加茂族は八咫烏の子孫という伝承があるらしいが、司馬の本では出雲族とわだつみ族の混血だな。
鳶が鷹を産んだという伝承はあるが、烏が鴨を産んだという伝承はない。
継体朝以前の天皇家の歴史についてあれこれ論じた学説を相手にしていると、
頭が馬鹿になるから、相手にしない方がよい。本当のことは誰にもわからない。
>>130 美福門院は、昭和47年の小山明子(『新・平家物語』)の他に、
平成4年に十朱幸代も演っている(『平清盛』)。
当代随一の美人女優が演るという暗黙のルールがあったのだろうな。
義朗が陽根磨刮のアップを始めました。
「翔ぶが如く」は、欧行中の川路利良と沼間守一のやりとりで幕を開けるが、その場面が
映像化されたことはない。
ただし、沼間守一は昭和39年の『風雪 海運豪商録』というTVドラマに登場したことがあるらしい。
沼間守一役は、織本順吉さんが演った。
平成4年のトワキユキヨははたして当代随一の美人女優であったかどうか。
しばらく鳥取県を旅することになった。おつきあい願いたい。
鳥取市の元スナック従業員の女(35=詐欺容疑で逮捕)は出ますか
津山から鳥取に向かう国道53号線は、筆者もかつて旅したことがある。
本文でも述べられていたと思うが、山間の平凡な風景を通り抜け、河原町あたりまで来ると、
眼下に鳥取平野の大パノラマが広がっている。山間の風景か突如変わるといった趣がある。
あの眺めは壮観だ。
司馬氏も感心していたが、鳥取県には古代の地名が多く残されている。
旧分国の国府のあった地域は、国府町。郡家が置かれていた町は、郡家町。
ろくでもない平成の町村合併で、北広島市だの南九州市だの、味もそっけもない
地名が増えてしまった。
早野はハヤノと読み間違えてしまいそうだが、ワサノ。
想像したとおり日照時間が短く早稲を植えねば育たない土地なのでワサノという地名になったそうだ。
早稲田のワセが転訛したものかと思っていたら、ワサの方が古語で、ワセはワサの転訛だそうだ。
ワセは今日でも使う言葉だが、ワサは筆者も初めて聞いた。
早野凡平
>>62 銀阿弥はオリキャラだけど、相阿弥は実在した人物ですね。
足利義政の東山殿中に仕えた同朋衆で、水墨画にすぐれた。
>>166 津山から鳥取に向かう国道53号線は、筆者もかつて旅したことがある。
鳥取砂漠へ行ったのだ。
寺内タケシは、月の砂漠とブルーシャトーはそっくりだと言っていた。
月の 砂漠を は〜る ばると ♪
森と 泉に か〜こ〜 まれて ♪
そっくりだ。
>>159 司馬は「知性の浪費」と言っているな。邪馬台国に関しては、いとも簡単に畿内説。
>>164 いきなりご町内のお医者さんの話から始まったから、どうなることやらと思っていたら、
安住先生は、なかなかに立派な人であった。
“義務は、それを感じる人によって存在するのだが、そういう倫理感情のつよいひとびとの
おかげで、私どもの社会が保たれてもいる。自由という大原則まで、そういうひとびとの
おかげで守られているのである。”
采女についての鎌足の歌の箇所は面白かった。
采女といえば地方豪族が差し出す人質のようなものだろうと思っていたが、
未通の女官で皇族といえども手を付けてはならないという約束事があった
のは知らなかった。鎌足の天真爛漫な喜びようの背景がよく理解できた。
容姿厳選というのは、どうやら事実らしい。
>>173 安住先生が草笛を吹いているところで、司馬は、「私はまち育ちだから、草笛の吹き方を
知らない」と言っている。
幼少時は、奈良の母親の実家にいることが長かったから、草笛の吹き方ぐらい知っているだろう?
草笛吹かずに、ホラを吹く。
街道をゆくも、中盤になると、とんかつ定食と立小便が出てこなくなるね。
須田さんが野グソしていた頃が懐かしいな。中盤あたりから、お行儀が良すぎる。
180 :
無名草子さん:2009/11/09(月) 16:06:59
>>43 まあ細川とくれば家臣は三好とした方が読者にはわかりやすい。
181 :
無名草子さん:2009/11/09(月) 17:22:51
今日は上○美○○の話までいきませんでしたか
ちなみにもう一方の事件は犯人の目星はついているようです
「浜田さんの小鰯に似ている」
とつぶやきつつ、ほのぐらい光の下で、鳥取の料理をたのしんだ。
「このスナック、なにか胡散臭くないですか?帰りましょうよ、司馬さん」
藤谷氏が、怯えたような顔できいた。
「いや」
私は、すこし憮然とした。この店の子鰯の膾の味が気に入ったところなのだ。
「少し早いのですが、急用ができましたので、おたのしみのところ申し訳ございませんが、
ラスト・オーダーにさせていただきたいのです」
スナックの恰幅のよい女性(35)が、そう言った。
「なにかあったのですか?」
不躾に女性に訊ねた須田さんの上着の袖を、私は女性に見えないようにそっと引いた。
「電気屋が集金に来るのです。たった90万ぽっちの金なのに」
「90万?」
入社三年目の藤谷氏が、驚いた。
「鬼太郎は出ますか」のヒトなんだろうな。この芸風は。
>>174 万葉集に鎌足の歌が載っているなんて知らなかった。
しかも、中学生のような下手くそな歌。
藤原氏の名誉のためにも、載せるべきではなかったな。
因幡国司に左遷された大伴家持の陰謀よ
二十世紀梨の歴史の部分は感動的だったな。
しかし、最初、二十世紀梨の苗木が、ゴミ捨て場から発見されたというのは、
どういうことなのかな?ゴミ捨て場の土壌が梨を変化させたということか?
富栄養化された土壌で成ったおかげでその美味さに気づいたという話では?
ウチの母ちゃんが自然に成っていたミカンとか不味くて食えないと言っていた
なるほど、生ゴミ捨て場だったわけか。
この人読んでるうちに自分が作者になったと勘違いしちゃったんだろうな
190 :
無名草子さん:2009/11/10(火) 15:22:29
>>189 他スレのことをここに書く、ほんとあなたって変な人ね。
蒙、ダレてダレやらさっぱりワカラン
metametaでおじゃりまするがな
「車を止めてくれませんか」
「まさか立小便じゃないでしょうね?」
「いけませんか?」
「この秋には文化勲章を受けられたわけでして、立小便ととんかつ定食は控えていただかないと」
藤谷氏が、恐い顔をしていた。
「書かなきゃいいことですから。須田さん。連れションしませんか?」
「いいですよ」
個人タクシーの立花さんに、車を止めていただいた。鳥取の街まで、あと5kmというあたりである。
風下に向かって放尿をはじめた。仙台・石巻の旅では、風上に向かって放尿したために、返り討ち
にあった苦い体験があるからである。
2m50cmは飛んだだろうか。須田さんと連れションをしていると、ムキになって距離を競う癖が、
筆者にはある。
須田さんはつかみ出した陽根を磨刮しはじめた。
「1cmでも遠くへ飛ばしたいですからね」
さすがシバさん、立ちションする時も合理主義と稚気を忘れないんですね
しかしここもつまらないスレになったな
伸びてると思っても
>>186-188こういう自演で伸びてるだけだし
まぁまったり行きましょう
昭和20年代。防風林・道路・らっきょう畑ができる前は、鳥取砂丘は文字通り砂漠のように
広大だったそうな。現存している砂丘は、観光用に残された一部。
行ってみたかった。
いい加減、読んだ端から書き出していくのをやめてくれ。
書きたければ、読み終わってから書けばいい。
毎日、その話題を振られても、大抵の人にとっては迷惑だ。
多くの人が、利用していることを、忘れないでくれ。
>>159 規制中に某板で邪馬台国論争に巻き込まれた
ホントに不毛だった
特定の人間が大量にレスしてるのはよくわかる
>>197 楽しみにしていたみたいなのに、残念だけど、昨日は読んでいないから、書けないんだ。ごめんね。
>>200 日本語読めないわけじゃないだろ?いい加減くだらない煽りとかやめろよ
202 :
無名草子さん:2009/11/12(木) 13:47:28
この人もしつこいな
前スレからずっとじゃないか
司馬作品に関係あること書けって。
sage
206 :
198:2009/11/12(木) 19:52:31
一晩考えて分かった
邪馬台国は人それぞれの心の中にあると
そう、それぞれの心の中だけに
ヤマタイコク、コワイヨー
コイツ、ほんとに、陰険な愉快犯だな。
ここの住人は何が何でも荒れないと気がすまなのかね
おんなじ人間が騒いでいるようにしか見えないけど
これ実際、迷惑だろ?w
何時まで続ける気なんだかw
210 :
198:2009/11/12(木) 23:23:17
何の話だ具体的に言ってくれ
ところで昔の街道氏と今の街道氏は同一人物なの?
まじでいつまで続くんだ?
やまちゃんやめへんでー!
因幡の白兎のところまで読んだ。
216 :
無名草子さん:2009/11/13(金) 17:42:13
稲葉一鉄安井算哲
ニーチェ、サンチェ、Yong、Choe、呉智英
以前「花神」が部屋に積んだままになってたから未読のまま父に貸した。
今日読み終わったらしい。感想は「面白かった。あそこまでいい作品だとは思わなかった」
それ聞いただけで涙が出てきたよw司馬さんの小説では結構泣いたから。
俺も今夜から読み始めようと思う。ちなみに一番好きな作品は「世に棲む日日」
>>217 今月の2日に亡くなった父は「坂の上の雲」が好きだったな
年号が変わったばかりの頃に道後温泉とかに行った時に
秋山兄弟と子規の事とか話したのが良い思い出
父の話をしてすいません
ご冥福をお祈りします
親子二代で同じ本を読んで感想を言い合うって、なんかいいですね
>>217 世に棲む日々が好きなのに花神を読まずにいられるっていうのも何だかすごいな。
いや、皮肉とかじゃなくて。
世に棲む日々を最初に読んだときは、吉田松陰の旅のところが地味な感じが
したな。草創期の志士たちの名に詳しくなかったせいもあるが。
「世に棲む日々」は全く内容を覚えていないYO!
ただ山県有朋の扱いが悪かったことだけは覚えている
実際に仕事とかしているとこうゆう慎重居士が組織を管理してないと結構辛いと
思うけど。その場の勢いに流されやすい人って困るし、そうゆう人の方が実は多い
うちも親子二代で司馬にハマったお
親父が好きなのは「俄」「国盗り物語」「新選組血風録」
息子の俺は「項羽と劉邦」「峠」「花神」とまるきり違うけどね
そろそろ老境に達しつつある親父は「もう年だから小説読むのはしんどい」と、「街道をゆく」ばかり読んでいます
wikipediaでタバコの販売開始時期を調べたけどスーパーライトのは晩年に近いね
マイルドセブンだってケッコウ年がいってから売り出されたタバコだからヒンパンに吸うタバコを変えてたんじゃないの
若い頃はもっと強ニコのタバコしかなかったろうし、年取ってきついタバコを控えるようにしていたとかもあると思う
そもそも大動脈瘤がある人がタバコを吸って言いワケがないんだけど
タバコ止めて2年になるけどマイセン吸いたくなってきた
確かにあのシリーズが一番旨いと思う
辛さと甘さが同時にあるというか
因幡の白兎のところで、ワニ=サメ(ふか)の鳥取県方言説を一蹴されていたが、
鳥取に限らず、中国地方では一般に、ワニをサメと言うことがある。俺たち若い世代はあまり
使わないが、両親の世代はふつうにサメをワニと言う。とくにサメの肉んことを
ワニということが多い。
>>229 俺はいつもエクストラライト(3mg)ですが、
最近は結構スーパーライト(6mg)も吸ってます。
特に司馬を読んだ後はスーパーライトですw
タバコ値上がりの議論も上がって来ているので、
それまでに吸っておくのはどうでしょうか。
もちろん自己責任でw
実は司馬遼太郎がそんなにヘビースモーカーだと知らなかった
食い物にあまり興味がなくカレーがあれば満足してたと聞いたことがあるけど
確かにヘビースモーカーには味音痴で辛い物好きは多いね
今日って坂本龍馬の誕生日で命日なんだね
「竜馬がゆく」だと暗殺犯が誰かは語られてないのが司馬さんらしいな
暗殺というのは事実なんですか。
さあ、実は私は推理小説の才能というものがないし、奇談・奇説を信じない方なんです。
それを信じると、98%のリアリズムを失ってしまいますからね。だから、当り前にものを考えましょう、と。
あれは突拍子もないことで、それを信じると他のものを見ようとする時に、目がくらむ。
信用できる歴史家の多くは事実だと言っていますがね。
ひょっとすると、そうかもしれない。
236 :
743:2009/11/15(日) 23:37:48
>>235 孝明天皇の話?
>>234 出雲蕎麦は確かにゲキマズだ
ダシが異常に塩っ辛いだけでビックリする
例外もあるかもしれないけど
これだけの偏食とヘビースモーカーで73歳まで生きられたのは凄いな
やりがいのある仕事のおかげか
>>230 話題のちらばり具合では、「因幡・伯耆のみち」は出来がいいな。
神話時代から戦後に至るまで、まんべんなく各時代の話題に触れられている。
特定の時代や人物・集団(とくにお寺)に集中している「街道をゆく」は、あまり面白くない。
孝明天皇の話は結構唐突でビックリした記憶がある
むしろ天然痘が原因だという話をよく聞くけど
ところで信用できる学者って京大の先生たちかな
天皇さん取られて京都の人たちはけっこう明治政府恨んでるのかも
孝明天皇の死亡時期が、小説みたいにタイムリーだから、想像としては出てきそうな話
なんだけど、外には漏れにくい話なんで、本当なのかどうかを証明できるのかね?
とは思ったな。
孝明天皇については南條範夫の説が有名らしいけど具体的な作品とかは知らない
自分が読んだのは文春文庫の「日本史が面白い」の対談だった
>>239 落選した前衆議院議員・亀井久興氏は、亀井茲矩の子孫らしい。
亀井静香氏の先祖も、街道をゆくには登場しないが、亀井茲矩と同じく尼子氏の家老・亀井吉助
の子孫らしい。という記事を他のサイトで見たがおかしい。
そのサイトは、吉助を茲矩の兄としているが、元々亀井茲矩は湯氏の出であり、尼子氏滅亡
とともに浪人した。亀井が尼子の家老というのは嘘ではないが、亀井の家は途絶えていた。
湯新十郎(のちの亀井茲矩)が山中鹿之助を頼ってきたとき、新十郎は鹿之助の妻の姪?
と結婚した。この妻と姪が亀井氏の出だった。そこで湯新十郎は亀井の名跡を継いだのだ。
ただし、当時、山中鹿之助も亀井茲矩も浪人。亀井の名跡といっても屁のようなもの。
したがって、亀井茲矩の兄の亀井吉助が尼子氏の家老というのは、にわかに信じられない。
どうしても、知識を披露したいんだろうな。
今、森本タケローのラジオで詩人の荒川洋治が街道を行くを紹介中
248 :
230 239 243 244:2009/11/17(火) 12:02:17
>>246 知識のない人がブツブツ文句を言っていたのかwww
スマン、スマン。もうやめるwww
知識といっても検索すればすぐにわかることだし、関心がないんだろうなw
>>246 人生の容量が小さすぎるんじゃない?
250 :
無名草子さん:2009/11/17(火) 12:15:33
>>246 司馬遼太郎なんか読まないで、火曜サスペンスでも見ていりゃいいのに、
なんでこのスレに来るの?
251 :
無名草子さん:2009/11/17(火) 12:16:59
図星で発狂?
253 :
無名草子さん:2009/11/17(火) 12:28:48
なんで
>>245に向かって文句言わないの?
怖いの?
>>250 もしかしたら司馬遼太郎は高尚だけど、火曜サスペンスは俗とか思っちゃてる?
仕事が忙しく自分を全く構ってくれない夫玲司(坂西衛)に愛想が尽きた
小楢玲子(皆川幸恵)は友人の美佐栄(本田信乃)に紹介された野田健一(政野慶)と
不倫の関係になってしまう。夫と別れて自分と結婚するよう迫る野田と口論になった玲子は
ホテルを跳び出してしまう。翌日新聞を見た玲子はホテルで野田が刺殺されたことを知り愕然とする
原作 欠本C蝶 脚本 永坂イデか 監督 助平川透
>>252 どうして興奮しているように読めるんだろうな?
また何時もの時間に来てファビョって帰っていったかw
ほんとしつこい人だな
正直、昼間のいつもの書き込みは面白くなかった
私が未読の文章を取り上げてあった時も多いが、全く元の作品で何が書いてあったのが説明されてない上に
自分が感じた疑問だけが書いてある、独り善がりの人間にありがちな文章だと思った
その上、文章上不必要な固有名詞がやたらと多く、あまり普段人に文章で何か伝える必要がない人が書いた
文章なのかと推測していた
短篇小説を紹介した時などは、普通は収録されている単行本名を書くのが読み手に対する親切だが
そういう感覚は持ち合わせている様子はない
さらに言えば、明らかに誰も興味があるはずがない、大昔のドラマの説明に至っては一体何の嫌がらせ
なのかと訝しさを抱かざるを得なかった
読んでいるほうが悲しくなる文章だった
だよなw
明らかに誰も興味ないようなことでも不自然に
>>239から
>>243みたいに安価でつながったりするんだよな
>>239で亀井の話なんか出てきてないのに
>>243でイキナリ亀井につなげたりしてるだろ?
不自然すぎるっつーのw
>>261 「因幡・伯耆のみち」は亀井茲矩の話題に触れているから、不自然じゃないんじゃねーの?
「因幡・伯耆のみち」の読者どうしの間では共通する話題だし。
>>260 短篇小説を紹介した時などは、普通は収録されている単行本名を書くのが読み手に対する親切
検索するのに20秒もかからない。
やっぱり感覚が違うんだなw
「私の興味あることはみんなも知っているはず!」
「わからない場合は検索するべき!」
>>260の言う通り、独り善がりの人間だわw
俺も感覚の違いを感じる。
>>263でいう「みんな」とは、あなた自身でしょ。
もちろん、みんなが知っているとは思わない。だが、ここは司馬読者が集うスレだから、
みんなじゃなくても、誰かは知っているよ。それでいいんじゃない?
ほかのスレで「因幡・伯耆のみち」を話題にするのは、よくないことだと思うけどね。
>>263 前スレからトウモロコシだの唐辛子だのお前以外誰が興味あるんだよって話を自演で広げようとするんだよな
>>264 まだ自演がばれてないで押し通すつもり?w
>>265 あれは俺だけど、もう一人いたんよ。自演じゃないところを自演、自演とウルサイんだよ。
>>265 だから、おまえの興味のある話を書けばいいだけの話だろ。他人のレス読むのが嫌なら
読まなきゃいいだろうw
てか、ちゃんと読んでんじゃんww
街道をゆくの装丁が変わりすぎで困る
「もう一人」は俺だが、今日は247しか書きこんでねー
仕事とラジオと司馬と2chだけの荒んだ生活だが、自演はしてねー
>>269 装丁が変わり始めたときに
急いで15巻ほど買いきった
253,255,260が俺だ
特に
>>255誰か突っ込めよ
まあ自己愛の強い、独り善がりの人間は、自分がおかしいとか、間違っているなどは、思いもよらないことなのだろう。
そのかわりプライドを傷つけられると、強い攻撃性を発揮するな。
>>246で言ったことに、よほど傷ついたらしく、何回もアンカーをつけて攻撃しているところからみると、
まさに「知識をひけらかしたかった」ということなのだろう。
オイちゃんがイッチャン気になるのは内容がマニアックなコトより
なんか書き物からダレも近づいてくんなオーラが発散されてること
なんどかカラモウとしたんだけどムリじゃった
2chでもケッコウめずらしいレベル
まあ司馬読者とはいえ、街道をゆくなんてほとんどの人が読んでないだろ
読んだとしても小説と違ってたいていの人は覚えてないだろ
つまり街道をゆくネタは需要がなくレスがつかないから一方的な感じになっちゃうんだよね
だからって自演してまで広げようとするなって話なんだけどな
>>280 岡崎市に住んでいたせいか最終巻はよく覚えている
過疎板っておかしな奴がよく現れるよなw
>>260は司馬も真っ青の名文だなw
これも自演だったら褒めてやるよw
これは自演では無い気がするな
街道バカの気持ち悪い部分を余すことなく言い切ってるし
街道バカはもっと「自分の知っていることは、当然他の人間も知っているはず」
という前提の下に独りよがりで、わかりにくい文を書いてくる
ほんと変った奴だな。自分の書きたいことを書けばいいだろう。
他人の書いたことに対してグダグダ言っている、しかも10レス以上書く暇があったら、
自分の望む方向にスレの流れを持っていけるんじゃない?
ほんと作品に無関係な、他人のレスに対する批評ばかりだと誰も読まんぞ。
需要の低い街道を行くについてのレス以上に無意味じゃないか?
土佐の方言のイチガイについて、「しばしば思い詰めて唐突なことをする」と定義している。
同じくイゴッソウは、「他人の意見に耳を貸さない人」となっている。
俺は土佐の人間ではないが、イチガイは日常的に耳にする。両親の世代が使う。
ところが、その意味は、イッゴソウと同じなんだな。俺たち世代は、頑固というな。
イゴッソウの方は、まったく使わない。
時間帯NG機能があれば、問題解消になるんでねぇ?
無意味に伸びた10レス以上というのは、ほんと疲れる。
その間、作品に関する話がゼロ。マジで死ねよ。
>>279 こんなグチャグチャと無関係な話が続くと、それは排除したくなるわな。
少しスレの趣旨に沿った話をしろよ。
日記帳にしようとするから叩かれるんだよ
日記帳の意味がわからない。日記帳に書くようなことを一度も書いていない。
>>293 煽られているから答えたことを、煽りとはいわない。
まあいいじゃないか
今や司馬の著作の話題も尽きかけてるし
このバカをいじって遊ぶスレとしては面白い
>>298 愚問かもしれんけど、なぜそれがダメなの?
なぜダメなのかが判るようになったら、君はオトナだ。
>>260 >元の作品で何が書いてあったのが説明されてない
それはネタバレだからダメよ
>不必要な固有名詞がやたらと多く
検索でひっかかる語彙が増えるのは良いことよ。
やっぱこいつおもしろいな
嫌がらせじゃなくて、素でなんでダメなのか判らないみたいだ
>>301 掲示板というのは、そもそも何をするところなの?
検索してまでお前の話に付き合う奴はいねーよw
>>306 自分で検索して、自分の文章が出てくるから、面白いんだよ。
「日本」とかのメジャーな語彙だと検索しても出てこないだろ。
マイナーな話題なら1番で出てくるから、面白いんだよ。
検索でここがHitするために書き込んでるのかよw
迷惑なはなしだw
>>288 加藤拓川は和漢洋の文献を渉猟してオナラの研究をしていたというが、そんな文献あるのか?
>>307 もしその推測が正鵠を得ているなら
なおさらブログでやればいいのにネ
賠償・法的制裁云々になりそな量でもないしサ
よさこい節で有名な、お馬の純信の恋で、一般にはかんざしを買ったのは純信であると
思われている。司馬作品でも、たしか純信が買ったような扱いだったが、実際には、純信
と同じ竹林寺の僧侶慶全が買った。
この話は、お馬と純信・慶全という僧二人の三角関係のドラマなのだ。
お馬とはじめに恋仲になったのは若い慶全の方。その後、お馬の気持ちが純信に移った。
お馬の気持ちを繋ぎとめようとした慶全が、かんざしを買った。もちろん僧侶の恋は破戒。
純信は恋敵慶全を寺から追放する。これを恨んだ慶全が、かんざしを買ったのは純信である
とのデマを広げた。やばいと思ったお馬と純信が駆け落ちして以後の話は、ご存知の通り。
312 :
無名草子さん:2009/11/18(水) 17:23:01
自分の望む方向にスレの流れを持っていけばいいらしいよ
>>287で言ってる
>>309 『百楽荘漫記』(1935年、福良竹亭著、言海書房刊)の中に「おならばなし」という一編がある。
加藤恒忠氏(拓川)に屁の起原沿革に關する著書のあることが書かれている。
引退して那須野にいた乃木希典元陸軍大将。
客があり「世の中になすべき事も多かるに こんな処で何を那須野か」と一首。
乃木大将、答えて一首。
「爲すこともなくて那須野に住む我は 茄子とうなすを食うて屁をこく」
いつまで続くの?
>>305 ここに集まった人たち全員があれこれと意見が言える場所だろ
だから「あれこれと街道の事を書く」って言うんじゃね?
せめて309,315,316はまとめて欲しいよ
たしかに気持ち悪いな
それに売名行為なら固定ハンドルネームを使えばいい
そうすれば専用ブラウザでなら見えないようにできるらしいし
売名行為(笑)
>>309>>311>>315>>316 なんでこんな事をこのスレに書き込むのかわからない
司馬さんの著作で触れられているからというのかもしれないが
ほとんどの人は関心がないだろうし、
延々と独り言みたいな事が続いてスレの雰囲気がおかしい
>>322 煽り合いを望むならもっと歯切れよく煽れよ
いくらでも付き合うぞ
出したい話題があるなら遠慮せずにそれを出せよ
いくらでも付き合うぞ
おまえらがいじり過ぎなんじゃね?
前スレ辺りの「街道を行く」をどこまで読んだか一行レスしていた頃はまだ無害だったのにw
いじめるから意地になって続けるんだろw
>>323 いや煽り合いなんか望んでいない
司馬さんと関係の薄い事を、無理矢理関連付けてここに書き込まないで欲しい
夜もいるんだw
自分では、教養溢れる書き込みを、していると思っているのだろう。
ナルシストということだな。
理由がもうホントくだらなさ過ぎる
検索でヒットし易くする様にって
>>307 それでスレにきて普通に読んで行く人間には
いくら迷惑をかけてもいいなんてアホを通り越して
いったいなんだ、訳分からんくらいアッパラパーの介?
妖怪の時の要約が下手糞過ぎ
短い文章にあらすじだけでなく感想を入れたり
実際にはもう読み終わっていてその後の展開を知っているにも関わらず
変な推測を書き込んだりゴチャゴチャして無茶苦内容が把握しづらい
もちろん固有名詞の羅列もバカバカしい
妖怪ってなに?
>>330 司馬さんの作品名。全集で一度目にしたけど面白くなさそうなんでまともに読んだ事はない
ほんとだwこの辺は見てなかったからわからなかったw
しかしマジでこの人の文は意味不明だな
だいぶ旗色が悪くなってきたなw
>>41-
>>42が大きなまとまりの文章なんだけど言いたいことは分かるが
いつもの様に不必要な脱線で論旨がぼやけている
しかもこれがまだ後に話が続き、これが結論にならない
おまえらこれからも添削、指導してやれよw
すみません。御指導御鞭撻宜しくお願いします。
>>48-49のかたまりも順番を逆にすればキレイに終われるのに
いっぱいお話がしたいのか曖昧な結論が後に来る様に構成してしまう
それにその前後のチョットしたおしゃべりも余計、どれが結論なのか分からなくなる
この人、思ったことの大部分を捨てないとまとまった文章にならないこと知らないのね
なんか漢字を多様して、言い回しをそれらしくすれば
いい文になると勘違いしてそうだな
書いてるのが男だったら絶対に女にモテないタイプだな
自己紹介おつ
「こんなに知識があって凄いだろう?」というのが、一番言いたいことなんだろう。
>>343 そういう男は女に対してベラベラ喋って、心の中で「俺って格好良い〜!」と調子に乗って
女が心の中で「こいつ、うざい」と言ってるのに一生気付かないんだよな
この過疎板で勢いはトップ10に入ってるけど、こんな伸び方
まあやめる気も無いみたいだからしょうがないんじゃね?
やめさせる事もできないし
もうすぐドラマが始まるからこの状態だと嫌だと思ったけど、
大河ドラマ板でやるから、ここはもうどうでもいいや
あんまりうざい時は削除要請すれば済む話だな
>>311は他の人間がレスをつけづらい文章の典型
内容が司馬遼太郎と関係ないので、何か話題があっても
普通の人間はそれ以上この話題が続くとスレッドに
迷惑がかかると遠慮してレスをつけられない
他にも自作自演でわざと読んだ人間が少ない作品の話題をバラまいていて
他人が入り込めないようにしているのも不愉快
ずっと続いている話題と関係ないレスを書くのは嫌だし、イライラしてた
>>243は後半はどこからか引っ張ってきた文章だろうから普通だが、どこぞのサイトで
間違いが書いてあるのが、このスレッドと何の関係があるのか
その上、前半はモタついていて内容が全く頭に入ってこない
最初の時と、その後もう一回、更に今回レスを書くために読み直してやっと理解できた
亀井久興が亀井茲矩の子孫なのは当たり前、「らしい」とか書く必要なし
亀井久興の「落選した前衆議院議員」という紹介も中途半端「今回の衆院選で国民新党から
立候補し落選した前衆議院議員の」くらい書かないと知らない人には分かりづらい
後に同じ国民新党の「亀井静香」が登場するんだから対比のためにも
これくらいの情報は必要
文の最後に「他のサイトで見たがおかしい。 」で終わるのも収まりが悪い
「あるサイトで云々」みたいに書き出しにしないと読んでいる人間が肯定文だと
思っていたら否定文で終わるような気になり、狐につままれた気持ちになる
>>309は特に気持ち悪い
素直に
>>315-316で一文にすればいいのにわざとらしい合いの手を入れて
読んでいる者を不快にさせる
ある意味天才的だ
「興味を持って調べてみたら面白そうなことを見つけた」とか言えないのか
もともと平易な文章で意見を述べることに心を砕いた作家のスレッドなのに
やたらと情報を並べるだけの文字列を置かれても他の人間も困るのだが
それにしても、変な書き込みをする奴をあれこれ語るのは、よく飽きないね
それも自演なのか? と勘ぐっちゃうよ
小山の評定で、いちばんに徳川への随身を言い出したのは、『関ヶ原』では
福島正則だったのだが、『檮原街道』では山内一豊になっている。
なんかムキになってそうだな
別スレを立ててやってもいいけど?
>>354 それでスンナリ>353が出て行くとは思えないよ
ここなら目立つからやってるんだしさ
356 :
353:2009/11/19(木) 13:32:07
のちの田中光顕が浜田辰弥であったこと、同じ浜田家から那須慎吾が出ていること、
二人が甥と叔父の関係にあることなどは、「竜馬がゆく」で読んでいるはずなんだろうけど、
忘れているなー。
>>354 できたら迷惑している一般人のために文芸書籍板に小説専門でスレッドお願いします
はっきり言ってここの下らん争いには大勢の人が迷惑していると思うんですが
359 :
353:2009/11/19(木) 14:59:07
俺はどこでもいいけど、一作品一スレになるの?
この板じゃ小説以外の作品を喋ればいいよ
>>353 福島が云い始めたんだろよ
もともと会議が始まる前から段取りしてたんだろうしな
それとそのおかげで堀尾より山内が優遇されたみたいな話が多いけど本当かよと思う
報償でもらった土地は明らかに堀尾の方の出雲が統治しやすいんだし偶々堀尾の家が
お家断絶しただけだろ
ここは独り言スレということで
西尾維新のスレッドなんかも山の様にあるしな
>>362 石高だけみると大名としての格が跳ね上がったわけだけど、敵地へ乗り込んで
ゆようなものだからね。
>>365 土佐一国、丸々じゃないと統治しづらいというのもあったんだろうじゃない?
それで老練な山内一豊が選ばれたというのもあると思う
自分の統治国をうまく治められないでお取り潰しにあった家も多いしね
>>358 ていうか、文芸と、文芸以外(一般書籍)に分離しようという陰謀なの?
>>366 現地採用を一切しなかったのはどうしてだろう?
369 :
366:2009/11/19(木) 16:54:40
370 :
366:2009/11/19(木) 17:02:49
>>367 別に好きにすればいいんじゃない
文芸書籍サロン板はID表示されるからあそこがいいって言っただけだよ
同じ板に似たようなスレッドは良くないし
シベリアの方が良かった?
天誅組の変で、ざんねん岩の前で力尽きた吉村寅太郎は、村人によってこの岩の根元に埋葬されている。
後日、その場所に石碑が建てられた。碑文は土方直行の筆による。
土方直行は土佐藩家老深尾鼎の家臣。土佐勤王党。
その息子が東京帝国大学法科大学長の土方寧。中央大学の創設者の一人だ。
ピカチューや土方歳三と無関係であったかどうか。
余談が過ぎた。
>>372 ピカチュウが正解。進化前はピチューだけどね
田中光顕の青山文庫の件で登場するうなぎ屋大正軒を調べてみたが、
すげー評判いいな。腹へってきた。
須田画伯がどう見ても萌えキャラなんだけど、
ロジャ・メイチン君も地味に萌える
茶堂について以下の叙述
・・・(茶堂とは、)旅人に村びとが茶を出して疲れをねぎらう施設だというのである。
私(司馬)は、日本の民俗については、素直でないかもしれない。そこまで旅人に
対して親切だろうか、ということである。
(反論)
一年中接待をしていたわけではない。旅人にお茶とお菓子の接待をするのは、お盆前。
おそらく、旅人の姿に、盆に帰ってくる自分たちの祖先の霊を重ね合わせていた。
>>376 当たってる様に思うけど元ネタがあるの?
あと、ホント「街道をゆく」全く内容を覚えてないな
読んだはずなのに全然記憶にない
メイチン君の存在なんて言われてやっと思い出した
>>377 うちの地方には茶堂はないけれど、似たような施設で似たような習俗があった。
もっとも旅人に接待といっても、鉄道ができて以降は、歩きの旅人なんかいないだろうから、
町内の子供に接待をしていたけどね。西日本一帯に同様な習俗はあったのではないかな?
>あと、ホント「街道をゆく」全く内容を覚えてないな
小説は時系列に物語が進行するから、内容を覚えやすいわな。
街道はランダムに色んな話が出てくるから、一度読んでも、すぐに内容を忘れてしまう。
高野という在所に、山中ながら郵便局があると司馬さんは書いている。
民営化によって、簡易郵便局になった。
今週号のSPA!で坪内祐三と福田和也の対談で司馬遼太郎を批判していた
よく纏まっていて分かり易かったが、ただ以前聞いたことがあるような内容だった
俺はたまたま20年以上前の全国地図帳をいまでも大事に使っているから
問題ないが、平成の町村合併によって、街道をゆくの中に登場する地名が
探しにくくなったな。檮原街道の東津野村が津野町に改称された程度なら
すぐに探せるが、東○○市、北○○町のように、県庁所在地やもっと広域
を示す地名を使った新町村名に改称されていると、縮尺の大きい地図の場合
探せないことがある。
>>381 ムック本(国内版)を持っている自分は問題なし
道も変わったんじゃないの
昔、四国の山の中を移動したとき国道のあまりの酷さに唖然としたけど
ただの一車線のうえに路面も荒れ放題だった
「これじゃ国道じゃなくて酷道だ」ってなんかで読んだ
>>383 四国は特にそうかもね。かなり前の統計だが、道路の未舗装率No.1は徳島県だった。
本物だよ
>>378 似たようなことが『檮原街道』に書かれているよ。
それと津野親忠が、茶堂の件でちょっとだけ登場する。
「夏草の賦」や「戦雲の夢」でも詳しく触れられていないが、
ここでも、名前が出てくるだけだな。
なんだか檮原街道は気合が入っていない。一度、千枚田を見てみたかった。ただそれだけ。
旅の動機が、そこいらのオッサン・オバハンと同じじゃねーか。
越智氏の氏神を祀る三島神社が出てくる。いつもなら越智氏について
長々と余談を挟むのだが、そういうのがまるっきりない。
>>388 いつ頃の雑誌連載なの?
なんか小説やめてからはまた頑張り始めたけどその前はけっこう惰性で続けてたという
話を聞いたことがある
>>392 単行本が昭和61年だから、その前年あたりかな。
だったら小説やめる直前ですな
だからどうしたという訳でもないけど、小説やめた頃はホントからだの
内面から湧き出るものがなくなって来たって言ってた
更年期ですな
人間だもの
絶筆の濃尾参州記だと病院の話がやたらと多いな
397 :
無名草子さん:2009/11/22(日) 01:44:09
どっちかって言うと街道より対談の方が好きかな
相手がいる分、話の幅が広いし
文春文庫でかなりまとめて読める
対談はホメ殺しのテクがすごい
偉い学者とかがコロコロ転がされるのが面白い
それで大先生方、普段は口に出さないような思いつきをベラベラしゃべり出す
多分新聞記者時代につちかわれたテクニックだ
韓国の人名を韓国音で読めという訴訟を起こした朝鮮人を非難していたな。
漢字は正しく書かなければならないが、読む際の音は、その地域の音によるべき
ことが分からない人は、文化的知的痴呆というような書き方だった。同感。
韓のくに紀行は読んだけど一冊丸々使った割にはあんまり内容がなかった
歴史の短いはずの台湾紀行よりもネタがなかった
まあ今でもあんまり韓国について書かれた書籍で出来の良さそうな物はあまり
ないんだけど。おまけに政治的なバイアスがどうしてもかかるし
司馬さんがそれでイ・スンミンの事を格好良いという具合に描写したせいだろうか
「へうげもの」でもカッコイイ男だったな
今日はいい兄さんの日でいい文の日なので「坂の上の雲」を読もうと思ってる
1日で全巻読めんのかよ
文春少年文庫版で読むからだいじょうぶ
好古がお札のお豆腐とか、いい兄さんしてるところだけ読めばいいじゃん
「坂の上の雲」か来週から放送だな
そういえば司馬遼太郎と松本清張の小説はなんでこんな内容が想像できない題名を
付けるのか不思議だった
吉川英治とか山岡荘八なら一瞬で内容が分かるのに
あとドラマといえば「JIN-仁」の内野聖陽の演技の上手さにびびって福山雅治が
ノイローゼ気味だという噂を聞いた
友人の紹介が長い。
地図で済州島を見ても、何の関心もわかなかった。この作品を読むまでは、注目したことが
なかったな。だが、その位置は沖縄などより、はるかに九州に近い。対馬とあまりかわらない
距離だ。どうして日本じゃないんだろう?
さすがに日本よりは韓国に近いが
ところで朝鮮民族というけど実は様々な民族の複合体だと思う
実際「三国志」では朝鮮半島ではいくつかの種類の民族が居たと書かれているし
(日本では国は沢山分かれていると書かれてはいるが民族が様々とは書かれていない)
高々2000年足らずではそんなに単一民族化されてはいないと思う
その間も北方から色々な民族が侵入したりしている訳だし
済州島の話でも出てくると思うけど近代になっても国内で朝鮮戦争も含めてかなりの
同国人同士のジェノサイドが起きているのも本当は単一民族じゃないのを無理やり
抑え込んでいるからだと思う。二国に分裂したままなのも単純にイデオロギーだけの
問題じゃないのではないか
街道君にお友達ができました
風景や建造物を言葉で説明されても、外国のものは分かりづらいな。
済州島では、地下に掘った穴の中で豚を飼うんだとよ。
穴の上には二枚の板を乗せていて、二枚の板の間には隙間がある。
家人はそこでうんこをする。落ちてきた豚は、その人糞を食べて大きくなる。
大きくなった豚の肉を人間が食べて、またうんこする。それが豚の餌になる。
無限ループ。
>>413 西原理恵子が行ったアマゾンだと厠が「川や!」でそこにいる川魚にうんP食べていて
夕食にその川魚がおかずに出たそうだ(塩分があるから良く食べるんだって、川魚)
416 :
無名草子さん:2009/11/24(火) 15:50:50
青子はどこへ行ったの?
いま16:20である。16:25になれば、筆者はどん兵衛きつねうどんを食べなければならない。
つゆを一滴残さず飲んだ。体が温まると、幸せな気分になってきた。
右は余談である。
松たか子はすごい綺麗というわけではないけど芝居をさせると他の女優と
比べてハッキリ上のレベルだと判るし美人度もアップする
天性の才能だろうな
デューダだっけ
へいめーん
あのCMの超絶可愛さも今思うと若さと演技力の勝利だったんだよなw
あと香川照之もけっこう好きかな
若いころから出演作を見てるけど実は結構芝居が下手だった
中国映画の「鬼が来た!」で基地外監督の拷問のような演出方法で
一皮むけたらしい
うむ
昔、香川はただの2世枠、高学歴枠のタレントだったような気がする
あと420はデューダじゃなくてガテン創刊のCMだった気がしてきた
余談が杉田
かおる
Amazonのトップセラーとか見ても
坂の上の雲めっちゃ売れてるねぇ
amazonでいっぱい書かれていたレビューをみて自分も書きたくなった
「坂の上の雲」で旅順戦の後、ある軍人が便所に行こうとして大怪我をする話が
詳細に描かれていた。最初読んだときなんでそんな話をしつこくしたのか不思議
だったが、読んでる人間でさえ疲れてしまうんだから書き手の司馬の方も疲れて
ヘトヘトになってしまって息抜きがしたくなったのではと、思うことにした
空海の風景
今夜は「四」を読む
そろそろプレ説明が終わって本編の小説が始まってもいいころだが…
司馬さんの本で何度も読んだ本ある?
ちなみに俺は10年間で「空海の風景」を3回読んだ。
司馬さんの本で、3回以上読んだ本はないな。
>>427 1回も読んだ事がない「豚と薔薇」だっけ? もあれば
少なくとも10回はある「国盗り物語」もある
大抵の本は2度読んだら飽きたけど、
「項羽と劉邦」は5回読んだ、登場人物達の個性がばつぐんだ!
吉川英治の「三国志」は子供の頃何回も読み返した
そうは言っても頭から尻まで読んだワケでなく自分の好きなエピソードを
拾い読みしたんだけど。一つ一つのエピソードが独立したような話なら
読み返しやすいけど現代的な長編はそうはなっていないから
虚空蔵求聞持法!
高麗と李朝については、通り一遍のことしか知らなかったが、
この紀行を読んで、すこしわかってきました。
>>429 晩年の作品の中では最高だと思う。日本を舞台にしていないから最高傑作と
いう人は少ないが、俺も好きな小説3作挙げろと言われたら、「項羽と劉邦」は
入れる。
普通に最高傑作の一つだろ
ペンネームがペンネームだけに相当緊張して書いたんだろうな
比べられるの判ってて書いたワケだし
昨日は忙しくて読めなかった。
NHK「坂の上の雲」に申し入れ 有識者指摘、原作の認識誤り
NHKで29日から放送の司馬遼太郎さん原作のスペシャルドラマ「坂の上の雲」をめぐって、
有識者らのグループが26日、原作に「歴史認識の誤り」があるとして、慎重に対応するよう同局に申し入れた。
申し入れたのは「『坂の上の雲』放送を考える全国ネットワーク」など。
原作について「日露戦争を『祖国防衛戦争』と記しているが、
ロシアが日本を侵略しようとしていたことを示す歴史的事実はない」と指摘。
「著作権に一定の配慮をした上で、訂正や補足が必要」としている。
記者会見した呼び掛け人の醍醐聡東京大教授は「NHKは深刻な問題を扱っているという認識がない」と批判した。
http://www.47news.jp/CN/200911/CN2009112601000602.html
>>438 まだ、こんなバカなことを言っている連中がいるのか?
>>438 >侵略しようとしていたことを示す歴史的事実
当たり前だろ。「侵略しますよ」と言って侵略する阿呆はいねーよ。
醍醐聡
アマゾンで著書を調べたら会計学の本しかなかった
歴史学者でさえなさそう。田中康夫の時に、長野県の
会計監査を手伝ったみたいだけ
ブログを見る限り安重根が伊藤博文を暗殺したから
伊藤博文は朝鮮を併合反対したはずはないみたいな
転倒した論説を言っていた。いわゆるプロ市民だな
あと日本機関紙協会って言うのが関わっているらしい
ウラジオストックという名前が証拠だろ
今週号のプレイボーイで田中裕二と太田光の対談で司馬遼太郎を批判していなかった
よく纏まっていて分かり易かったが、ただ以前読んだことがないような内容だった
>>438 >ロシアが日本を侵略しようとしていたことを示す歴史的事実はない
こういうことを言う人たちって、「日本がアジアを侵略しようとしていたことを示す歴史的事実」
についてはどう思ってるんだろうか。
プレイボーイの対談は太田が「坂の上の雲」だけを読んでないと言うのがネタの中心だった
ところで私は実は「飛ぶが如く」が司馬遼太郎で一番好きだ
あれの難しい話を続けているうちに自分でも何をやっているのか分からなくなったような
グダグダ感が堪らなく好い。丸谷才一も「大ファール」と褒めて?いた
まあやっぱり物語的西郷論の白眉は海音寺だよな
読んでないけど
死んだ後でも読まれる歴史小説作家はそういない
そもそもあの頃の列強の行動は戦国時代の陣取り合戦のような感覚で
後世の「侵略」っていう悪行とは思ってないだろ
思っていないだろうな。当時の人達と現代人との意識の違いを小説を通じて感得してもらおう
と考えている作家としては、
>>438のような批判には対処のしようがないな。
「坂の上の雲」一回一時間半なのか
そっちの方がショックだった
あんまり集中力がないんだよな
俺は裏番組にスケートが入ったときが心配だ。スケートと韓国ドラマがあると
自分の見たい番組が見せてもらえんのだ。
ブルーレイ持ってる、自分勝ち組
読んだ
真央ちゃんとイ・サンか
負けたな
>>449-450 欧米列強は「植民地」を単に搾取しただけたが
日本は「領土」となった台湾や朝鮮を開発したり教育を広げたりしたもんな
まさに獲得した領地を開発した戦国時代と同じ感覚
457 :
無名草子さん:2009/11/28(土) 10:41:42
「播磨灘物語」ってそれまでの長編だけでも「国取り物語」「新史太閤記」
「功名が辻」と何回も取り上げた話の舞台をまた書くじゃない
逆に幕末物はネタが被らないように努力してるのに、なんであんなに執着したのかな
>>457 編集部からの依頼で書いていたんじゃないの?
読者の需要が高いんだろう
でも、三木城の戦いに関しては、「播磨灘物語」がもっとも詳細。
少なくても黒田如水に入れ込んだんで書いたようには見えない
播磨灘というと相撲漫画をまっさきに思い出す。
「リョ−マがゆく」と書くと「テニスの王子様」みたいだな
>>461 秀吉が天下取りを目指し始めたところで終わったね
如水の九州分捕りのところまで書いてほしかったな
「関ヶ原」で少し書いていたけど描写が物足りない
そういえば歴史上の人物でだれが一番好きだったんだろう
あんまり有名な人とかは実は好きではなさそう
そこまでやると膨大な巻数になる
>>465 天下を取るまでの秀吉と言っていたけど、自分の小説で主人公にした人物は、
みな思い入れがあるんじゃないかな。
「新史・太閤記」の秀吉って意外と自意識が有るというか知恵が有り過ぎて
周りから嫌われてるのを悩んだりしてたような気がする。それでヤッパリ司馬遼太郎は
吉川英治を意識してるんだろうなと邪推した。「龍馬がゆく」とか「坂の上の雲」も
打倒「宮本武蔵」みたいな決心がないと書けないと思う
竜馬がゆくはともかく、
もしも坂の上の雲が打倒宮本武蔵だったのなら
ヘルメットをとばす長嶋ばりの空振りに終わったと言わざるをえないw
>>468 日本剣客伝の中の「宮本武蔵」は、もろに打倒吉川英治だと思った。
「竜馬がゆく」が人を切らない剣客の話なのはモロに武蔵に対抗してると思ったけど
最初から国民作家を目指しておったのか。。。
直木賞選考の評では、吉川さんは「梟の城」を総論的には褒めていたが、
各論では、どきつく批判していたからな。
>>468 意外と三英傑の中の秀吉は山岡荘八の秀吉そのままなんだよ
逆に今の作家が野心がなさすぎるんじゃないの
昔の作家みたいに寿命を削って書いてる感じはしないし
司馬遼太郎は保守派の論壇人あつかいされてけっこう批判をする人も多いけど
じゃあ、本気で挑むのかというと、そういう人もいない
せいぜい
>>438で出てくるようなアリンコみたいなのがウロチョロして余計嫌われてるだけ
醍醐先生がアリンコっておまえ何様だよw
キリギリス
醍醐聡ってだれ?
ブログみても物を考えるのが不自由な人だと思ったけど
いちおう灯台らしい
司馬遼太郎が書く秀吉なら「新史」より「功名が辻」のほうが印象があるかな
「新史」は最後の方、賤ヶ岳の話が長くて困った
「しかし煩悩の束縛を脱するだけならば医学上の精神遅滞者はすでに脱しているではないか」(空海の風景 六)
ちょwwwwwww幻想乙wwwwwwwwwwww
晩年の作品は吉川英治みたいだ
今日から坂の上の雲か
ボクシングが裏だから
視聴率は期待
485 :
無名草子さん:2009/11/29(日) 17:28:41
そろそろBSハイビジョンでは放送開始だよ
司馬遼太郎に手を出したいんだけど何から読めばいいでしょうか
当方18の大学生です
活字が苦手という事は全くありませんが最近文学から離れた生活を送っていました
坂の上の雲
はっきり言ってどれから読んでもおk
誰に興味があるかで選べばいい
「燃えよ剣」と「功名が辻」が読み手を選ばないと思う
坂上は多分管野の存在が凄く邪魔に感じると思う
昭和
興味の有りそうな主人公が書かれている小説から読むのがよろし
渡辺謙のナレーションがイマイチだった
NHKのアナウンサーがすれば良かったのに
司馬は室町時代を扱った作品があまり見受けられないけど興味が薄かったの?
司馬版太平記とか読んでみたかったんだけど
> 南北朝時代というのは、何だろうということですけれども、
> これはもう、小説にも書けない時代ですな。
> (中略)
> その時代がもっているモラルなり美意識なりに乗っかっても
> 小説は書けるんです。あるいは、それに対してパンチを
> くらわせるという形でも小説は書ける。しかし何もない時代が
> 南北朝でしょう。ただあるのは利害関係だけという時代ですから。
当否はともかく、司馬は南北朝をこんな風に思っていたから
小説に書く気も起きなかったんだろうね。
>しかし何もない時代が南北朝でしょう。
で、ハードボイルド作家北方謙三の独擅場になったと
箱根の坂なんかを読むと
室町時代ってしょーもない時代だなあと思ってる感じだな
南朝が正当か、北朝が正当かなんて
世にも下らない議論だと吐き捨てるように
どっかに書いてた覚えがあるw
室町というのは、非常にいまと似てるんですね。
あれは一種の大衆社会、第一期大衆社会なんでしょうね。
南北朝(太平記)ものは戦後に凋落が激しいね。
小説・映画・ドラマ・マンガでも取り上げられることが少ない。
戦前に皇国史観絡みで語られたから反動が大きいのかな?
司馬遼太郎に限らず、室町時代を舞台にした小説は少ない。
読む方としては、どうせ絵空事なんだから、いつの時代でも楽しめる自信はあるのだが。
坂の上の雲のドラマが結構よかった
変に小説に忠実にするんじゃなくて
明治時代そのものを描こうとしてるところがいい
「ティファニーで朝食を」みたいなもんか
今年でいうと「蟹工船」とか
エンドロールで、「坂の上の雲」と共に「明治という国家」が
原作としてクレジットされてたからね。
自殺した脚本家の名前もクレジットされてたね。南無…
秋山兄弟と子規を軸に明治初期を描くという構想が、
そもそも司馬の独創なんだがな
見てないからドラマの内容は知らんが、
「小説に忠実じゃない」とか意味が分らない
507 :
503:2009/11/30(月) 11:46:33
それは分からないお前がバカなだけ
俺もドラマ見てないけど
502の言わんとすることはすぐわかった
「意味が分らない」は婉曲表現なんだけどな
バカにバカと言ったら角が立つからね…
それに反論に具体性が皆無で、返し様がないのだが
それに反論に具体性が皆無で、返し様がないのだが
>>504 ナレーションで引用していたということかな?単にNHKからビデオが出ているという理由なのか?
>>500 それを抜きにしても、単純に面白くない。ドラマが作りにくいというか。。
南朝・北朝が統一された後も、似たような戦が各地で続く。
統一による完結がないから、ラスト・シーンが虚しいのだろう。
>>497 すくなくとも応仁の乱以降は面白くなるぞ。戦国大名として後世名を馳せる
人達やその先祖が活躍し始めるから。
南北朝を書かなかった理由とか色々ありそう
作家生活の前半なら単純に執筆依頼がなかったからだろうけど
試しに「箱根の坂」とか書いてみたけど気分が乗らなかったとか
一から南北朝の勉強するより、他のやりたい仕事を優先させとか
人生は有限なんだから、アレを書けばコレを諦めなきゃというのがあるしね
あと良い元ネタを見つけられなかったとか。太平記のまんまでは書けなかっただろうし
大義名分論が嫌いというのもあるんだろうな。街道をゆくの現地調達同行者の中に、
司馬さんに「後南朝」についての高説をしきりに喋りまくる人が出てくる。
はっきりとウザイと書いていた。その人のせいで、南北朝が嫌いになったのかもしれんね。
街道をゆくの中には、南北朝も、ちょくちょく出てくるよ。
まとまった作品にしようとすると、エロ邪教の真言立川流なんかも出てきて
グダグダになりそうだから、やらなかったんじゃないかね?
応仁の乱ですら「妖怪」のような作品になったから、やったとしても同系列かも。
>>514 箱根の坂の頃は、もう小説を書くことに飽きてたみたいだし。
フィクションの創造には多大なエネルギーが必要。年取ったからフィクションは
きつい、みたいなことをどこかに書いていた。
結局一番好きだったのが楠正成だったとか。軍神さまだからそれは書くのを避けたけど
かと言って他に主人公になれるヤツを思いつかなかったんで、そのままになったのかも
楠正成というか、いわゆる悪党には興味があったらしく、小説以外ではしばしば言及
されている。
>>499などの文とともに、頻出。国人・地侍層が力をつけてゆく過程や、
一向一揆にも関心は強いと思う。
そういえば顕如の事を孫市の話の中ではとっても良い人に描いてたな
記者時代に、暇があれば、本願寺へ行って、仕事さぼって読書していたみたいだから。
本願寺は、親切に茶菓でもふるまっていたんじゃないか?
「妖怪」読んでないんだけど「箱根の坂」を読んだ限りで言えば応仁の乱前後で
日本人の精神構造が全く変わってしまったみたいな話だったような
伊勢新九郎が鄙びた土地に行くのも既に変化を遂げた人間とまだの人間のギャップを書くのが
目的だったのか?
そうかも知れないな。出版当時は、司馬さんの年齢と、中年を超えた年齢で戦を始めた
早雲の年齢が重なって、「年をとったけど、坂を登るか。ヨッコラサ」という作者のボヤキ
かと思っていた。
甲さんの学説を、「甲史観」と呼んでもらえない甲さんが、乙さんの看板で、
乙さんの小説・評論を批判して儲けようという魂胆ですね?
>>525 わかってるよ。だが、小説だから。勝った薩長土肥と、負けた会津はドラマになりやすい
ということだよ。中途半端な加賀前田藩が、幕末のドラマになるか?
>>525 「竜馬がゆく」で坂本竜馬が活躍するのは、主人公だからだろうがw?
そんなのを司馬史観と言っているのかww?
俺はそれより醍醐聡ちゃんのことが心配だ
大阪青山短大准教授と比べても人とアリンコ程の学識の違いがあることが
バレた彼が思い切ったことをしなければいいのだが
近代史は史料も多いし、本人を知る子孫、それどころか本人が生存中である
こともあるわけで、その意味じゃまったくのフィクションを書くわけにはいかんのだが、
基本的には小説なんで、面白くなければ誰も読まんからな。難しいものはある。
「坂の上の雲」の正岡律より実像に近いと思われる「人々の跫音」の律は、全然
面白くないからな。
この手の後出しジャンケンにはウンザリだ
司馬を批判するだけで飯が食えるくらい
巨大な存在だということだ
そういえば鎌倉物ってあるの?
松本清張もなさそうなんだけど
>>533 でもさ、どう考えても貶すよりも褒めたほうが金になるんじゃない?
鎌倉時代って何かあったっけ?
それにしても昨日のドラマ、西田敏行が高橋是清そっくりでワロタw
昨日のドラマは蛭子さんに尽きる
実況板でも一番受けてた
>>535 民主主義の時代では大作家は尊敬されるよりも小さな欠点を探されるって
フランス人のおっさんが言ってた。知性の平等好むらしいという仮説
NHKの坂の上の雲がかなり良い出来で肩すかしを食った気分
やれば出来るじゃないですか〜
自分は天才型の軍師より武骨な侍大将の方が好きだからちょっと不満
>>541 遺言を破ってまで作ったんだから下手なモノ作れないんだろうね
ところでこの遺言のソースってどの本だろ?
遺言じゃないが「昭和という国家」にこんな一節がある
「これはちょっと余談になりますけれども、この作品はなるべく映画とか
テレビとか、そういう視覚的なものに翻訳されたくない作品でもあります。
うかつに翻訳すると、ミリタリズムを鼓吹しているように誤解されたりする
恐れがありますからね。
私自身が誤解されるのはいいのですが、その誤解が弊害をもたらすかも
しれないと考え、非常に用心しながら書いたものです」
>>544 あ、遺言じゃないっけか。俺の勘違いだった。ソースありがとう
いや、遺言のソースは別にあるかもしれんよ
自分が思い出しのがこれなだけで。
ドラマ「坂の上の雲」は当たりのヨカーン
天地人なんて要らんかったんや!
ただ、完結までにあと2年もかかるのが不安要素だな
>>547 中学や高校へ通っていた頃と、同じ期間が経過するんだよな。
年取るとすぐだけど、中高生には長く感じるだろうな。
年取ると本の趣味が子供の頃に戻ることない?
小学生の頃、星新一とか自分から手に取った本を読み直してみると今でもおもしろい
逆に思春期から大人になるまでにの間に人に進められて読んだ様な本はもう死ぬまで
読まなくてもいいやと思っている
>>549 禿同
食べ物の好みも子供の頃に戻るから、共通点があるのかもしれない。
心理的には、若者は人生の残り時間が長いから、いろんなことにチャレンジする。
読書でも同じ。だが自分に合わない作品にまでチャレンジして時間を無駄にすることもある。
40代になって人生が残り少なくなってくると、そういう無駄な時間は避けたい。
少年時代にまで遡って、いままで読んだ中で面白かったものだけを読もうという心理が
働くのかなと思っている。
学生時代を過ぎると、読書時間なんて少なくなるからな。それに娯楽の多いいまの時代
は読書だけが自宅で楽しめる唯一の娯楽じゃないし。新しいものを、あれこれ読もうと
思っても、時間がない。
30杉になると集中力も視力もガクッと落ちるよね
昔は何時間でも読書に集中できたけど、今じゃ30分そこそこで目が疲れる始末
家にいるときは他にしたいこと・やるべきことがたくさんあるし、
今や読書タイムは電車の中でや病院での待ち時間中に読むぐらいですわ
コーヒー飲んだときだけですわ。集中してスラスラ読めるの。
そういう意味でも司馬遼太郎はありがたい
若い集中力がある時でも読めるし忙しくて時間をとれない時や
年取って長時間読書を続けていくのが苦痛になっても
ちょっとずつでも読み進んでいけて、なおかつ娯楽になっているから
と、話を持っていく
俺もほとんど司馬以外は読んでいない。最近は、紀行だけでなく、小説でも地図を
丹念に眺めながら読んでいる。紀行はネットで現地の写真を紹介してくれている人
もいるので助かる。
うちのばぁちゃんが怪我して療養してて、俺の本棚の司馬遼太郎の本
おもしれーって言って読んでる。読みやすいし面白いらしい
自分は子供の付き添いで病院に行く時に司馬さんの文庫本持ってゆく
これがあると待合室で30分過ごしてもイライラしない
あー、なるほどね。最近のスレのこの流れ
主婦がまじってたのね。納得だわ
はい??
むしろ俺は司馬オタ以外の書き込みがあってホッとした
司馬を語るはずなのに自分や家族を、でなければ他のレスを語るやつばかりって
結局司馬も浅田次郎や重松清やマンガと同レベル
それがダメとは言わん
やたらと特別だと思い込んでる奴が多いな
もっと視野を拡げた方がいいな
今日の話題でなんで司馬遼太郎が国民作家と言われているか、少し分かった
より司馬遼太郎を理解するのに全く役に立たない話とも思えんが
暇つぶしに漫画の代わりに読めば賢くなった気になれるからだろうね
おいらもトイレに項羽と劉邦置いて読んでるけど1か月たっても上巻読み終わらん
(今項梁が死んだとこ)
しかし司馬は何度も楚の最後の王は(秦に騙されて捕まった)懐王って書いてるけど、たぶん間違えてるよね
懐王って張儀に騙されてるわけだから秦でいうと始皇帝の先々代くらいの話じゃね?
司馬はそのへん適当だから
良く考えたら最後の王様に諡(おくりな)があるのは変だと思わなかったのかな
???
そりゃあるでしょ、後世の人々が付けるもんなんだし
坂の上の雲の児玉源太郎って
「馬鹿でグダグダな味方の中に単身乗り込んで、画期的な戦法で敵を瞬殺する」
っていう司馬小説によくいるキャラだよね?
「義経」の九郎とか「花神」の蔵六みたいな。
好古に対してはDQNだけどな、坂雲の児玉
戦国七雄の最後の王様、オクリナないよ
あれは死んだ後子孫にしろ、乗っ取りの他人にしろ後継者が付けるんだから
彼らの場合は付ける人がいないの
とはいえ、後世の史家が便宜上つけたりはするんだろうね
劉邦ももともとは「劉季」だったのが、いつのまにか「劉邦」てな具合に
劉邦は両親の名前もアレな具合だしなw
>>570 ヒーローが活躍するドラマのほぼ10割が、そういうキャラが登場するね。覚えといてね。
実学派の柳馨遠および丁茶山の肖像画は見つけられなかった。
>>565 張儀にいいように引き回された懐王は、祖父の懐王。孫も懐王だけど、孫が項梁に引っ張り
出された懐王。それを同一人物扱いしているという意味?
>>562 最近の時代小説の作家にいいのがいないというだけだよ。
全然見当違いな話してたのかw
あれ〜読んだはずなのに〜w
司馬の批判者につけるいい薬を見つけたぞ。耽羅紀行の中に、菅原道真を語る部分が
あるのだが、そこでこのように述べている。道真を失脚させた者たちへの批判だがな。
『あるいは文章を書くという才能・感覚――あるいは性格――のなかには、嫉妬という
感情に変化しやすいなにかが含有されているのかもしれない。
(中略)
問題は、文章の巧拙で一人は天上のような暮らしが保証され、他の数百万が地に
はいつくばる生活を余儀なくされるという制度のほうにある。
というよりも、文章自慢たちの心理ということである。文章は数学ではないから、落と
された天狗たちにとっては、自分の敗北を客観的に認めて納得するということがない。
むしろ、選ばれた者を嫉むしかないのである。』
醍醐のブログ読んでも、なんか見当違いなんだよな
文句言える所を適当につまみ食いしているだけで、それぞれの批判が矛盾してるし
誰かがもう言った話ばかりで、それを言っても左翼陣営からなら突き上げを喰らう
可能性がないことが分かっている様なことばかり言っている
なんだかんだ言っても自分がないんだよ。それでバカにされているのが分かってない
>>561 ダメとは言わんが、短めに、とは思うな。
>>582 レス内容とは観点の違う話だが、その部分は、済州島の朝天里という古い港町についての
叙述なんだよな。朝鮮では官吏の党争が頻繁にあり、党争に敗れた者が、済州島に流された。
似たような境遇にあった菅原道真についての叙述で、丸々一節埋めている。日本の読者のため
には、そうせざるを得なかったんだろうな。朝鮮の島流しに遭った官吏の話など、誰も知らんし。
坂の上の雲を読みたくなってきた。
上手に厠があるの?
司馬作品は大衆文学だけあって、読んでておもしろい。
>>583 小説が映画化・ドラマ化されて非常に大きな影響力があるから、文句を言いたい人も
でてくるのだろうが、書いている本人は、自分の史観を読者に押し付けるために、読みやすい
小説というスタイルを選んで書いたわけではないからな。「司馬史観」とか言われて
困惑していたのは、案外、司馬さん本人かもしれない。
司馬本人が司馬史観という言われ方を
非常に嫌がってたというのは、いろんなとこに書かれてる
/ ヽ
.| i
(^' .´・ .〈・ リ 空海はわしが育てた
.しi r、_) |
| `ニニ' /
ノ `ー―i
GONZO
(754〜827)
>>579 最初に「楚の最後の王である懐王は秦に馬鹿がなぶられるように騙され捕えられたりした結果、
楚が滅んだために楚の民は三戸になっても秦を滅ぼすと言われるほど恨みに思った」という風なことが書いてあって
その段階では、司馬は張儀に騙された懐王と義帝(懐王)と混同してるのかなと思ったが
その後も1,2度似たような文章が出てくるし、懐王を擁立した時の話として祖父と同じ懐王を名乗った、
とはっきり書いているので祖父の方の懐王の時に楚が滅んで、孫が再び王として立ったと思っていたみたい
分かった!!「最後」って年号があるんだよ。きっと
司馬史観が云々で誰某にイチャモンつけられてる話が定期的に話題になってよくレスが付くなあ
まあ司馬信者も心の何処かにおかしいと思うところがあるらしく、何度もそういう批評を否定して
再確認しないと不安で居られないんだろうな
そりゃキミだけだ
別にスルーしときゃいいのにね
スレの進行を妨げてるわけじゃなし
毎度、何と戦ってるんだと思うことはある。
司馬作品のファンは司馬史観に付和雷同でよろしいかと。
別に司馬遼太郎の小説に変な所があるなんてみんな知ってんだから
いちいちそれを避けるのも面倒くさいんだよね
話題も解釈も偏るし
司馬史観と本人は無関係と言いつつも、この人に正しい歴史観があると変な期待してるんだよ
小説ではこうだけど、エッセイではこんなこと言ってるから正しいとか言う奴が必ず出てくるし
若いころ小説で書いていた司馬史観は何か変なところもあると思うけど
晩年の「この国のかたち」なんかで述べた考え方はわりと同意できるところが多いわ個人的には
自分の意見を持たない人達が「司馬史観」をあげつらっているわけですね
>>604 そう。盲目的に信じている人が、その欺瞞性を指摘されると、嫉妬だ商売だと過剰反応する
司馬さんによると「戦争もまた純粋に天災である」だって。
つーか、自分の方こそ何が言いたいんて聞き返したいよね
別に司馬史観がどうのと言う話以外でも主婦差別発言とか、粘着的なレスが返ってくるし
他の人が発言すること自体が気に入らんのかと
かと言って自分からネタ振りする訳でなし
確かに病院で待っている時に司馬作品読んでいる人は主婦以外にもいたね
司馬史観とは何かについて合意ないままに
司馬史観の是非で議論できるおまいらすげー
司馬さん独自の歴史観を縮めて言ってるんだろ、司馬史観
史観についての論争を読んでいると、ガキが読む音楽雑誌の評論みたいな気がするな。
ロック・バンドのメンバー・チェンジを「音楽的見解の対立が原因」という臭い評論よ。
見当違いというか、場違いというか、本質が見抜けないというか。
史観とかいった思想内容は、読んでいる方としてはどうでもいい。
キリスト教徒だけが、キリスト教の歴史に関する書物を読むわけではない。
司馬が多くの読者を獲得したのは、読後の充実感に尽きると思う。文章が明快でわかりやすい。
左翼的言論が大勢を占めていた戦後のある時期までの日本で偏りのない公平な視点で書かれて
いたとか、理由は多いと思う。俺は、司馬がたいへんな読書家で作品の準備のために読書時間
を十分に割いていた点を挙げたい。読者が読めば200時間はかかりそうな読書が、司馬を一冊
読めば10時間ですむ。そこがうけたのではないかと思う。
10時間の読書を終った後で、「この程度の内容ならば、1時間で読める薄い本にまとめられるよな」
と思われるような作品は、読みたいとは思わない。
>>609 どっちかって言うと普段そんな話してないのにあおられるとドコからそんなに
湧いてくるんだって感じに書き込みが増える
アオリって言っても誘導があるだけでむかつくコメントがあるじゃなし
むしろそういった話に持ち込みたい誰かの自作自演じゃないの
過剰反応しているのではなく、
>>605のようなレスがうざいだけなんだ。
本当のことだからうざく感じるんだろw
その見当はずれな、他人の心の読みが、うざいんだよ。
>>611 な?
司馬史観というだけで、こういう見当違いというか、場違いというか、本質が見抜けないという
過剰反応の長文出てくるだろ?
>>607 司馬さんは主婦差別発言なんてしてるの?
>>618 してない。してない。ここに書き込んだヤツが主婦をバカにしてるだけ
別に子どものいる既婚女性が司馬さんの作品が好きでも何も問題はないよ
>>585 >朝鮮の島流しに遭った官吏の話など、誰も知らんし。
あとの方で出てくるんだよ。宋時烈とか。
なんだ、上のほうのレスの話か
まあ普通に歳とって趣味が子供の頃に戻るだの、集中力も視力もガクッと落ちるだの
司馬さんと関係ないしウザイだけなんだけどな
「功名が辻」を読んでいると、司馬さん自身は専業主婦ってスゲー! と思っていたみたいだぞ
女って絶対根に持つよなw
既に流れた話でも蒸し返すしw
宣祖の肖像もないが、孝宗の肖像もないな。一般的に朝鮮の国王の肖像というものは
ないのか?
>>625 司馬さんの作品に対してではなく、司馬史観に対してあれこれレスする人も
50歩100歩
>>627 そんなことはない。見つけられなかっただけだろう。
ググったら李成桂とか言う人の肖像画が出て来たぞ
耽羅紀行を読んでいたら、
>>616にピッタリな文章が出てきたので、思わずwarota。
私は、この旅でつい不用意に、
「本当のことを言われた人は、過剰反応するものですね」
と言って、しくじった。
「悪いやつもいます。怠け者もいます。人はそれぞれです」
人間はつい頭のなかで、勝手な“ニセ統計”を作って、ニセ概念化し、それをもって
相手を当てはめようとしがちである。たとえば私は、大阪生まれである。
――商売、上手でしょうね。
と言われれば腹が立つ。商人を軽んじているわけではなく、人を見るのに勝手な
概念を作りあげ、人間を紙細工のように見るアホ臭さに腹を立てるのである。
またいつもみたいに激しい妄想癖のある誰かさんが他人を攻撃するレスで埋まっちゃったね
それぞれが勝手に敵をつくりだしてるな
何と戦ってるんだか
女性の権利と名誉のために戦ってるんでしょw
司馬遼太郎と山崎正和の対談はどれも面白い。
耽羅紀行の旅は、同じ年の10月下旬と12月初旬の二回に分かれている。
以上の部分が、10月下旬のほうである。
声の大きい人がきた。読書ができなくなった。
>>637 どれもといっても、本は1冊しかねーんでねぇ?
>またいつもみたいに
わかってるなら来なきゃいいのに
よほど淋しいんだね
このスレは煽り合いするにはもってこいのスレだな
お前等の感想はどれも糞ツマランけど
トラブル起こすヤツはいっつも同じなんだけど
多分一人か二人だろ
いつでも他人のせいにしてるヤツ
/ ̄ ̄ ̄ ̄\
( 人____)
|ミ/ ー◎-◎-)
(6 (_ _) )
_| ∴ ノ 3 ノ トラブルを起こしているのは、こいつです
(__/\_____ノ_____∩___
/ (__)) ))_|__|_E) ̄´
>>641 []_ | | どれみ命ヽ
|[] | |______)
\_(___)三三三[□]三)
/(_)\:::::::::::::::::::::::/
|Sofmap|::::::::/:::::::/
(_____);;;;;/;;;;;;;/
(___|)_|)
済州道の文化財委員会の専門委員の人が、司馬さんに、こう言ったそうです。
「済州島には、こんなことわざがあります。虎なき里のタヌキ」
司馬さんは、大笑いしたそうです。
どこが、面白いんですか?
646 :
無名草子さん:2009/12/03(木) 17:26:31
司馬を批判する奴は、大抵司馬が作中で既に書いてる事を持ち出して批判する
漢籍に通暁してないとわからないだろうね
648 :
無名草子さん:2009/12/03(木) 17:29:13
>大抵司馬が作中で既に書いてる事を持ち出して批判する
書かなかったことを持ち出して非難したら変だろ
650 :
無名草子さん:2009/12/03(木) 17:40:57
ここ最近の話でもまともに弁護できてなかったじゃん
その割にはエラソウだね
弁護(笑)
司馬史観といえば突っ込みどころ多すぎだから今後も叩かれるだろう
これは叩く奴が悪いんじゃなくて、司馬が歴史家の顔をしていろんな所に
首を突っ込みすぎたから。
要するに自業自得だ
653 :
無名草子さん:2009/12/03(木) 17:48:08
福井雄三の批判なんて普通なんじゃネ
今の研究ならそれ位のことがわかってるってだけの話だろ
それを後出しジャンケンだとかいうのが的外れだろ
済州島のミコ(韓国では巫堂、済州島では神房と呼ばれる)の話をするはじめに、
大阪天王寺区巫女町の話が出てくる。巫女の屋号の例がいくつか書かれている
が、その中に「黒格子の嫁」というのがある。司馬遼太郎初期の短篇の題名である。
筆者は未読。また、巫女の持ち物として外法箱にも触れられている。同じく初期の
短篇に「外法仏」という作品がある。
655 :
無名草子さん:2009/12/03(木) 17:51:05
>>652 その叩く内容が、司馬が作中で書いてる論でもって叩くから笑えるんだよ
龍馬や乃木の場合に多いけど
これはホントだったw
504 名前:名無し曰く、[sage] 投稿日:2009/12/02(水) 07:21:46 ID:L5bewWFE
確かに信者は右翼、左翼に絡めて語ろうとしたり、卓越した歴史観がある、公平性があるといって持ち上げるけど
痛い所を突かれると小説ってことを盾にして逃げるよな
【巫女町】
天王寺区の地下鉄谷町線四天王寺前駅の近くに天王寺警察署がある。
その北裏の東西の細い筋(東は上本町、西は谷町の間)を俗に巫女町といっていた。
江戸中期以来、ここに梓巫女(あずまみこ)の集団があって、巫女(みこ)の口寄せを業と
していたので、この俗称が生じたもの。大正の初期までなおその余影を残していた。
なお、本文で引用されている西沢一鳳の『皇都午睡』の該当部分は、以下のとおり。
西沢一鳳(嘉永五年没)の『皇都午睡』初編中巻に、「天王寺のはやし町は梓巫女の
住める処にして、二季の彼岸には在所の人のここに来りて、亡き人の口を寄するとて、
梓の弓に其鬼神を招き往事を泣く。殊に二季の彼岸にひとしほ哀れに覚ゆかし。
このはやし町に住める巫女の名の昔めきてをかしければ書付く。
橘屋小女郎、隠居藤、黒格子の元家、栴檀の木の姉、薮の内の亀、升屋女郎、藤屋の小女郎、
黄格子の万、黒格子の嫁、此余にもあまたある中に、黒格子殊に名高し」
司馬遼太郎は、最初になにを読めばいいですか?
662 :
無名草子さん:2009/12/03(木) 18:38:04
だれかさんホント何がしたいんだろイチャモンつけるだけ
誰がだれだかまったくわかってないみたいだし
ここよりメンヘル行ったら?
歴史の見かたがさまざまあるというのは、時代ごとに見かたが変わるというだけでなく、
それぞれの時代にさまざまな見かたがあるということだ。
司馬史観もその中の一つにすぎない。
作品が面白ければいいじゃん。
665 :
無名草子さん:2009/12/03(木) 18:41:36
>>655 乃木に対する批判は的外れだろ
坂の上の雲だけじゃなくて殉死もあるしな
司馬遼太郎の歴史の知識の元ネタは京大の先生達
それで自分に歴史観があるみたいにいわれるのを嫌がったわけだ
京大派閥の内輪もめに巻き込まれて梅原猛にからまれたりもしたな
>>654 「黒格子の嫁」が読めるのは、いまのところ短篇全集3巻のみだな。全集には未収録。
「外法仏」は「最後の伊賀者」に収録されているので、文庫あり。
龍馬の場合、龍馬は司馬が過大評価するまで無名だった!皇后妃のバルチック艦隊の夢の話で有名になった!とか言う奴いるけど
それ竜馬がゆくに書いてるやん
司馬批判の乃木擁護論の中身も司馬が作中で乃木を擁護した論そのままやん
といつも思う
目は通してるんだwこの暇人w
やっぱりスレタイ通りに司馬について語るならこれだな
「〜読んでおもしろかったですぅー」なんてのは主婦が勝手にやってればよい
作者が先回りして言い訳してると、批評も回避されるの?
>>672 だれかが確実にわかってちょうどいい
それにしても内容が無いことしか言わないな
恥ずかしくないのかな
いつでも他人のせいにしてるヤツ
675 :
無名草子さん:2009/12/03(木) 20:57:41
坂の上の雲が出版された後に乃木の作戦が海軍の要請に従っただけだと判ったり
色々新事実が出てきた訳だから今の批判に何でもかんでも先回りして答えているわけがない
このスレッドはホントみんな仲悪いよな
サイコー
小利口ぶるからな
そーいや
竜馬がゆくってどこが面白いの
あれはどう考えても駄作でしょ
利口ぶって小難しく書こうとしてるなあってのはあるな
680 :
無名草子さん:2009/12/03(木) 21:09:07
>>675 元々陸軍は旅順を無視する気で、川上案、田村案、児玉案にも旅順攻略はなかった
しかし海軍の要請で必要になったと普通に書いてなかったけか?w
二十代で司馬遼太郎読んでる人間は恥ずかしいぞ。もっと難しい本を読め
PHP文庫の『旅順攻防戦の真実―乃木司令部は無能ではなかった』なんかどうだ
>>680 作戦の詳細だよ。半藤一利が坂の上の雲の時にはわかってなかった事実と確認していた
他にも海軍の資料が宮内庁だけに保管されていたのが少し前に確認されたりもしているよ
殉死には乃木が「モノマニア」の目つきだったとはっきり言っている
モノマニアってまあだれかさんみたいなヤツのことだろ
司馬の乃木無能論
1単純な正面攻撃を繰り返したといわれること。
2兵力の逐次投入、分散という禁忌を繰り返したこと。
3総攻撃の情報がロシア側に漏れていて、常に万全の迎撃を許したこと。
4旅順攻略の目的は、ロシア旅順艦隊を陸上からの砲撃で壊滅させることであったにも関わらず、要塞本体の攻略に固執し、無駄な損害を出したこと。
5初期の段階ではロシア軍は203高地の重要性を認識しておらず防備は比較的手薄であった。
他の拠点に比べて簡単に占領できたにもかかわらず、兵力を集中させず、ロシア軍が203高地の重要性を認識し要塞化したため、多数の死傷者を出したこと。
6旅順を視察という名目で訪れた児玉源太郎が現場指揮を取り、目標を203高地に変更し、作戦変更を行ったところ、4日後に203高地の奪取に成功したと伝えられること。
7戦後、乃木自身がみずからの不手際を認めるがごとき態度を取ったこと。
まぁ井上源三郎が免許皆伝だと判ったのは司馬さんの作品で新選組が有名になった後だしな
お前は何を言ってるんだw
ここのスレの住人全然キャラが立ってないなw
お前も何を言ってるんだw
>>690w
つーかお前は俺だろw
ここまで全部俺の自作自演w
司馬が書いたあとに新事実が判明したとか、
批判してる奴の雑な頭では理解できないんだろうな
乃木が無能ではないなんてありえない
白襷隊見れば分かる
>>692 あのー、たまにうわ言みたいなことを言ってけむに巻く人がいるんですけどあなたですか?
>>692 新事実で司馬の乃木無能論が覆るのかどうかだが
未だに乃木が無能扱いなのは大した新事実でもないからだろう
要するに司馬の見方は大筋で間違ってるわけではないと言う事さ
やっぱり「資料さえ揃えば正しい歴史を書いてくれるはず!」って事なんだよな
信者が言いたいことは
ホントにやばくなると「小説に何マジになちゃってるのwww」と逃げるんだけど
別に昔から乃木が無能扱いされているのは司馬ファンだけの間じゃないの
日本海海戦の計画も秋山が考えたんじゃないし
やはり信者にとって司馬史観はトラウマか
この必死さw
「歴史」というものは実在しない
誰々が語った歴史が、それぞれ存在するだけだ
と、司馬は講演で話していた。
司馬の小説も司馬の個人的見解に過ぎないんだけど
あまりにも存在と影響力が巨大すぎるから、
反発も買うんだろうね
逃走方其の二
嫉妬を買うのでしょう
あと、司馬が子供と年寄りと女が読むと面白いという話題に逆上していた
それで、自分たちがどう思われたいのかわかる
そりゃ凡百の歴史学者は、司馬遼の1万分の1の影響すら
世間に与えられずに死んでいくわけだからw
白襷隊=敵の不意に乗じ要塞内に進入、敵の防禦線を両断して、要塞の陥落を速かならしむる
作戦が虫のよい願望でできている事がわかる、乃木が強引にこの作戦と編成を推し進めたくせに、作った後はまるで関心なくほっといてる所もまた酷い
>>701 ここの場合は理由が特殊で司馬が嫌いというより司馬にかこつけて人を攻撃するヤツがいるから
>>703 何度蒸し返すの?
そんなにくやしかった?
司馬先生は偉大なる文明評論家であられる
その辺のアホな歴史家とはレベルが違う
>>708 なぜわかった?
おれの体の中には何人もの人間が住んでいるんだ
みんな俺を助けてくれ
>>704 また歴史家遼太郎?
だったら間違った説や捏造はダメだよね
レスの速さで流そうとしてるな
そんなことじゃあ誤魔化しきれないのに
まあこれからも定期的にやろうな
715 :
713:2009/12/03(木) 22:15:49
>>714 煽り合いに入れてもらいたいのだが
アタマの回転がチト鈍いので
大所高所から発言してみた
司馬遼太郎の歴史観は大勢に共感される
しかし凡百の歴史学者の歴史観は自分だけにしか通じない、それに嫉妬し司馬を批判するというわけじゃろ
論で対抗できない奴は結局最後は人が憎くなっちゃうんだなあ
こういう話題でも、もっと気楽にやればいいのに
批評する人間の人格を攻撃してる時点で負けを認めてる
今、40代くらいの歴史小説家はおらんの?
宮城谷ももう60代だもんな
逆上するヤツはなんか個人的な思い込みがあるんだよ
俺は司馬遼太郎読むけど批判が真面目な態度からでていれば腹が立つことはない
>>721 いったい何なんだろうね?
ちょっと今逆上しちゃった奴は、なんで逆上しちゃったか書いていけよ
こう書くと誰も語りたがらないのか
思い入れとはそうした物かもね
語らんけど貶されたら許さんみたいな
>>720 時代小説でモノになりそうな奴はいない
SFか歴史学者の本の方がマシ
はぁ〜こうなると松本清張も袋叩きにあう日も近いのかもしれん
俺たちの時代が・・・・
司馬史観ってのは叩いてくださいと言わんばかりの格好のおもしろネタだろ?
そういやあ新選組物のネタ元の新選組始末記はほとんど創作らしい
燃えよ剣か新選組血風録を書く前に司馬が子母沢寛に仁義を立てに行ったのも
創作を更にパクるから挨拶する必要があったんだろうな
前は一日3レスくらいだった気がするがずいぶん勢いあるね
坂之上の雲のせいか
話が似るのは歴史を扱ってるからある程度は仕方ないかも
キャラが丸被りってのがこの人にはあるな
最近、清張の昭和史発掘を読んでるけど、
こちらはさすがに史料をちゃんと調べてるから、
いつまでも古びないね
燃えよ剣はほぼ創作として書いた、一番面白いと思うと司馬が自分で言ったな
坂の上は10年研究して作ってる
>>729 もうアホの顔色をウカガうのはヤメたのダ
アホは死ぬまで治らないらしいのダ
吉村昭の生麦事件なんかもいいな
司馬遼太郎には書けない話だ
吉村昭の大本営が震えた日なんかもいいな
娯楽作家のチキンには書けない話だ
いろんな資料みて書いてるから情報量が多いけど、よく読んでみると人物は少年漫画そのものだよ
人の感情、苦悩は書けない人だなあと
ズバリ言おう
司馬が鎌倉時代を書かなかったのは永井路子にびびったからだ
吉村昭の作品は、表記を全く気にしてない書き方。
從って、たいへん幼稚な文章で読むに堪えない。
その点、司馬さんは邦語をかな書きすることはあっても、
漢熟語に書換え語を使うようなことは絶対にしなかった。
漢字をたくさん使えば満足な人ですね
吉村昭の世代は戦前に教育を受けたんだから書換え語を使うのは後天的な努力だろう
741 :
738:2009/12/04(金) 00:13:56
「邦語」を誤用したボケなのにおまいらときたら
>>736 オタク趣味的な臭いがするんだよね
エピソード盛り込みたいけど人物の掘り下げには興味ないというか
昔から人間の考えって変わらないんだな
「嫉妬を買うのでしょう」という
まったく、嫉妬・嫉妬・シットだらけの書き込みだな
しかしここもつまらないスレになったな
伸びてると思ってもこういう自演で伸びてるだけだし
暴れん坊将軍や水戸黄門をTVで見て、史実と違うとか言って叩くヤツはいないだろう。
面白ければいんだよ。
司馬作品も同じだ。
司馬史観を叩いたってしょうがない。
面白ければいんだよ。
それぞれが勝手に敵をつくりだしてるな
何と戦ってるんだか
クソすぎる
司馬は好きだが、もうこのスレは開かない
自演厨は死ね
コピペ粘着乙w
>>747 逃走方其の一
「小説に何マジレスしてるの?」
逃走方其の二
「嫉妬を買うのでしょう」
>>747 暴れん坊将軍や水戸黄門は学者の振りして歴史の事に口出してこないからね
>>748 面白いじゃないですか?
そう身構えないで気楽にいきましょう
>>749 面白いじゃないですか?
そう落胆せずに気楽にいきましょう
主婦を叩いている人は女性で結婚したくても結婚できないから叩いている気がする
「関ヶ原」の清正が三成を叩くのに似てなくもない
脳内妄想乙w
>>756 何度蒸し返すの?そんな話題とっくに誰もしてないだろ?
自演乙w
後釣り宣言・・・
もっとも恥ずかしいやり方だな
そもそも釣りになってないんだけどな
女は論では戦えないから、こういうやり方しかない
625 名前:無名草子さん[sage] 投稿日:2009/12/03(木) 13:51:54
女って絶対根に持つよなw
既に流れた話でも蒸し返すしw
このスレ、日中はニートと主婦の戦いかよw
いまの文明には、馬鹿げたところがある。
学校を濫立して、子どもたちをその檻に入れ、どの檻が上等で、どの檻が下等かと
区別している。社会も両親も子どもたちをどんどん追いたてて等級差の檻に入れ、
自他を区別づけることによって、社会意識として安堵している。身分制のない社会に
なると、広場恐怖症のネズミのような心理におちいって、右のような檻をつくることで
一種の身分的住み分けをやっているらしい。
「・・・・・・何百年あとかは知りませんがね」
私は、腹が立ってきた。
「いまの文明はそういうところから大崩壊するんです」
ともかく今日の段階の産業国家が当然、重教育主義になることはかまわない。しかし
その次の社会は、産業革命以後の社会を踏まえた程度では把握しがたいほど変った
社会になるに違いない。
司馬遼太郎の考えというか意見自体昭和47年ぐらいを境に急に変化している
同時代の政治家の田中角栄を批判し出したり、街道をゆくでそれまでの日本の脇道
みたいな所に注目し出したり。史観と言えるものがあるかどうかは別としても
あの前後でかなり言ってることは違うはずだ
自分は期末試験で早帰りの学生だけどな
・・・なんでこんなにスレが伸びてる?
祭りでもあったか?
>>768 街道をゆくの初期は、小説執筆のための取材旅行とか、すでに書いた小説だけど
その中に出てくる土地をまだ見ていなかったという場所を多く訪ねていたからかも
しれないね。政治向きの発言が多くなったのは、司馬遼太郎の名前がビッグ・ネーム
になって、出版社からそういう評論を書いて欲しいというオファーが増加したからじゃない?
それまでも有名だったんだろうが、「竜馬がゆく」の第1巻第1刷の発行部数なんて、驚くほどに少ない。
昭和47年はドラマ「国盗り物語」のヒットによって、司馬は一躍メジャーになった頃だ。
桂三枝の「国盗りゲーム」なんていう番組までやっていた。「国盗り」は流行語みたいだった。
スレ違いだが、天野芳太郎氏が青少年時代に作家・押川春浪の小説に共鳴したという
記事を見た。「海底軍艦」も読んでいるんだろうな。
氏は秋田県出身なんで、次の「秋田県散歩」に出てこないかな?
日本のあり方とか、どのように成り立ったかを積極的に論じたがる人だからな
それに異論がある人によって、反駁されるのもまた宿命だな
耽羅紀行の最後に旅の動機が書かれている。最後まで明かさないというパターンは
珍しいが、こういうのもいいね。その動機は『延喜式』に定められた諸国の調のなかに
「耽羅鰒六斤」の記載があること。その解釈は、なかなか面白かった。
アンチ司馬にとっては格好の作品がドラマ化だからスレが伸びてるんだろ
陸羯南は、佐野史郎よりももっと似ている役者がいるだろう。
なんか見たことあるような顔だ。
秋田県散歩の時点で、須田画伯は80歳。元気がいいな。
甲州街道、長州路、肥薩のみちなどは分かりやすいのではないかな?
丹波篠山街道、北国街道では、明智光秀の足跡を辿っているような感じだった。
>>789 いや、話の主旨とズレているということなんだけど
1972年頃に断絶を感じるかどうかという話なんで
それなら、わからん。年表を見て、作品を執筆した年と対照してみなければ。
信者はやっぱり史家、政治的な話をこの人に期待してるんだよなあ
「占守島」(しゅむすとう)
蚶満寺への道中、タクシー運転手がたまたま占守島で敗戦を迎えたという話に及んだことから、
昭和20年8月、終戦後に起きた“占守島の戦い”に話題が及ぶ。司馬氏と同期の木下弥一郎氏の
体験談を中心に話がすすむ。
『かれは自分の連隊の死者たちを葬るためにまず遺骨入れをあらかじめ作っておいた。遺骨から
ハサミで親指二節を切りとり、それを丁寧に焼いて、灰にした。それを一つの箱におさめた。
その後、シベリアに抑留中もその遺骨箱を持ち歩いた。この箱をソ連人の目から隠すための
苦心を書くだけで一冊の本ができるほどだった。』
停戦しても攻撃してくるロシアはマジキチ。四島とは言わず、千島列島は全部返してもらおう。
秋田県散歩で通過する国道7号はかつて通ったことがあるけど、秋田以外は、
山が海際まで迫り海岸線の猫の額のような狭い平地を道路が走っていた、という
印象しか残っていないな。GWで東北自動車道が大渋滞だったので仕方なくここを
走ったんだけど、もう行こうとは思わない。
耽羅紀行のなかで「韃靼疾風録」執筆中という話をしていたから、秋田県散歩からは、
街道と評論に集中ということなのかな?なんか気合を感じる。
森薫乙嫁語り
♪〜日清談判破裂してぇ 品川乗り出すアヅマ艦 西郷死するもヤツがため
大久保殺すもキャツがため 遺恨かさなるチャンチャン坊主〜♪
♪〜いちげつ(一月)談判破裂してぇ 日露戦争はじまった
さっさと逃げるはロシアの兵 死んでも尽くすは日本の兵
五万の兵を引き連れて 六人残して皆殺し・・・〜♪
乃木の無能振りは当時から庶民にまでからかわれていたこと。
何も、司馬さんの強引な強調ではない。
その証拠に、陸軍で奥ヤスカタや野津鎮雄が元帥になったのに、乃木はなれなかった。
(海軍で元帥になったのは、もちろん東郷)
じゃあ庶民が小泉劇場に拍手喝さい送ったから小泉純一郎氏は有能な首相か?
ああそうですか不世出の名宰相ですか
それならそれで
どうぞご自由に
ん?また小説に書いてある事は実情に近いと言いたい人?
黒木も元帥になれなかったよね…
結局信者は司馬の小説は史実と言いたいんだな
痛いところ突かれると小説と逃げるが
司馬作品は他の時代小説と同じフィクションだから。
司馬信者はそのことを理解していないとみえる。
司馬さんは乃木、西郷のこと嫌いでしょ。
西郷より、明治政府居残り組みを評価している。
西郷はいいけど山県嫌いはかなり弊害が多くて
小説としてのリアリティのレベルで、翔ぶが如くや坂の上の雲でも
この作者、自分の好き嫌いで実在の人物の価値判断をしてるんじゃないかと
疑いを持ってしまう
司馬さんの好き嫌いの判断基準は、合理的か非合理的かで決まるのかも。
非合理的なものは嫌いって感じだな。
合理性の塊のような戦車の中にあって、非合理な戦争を戦わなければならなかった。
そういう戦争体験が根っこにある気がする。
歩兵だったら違ったかも。
頭悪いな
山県は特に非合理主義的な人間でもないでしょ
結局明治憲法がらみで嫌いなんじゃないの
私の考える1972年の司馬遼太郎
・1972年頃までに幕末、戦国時代の有名どころはあら方紹介し尽し、少しヒネリを加えないと
そういった時代を書けなくなった
・準備期間も入れるとそれまでの作家としての集大成の坂の上の雲も終了し大きな目標がなくなった
・高度経済成長が終わり、今までの作風では社会性が保てない
・高度経済成長が終了した後の田中角栄の地方バラマキの公共事業で、自分が生まれ育った風景が
失われてゆき、日本人自体も変質してきた
・作品作りで培われたノウハウが蓄積され、それまでの自己の作風に不満を感じる様になった
・人生が後半に差し掛かり、精神の有り様が変わってきた。遺言めいたことが言いたくなった
自分探し(ディスカバリージャパン)がしたくなった
・マルクス主義の退潮で反ソ(ロシア批判)反共(現実主義、功利主義重視)的主張をする必要が減った
・大衆受けするヒーローを書きたくなくなった
・次第に目上の作家が減ってきて巨匠扱いされるようになって、ノボせてオカシクなった
・社会派推理小説の人気に翳りが見えはじめ一人勝ちの状況になったが、逆に注目度が高くなり
自由に発言できなくなった
・実は表に出てきていないだけでそれまでにも左翼などから脅迫などを受けていたので、作家稼業にウンザリしていて
少しずつでも距離を置こうとしていた?
・当時は大仏次郎の天皇の世紀や松本清張の昭和史発掘などドキュメンタリータッチな作品が新聞や週刊誌に
連載される時代で、それらの作品からかなりのプレッシャーを受けていた
・自分の声帯模写をする宮城谷昌光にむかついていた
さすが2ちゃん、きめえ
坂の上なる近代ものにして陸軍(をふくむ)ものにしてネーションステートものたる対策を書き切手皮ったんだろ
>>813 俺も山県は写真見ただけで嫌いになった。悪役ヅラしているだろう。
譬えればカダフィ大佐に相当
写真といえば明治になってからの桂が関根勤にしか見えない
ラビット小五郎
木戸の写真はたくさん残ってるね 維新の顕官で一番多いんじゃないか?
桂小五郎時代は新撰組を警戒して写真なんぞ撮ってないだろう、と思ってたら
何の、たくさん撮っていたんだね
萩や山口を旅行して知った
個人的に取った写真が出回る時代じゃねーよ
西郷隆盛なんかは斉彬の趣味である写真撮影に付き合わされたせいで
写真を撮られるのが大嫌いになったという嘘か真かわからない話あるね
桂小五郎 写真 96,100件
>>826 司馬は、「左側の地形が、陸であるのに海であるかのような印象を与えはじめた」と書いている。
何をおおげさな、と読んでいて思ったけど、最後の画像を見ると、象潟九十九島と呼ばれたとおり、
まさに海の風景だね。
>>798 占守島戦のところでは、俺もそう思ったが、またいつもの芭蕉ネタに戻った。
本荘藩六郷氏は、関ヶ原の戦いの後、六郷四千五百石の所領から、
佐竹義宣が移封された後の常陸国新治郡府中に一万石の大名として加増移封されている。
旧領である出羽国本荘に二万石で加増移封されたのは、元和9年(1623年)の最上氏改易
後である。11代続いて明治維新に至っている。
しかし、「秋田県散歩」で、ここまでに登場した地名――象潟、金浦、仁賀保――が、
平成の町村合併によって(行政区画としては)すべて消滅してしまっているな。
象潟、金浦、仁賀保 →「にかほ市」
うちのおふくろは松山北高卒業してるくせに坂雲興味無いようだ。
歴史に関心がないとそんなもんかい。
関心なさにも程度はあるだろうがな。地元出身の歴史上の著名人に関心を
もたないというのは、珍しい。
>>838 自分の母親は戦艦三笠の生き残りが創立した高校の卒業生で司馬作品では坂雲がお気に入り
主婦厨がアップを始めました
>>840 ググったら偏差値70以上の名門校か。スゲーな
畳敷の間を年寄りがむかし「おえ」と言っていたな。「おえへ上がる」。
「秋田県散歩」で久しぶりにこの言葉を聞いた。
八郎潟を訪ねた「寒風山の下」の節は、司馬氏らしいユーモアあふれる節だ。
「米作農家は、準公務員ではあるまいか」というつぶやき。
「昭和初年の小学生のなれのはてである私は、ついこの光景(コンバイン等の
大型機械による農耕)を見ると、理非曲直を超えて、頼もしく思い、誇らしく思う
気持ちをおさえきれない。
『もうこれで日本は、大丈夫だ』
という、理性をこえた気持ちといっていい」
昔、丸谷才一が司馬遼太郎の小説がどういったパーツで構成されているか分類して
要するに色々な種類の文章を集めてサンプリングの方法で小説を作っているって結論づけていた
丸谷才一がそのことを取り上げたのは自分自身が評価するモダニズム文学が多用する技法だからだな
司馬遼太郎の場合歴史家その他の学者として無理な評価をしようとするより現代の小説のジャンルで
なにをしたのかを考えた方が高い評価を下せるはずだな
>>849 現地に伝わる口碑を菅江真澄が書きとめただけで、違うんだろうけどな。
小山田庄左衛門のその後については、他にも三説ほどあるが、どれも
うそっぽい。
>>850 司馬に関する評論はあまり読んだことがないのだが、小説家なのに、小説家として評論
しようとする人が少ないのは不思議だよな。
>>850 登場人物をみても結構これはアレのパクリだなってのが出てくる
パクっちゃやーよ。
パスティーシュならば無問題か
>>826 こまかいけど原題は「おくのほそ道」な。
>>843 秋田でもこう呼ばれるということは、「おえ」は方言ではないんだな。
全国共通の年寄り言葉か?
【おえ】
〔「おおえ」「おええ」とも〕 民家における戸口わきの部屋。京都などでは台所、秋田などでは客間を指す。
土間から履物を脱いで「上(の畳の部屋)」へ上がれという意味だと思っていた。
「おえへ上がれ」という風にしか使っていなかったから。
>>852 昔からの私小説や左翼的思想重視の文学観ならマイナーな立ち位置だけど(だから大抵の評論家がうまく扱えない)
世界の文学の潮流から見たらむしろこっちが本流に近い
ただもちろん、作家として優れていることと正しいことは一緒じゃないし雑なところも多いわな
少し前の妖怪と箱根の坂の話で思ったんだけど時代作家はこれより昔は想像できないという範囲があることが
結構あるみたいだよな
吉村昭の場合は江戸時代後期以降じゃないと信頼できる記録がないと言って書かないし
松本清張も初期の頃は戦国物も書いているけど基本的に江戸後期以降、古代物もほとんどは現代からの視点で
推移するし、けっこうみんな頭の中で映像を思い浮かべながらじゃないと書けなかったのかも
全然説得力ねえ
ところで俺、事あるごとに司馬遼太郎に対してワケの分からんいちゃもんを
書き付けている縄田一男が大嫌いなんだけど
あいつがべた褒めして、その後大成した作家っているの?
ホント邪魔なボンクラだよな。いない方がいいヤツ
つーか縄田一男ってはじめて聞いた名だ。
これから売り出す無名の新人じゃあるまいし、「褒め」か「貶し」かは問題じゃないだろ
どう褒めるか、またはどう貶すか、が問題
で、いちゃもんが「ワケの分からん」ものだったのなら、スルーするが吉
最初からいちゃもんって決め付けるの?
>>868 脳内統計なのかなんだかわからなうけど、?となる意見が多いよな
「小説家として評論しようとする人が少ない」なんて、どんな評論読んでるんだろうと、
逆に聞きたくなるよね
そんなの読んでるのか、お前も暇だな
>>869 「ワケの分からんいちゃもん」を読み続けるお前に感心した。
俺はほめるにせよ貶めるにせよ、他人の書いた批評ってあまり興味がないな。
でも他人が何に興味を持っているのかには、一言言わずには済ませられないと
ここって小説を誉めたり、貶めたりして感想言うところだよな?
興味ないのに、なにしに来てるんだろう?
アホか
雑誌の時代小説の書評半分以上縄田がやってるし
司馬以外の時代小説の文庫解説ムチャクチャ書いている
いやでも目には入るだろ
で、読んでみると突然司馬遼太郎の悪口になる
知らんヤツは時代小説に興味ないんか?
書評は見ないな・・・文芸春秋とかか。
>>878 そう言われてもわからんな。評者の名前をいちいち見てないし
どんな悪口言ってるの?
時代小説の書評は連載はないかあっても俺は知らない
連休前の読書特集とか年末のベスト10でこいつが出てくる
ところでこいつ、よく山田風太郎と比べて司馬は明治を明るく書けるくらい
物の見る目の浅い作家だとか馬鹿にしているよ
基本的に左翼に都合のいい話を好むから山田風太郎みたいな日本人が愚劣だみたいな
話をする作家ばかりほめたたえる
池宮彰一郎の時は池宮は司馬の書いた本に立ち向かった勇者だ位に褒めてたけど
後で池宮の司馬に対する盗用がバレたな。評論家のくせに気づかなかったんだろうか
その後は当然頬被り
司馬遼太郎については対決するようなものを書けといいながら
隆慶一郎ブームの時は隆慶一郎みたいな小説を書けとうるさく言ってた
それで非定住民を登場させる小説をやたらと褒めてたけど今でもそいつら
全く名前を聞かないよな例えば安倍龍太郎とか。左翼によくいる二枚舌だな
簡単にまとめると時代小説って昔から吉川英治とか山岡荘八とか左翼に都合の悪い
作家が多いじゃない。そこを逆に左翼に都合のいい事を主張する世界に変えるつもりの
工作員だよ
司馬遼太郎ファンで今の時代小説に不満があるといいながら
縄田にむかつく人間がこんなにいないなんて信じられん
>>881 丁寧にどうも。その名前は記憶しておいて、どんなこと書いてるのかみることにするわ
俺は縄田って誰ってレベルだった
評論家で歴史に残った人はいないって言葉聞いたことあるけど
やっぱりたいした人じゃないんだろ?俺も見かけたら読んでみるけど
書評なんぞに一喜一憂している輩が、司馬の悪口レスに
反応してんだろうな。
いろんな意見があって当たり前なのに
その現実すら許容できんわけだ。
そうだろうね
>>884なんて最初から「評論家で歴史に残った人はいないって言葉聞いたことあるけど」
「やっぱりたいした人じゃないんだろ?」なんて反感たっぷりで冷静になれないんだなって思うわ
>>885 おれが縄田を嫌いなのは司馬を攻撃するからじゃなくて、時代小説が良くなるのに邪魔だからだ
左翼の工作員だって言ってるだろ
時代を象徴する作家だからある程度はやもうえないんだろうね。
松本清張も「砂の器」や「わるいやつら」など今でも度々ドラマ化されてるから
まだ消えてはいないんだろうけど、でもやっぱり60年代から80年代
初頭ぐらいの映画やドラマが一番しっくりくるね。
山田風太郎と司馬遼太郎の読者数が入れ替われば、日本はもっと愉快な国になるだろう 縄田一男
ググッたらでてきた
>>891 >史実に沿って人物を描くのでなく、歴史の間隙を縫って裏側から史観を照らし出すのが
>伝奇も含めた時代小説の魅力であり
これは結構共感できるな
坂雲読んだけど面白くなかったな。
3人主人公が作品を薄っぺらくしてる感じがしないでもない。
前半:秋山兄弟、正岡子規(客演:夏目漱石)
後半:児玉、乃木、ロジェストウェンスキー(客演:Th.ルーズベルト)
真の主役「明治日本」を描くのにこのトリプル主人公システムは必然でした
やっぱ真の主役はロジェだよな
現実世界で何度ああいう奴に出会ったか
>>860 幼児が座敷で走り回っていると、「おえで遊ばないで、外で遊べ」と叱られたな。
「民家における戸口わきの部屋」「台所」「客間」のような限定された場所ではなく、
屋外や土間に対する言葉として、座敷一般の意味で使われていたような気がする。
>>861 俺も、
「うえ(上)」が転訛して「おえ」と言っているとばかり思っていたよ。
グミってビービーのことだな。
グミとユスラウメを勘違いしている人もいるな。
ユスラウメを「いしらんめ」と呼んでいた人も多いんだな。嬉しかった。
>>898 司馬:「バラ科なのに、どこが茄子なんです」
ハマナス好きの藤谷氏にきいた。
藤谷:「実が梨の形に似ているからじゃないですか」
司馬:「すると浜梨」
藤谷:「そうです。東北の人が発音すると、浜ナス。いや、ホントです」
(この稿を書いていて、念のために『秋田・野の花山の花』という本のなかのハマナスの項を見た。
藤谷氏のいうとおり、別名ハマナシとあった)。
藤谷:「信用してもらえなかったんですね?」
>>900 大館は、安藤昌益の出身地であるだけでなく、小林多喜二の出身地でもあるのだが、
司馬は、安藤昌益を“天才”と絶賛しているわりには、小林多喜二については一言も触れていない。
その代わり、次のように述べている。
(狩野享吉は、)階級としては農民の出で、しかも武士を不耕の者としてののしった昌益に、
高度の武士を見出しているのである。・・・・・・昌益には武士のゆかしさがあると、というのである。
享吉が、大正・昭和初期の左翼運動家の非武士的な言動をひどくいやしんでいた形跡が、
前後の文章に出ている。
>>894 今回のドラマ化がきっかけで読んだ人?
今の人には受けないのかなあ・・
俺は子規の話がどうもなじめず
日露戦争が始まってから面白くなった。もうちょい年とれば面白く感じるのかな
坂雲のドラマ、つまらんな。
やっぱり本のほうが面白い。
>>908 人それぞれだと思うが、いろいろな本を読んだ後だと人物を書けてないのがどうもね
サラリーマン処世を感じさせる登場人物は多いけど、ホントの意味では人に興味ないんだろうなあと感じる
海軍の軍服姿を改めて見ると本木は鳩胸なんだな
ピンク春日みたいだった
>>909 >・今日の北海道新聞の読書欄に作家の佐々木譲のエッセイが載っていて、タイトルが「「山田風太郎史観」に立つ」。
>小渕首相や橋本前首相が司馬遼太郎の小説やエッセイを引き合いに出すことから始めて「司馬史観」の底抜けの楽天性を批判。
>自分は「山田風太郎史観」に立つとした上で、縄田一男が最近、雑誌に書いたという「司馬遼太郎作品の読者数と山田風太郎作品の
>読者数が逆転すれば、日本も変わるであろう」という一文を引用。まちがっても、自分は橋本氏や小渕氏に愛読されない作品を書いてゆこう、と結ぶ。
>・風太郎の歴史観を司馬遼太郎と歴史観と対置させるのは別に珍しくないけど、国民作家司馬遼太郎の史観を質的量的に
>凌駕しうる存在とした佐々木、縄田両氏はよくぞ言いにけり。読者数が逆転したときに日本はどう変わるのか。少し怖いような気もする。
これか?山田風太郎は読んだこと無いからなんとも言えんな
バジリスクが面白かったから今度読んでみるか
>>913 バジリスクの原作の甲賀忍法帖が一番いいけどそれ以外なら「魔界転生」か「忍びの卍」
後はミステリーの「明治断頭台」か
司馬とよく関係づけられるのが一般に明治物と言われる「警視庁草子」とか
「妖説太閤記」あたりかな
でもこの記事よく読むと佐々木譲の発言もアホかと。「司馬史観の無限の楽天性」って
なんじゃそりゃ。あんまり他の作家の悪口いうと荒れるかもしれないんでやめとくけど
バカはほっとけ、バカを相手にしてると自分のレベルがそいつの所まで下がっちまうぞ
山田風太郎なら「黒塚」が面白かったぞ
>>907 庶民代表の三人の話から始まって、徐々に歴史上著名な政治家や軍人の話題
に移っていくところなどはゾクゾクしたけどね。とくに余談でロシアの歴史をまとめて
語ったところは圧巻だった。
山田風太郎ならエッチなVシネマにwktkしたもんだなあ。
小説には移行しなかったがたまには読んでみるか。
坂雲は小説というよりも、司馬さんの講義を聞いてるような作品だった。
空海の風景もそんな感じだったな。
読後の印象として、坂雲は明治という時代の気分を展望する作品であった。
そのことは成功していると思うが、小説としては面白く読めない感じだった。
小説には小説という概念がある、小説の概念にあてはめて小説を書くのは
概念の奴隷になることであり、こんなつまらぬことはない、せっかく小説を
書くうえは概念から自由になるべきだという自己流の弁解を自分にほどこし、
やっと書き続ける勇気を得た。 昭和44年12月 司馬遼太郎
>>912 風呂のシーンで裸を見たが、胸の筋肉はムキムキ
>>922 司馬は、「草原の記」の中で、自分はこの作品を小説だと思っていると書いているからな。
>>917 飛騨紀行は、今昔物語や万葉集の引用から始まる導入部が素晴らしいな。
左官が律令時代の官職である「属(さかん)」の洒落であるという叙述も、なるほどと思った。
>>926 むかしの時代劇には、左甚五郎がしょっちゅう登場していたな。
子供でも知らず知らずの間に名前を覚えていた。
猿飛佐助クラスの有名人だったが、最近はさすがにあまり出てこないね。
>>911 司馬が書いているのは社会人ばかりだから。俺は、反対に、鬱病ひきこもりを描いたような
小説なんぞ読みたいとは思わない。
↑高杉良でも読んでろカス
NGワードがおっつかんから、他の作家・評論家の名前を書くのは、けっこう。
けっこうけだらけねこはいだらけ↑
>>911 「ホントの意味で人に興味ある小説家」ってどんな登場人物をどんな風に描くんだろう?
・・・参考に聞かせてくれないか。
とんかつ、そば、カレーライスを食っていればいいんだよ。ややこしいものを食うな。
>>938 司馬遼太郎も飛騨紀行の中で自白しているけれども、信長公記の記述を鵜呑みにして、
「姉小路頼綱」が三木自綱の自作自演であることに気づいていなかったみたいだね。
歴史地図などでも、飛騨の国主は、金森以前は「姉小路」となっているものが多い。
俺も、てっきり国司姉小路家が戦国時代まで続いていたのかと思っていた。
ちなみに、三木自綱(姉小路頼綱)の妻は斎藤道三の娘らしい。
三木自綱は飛騨紀行でボロクソにけなされているが、司馬さん自身が三木自綱の
自作自演に騙されていたから、気分が悪かったんですね?
942 :
無名草子さん:2009/12/07(月) 15:48:34
律さんは ほんまに淳さんを好きだったんですか?
>>939 「朴葉」をネブカというのではなく、あくまでネギをネブカと言うということだろう。
ネギをネブカというのは飛騨地方に限られたことではない。俺だって、ネブカという。
飛騨の朴葉焼きの材料は、むかしはネギと味噌だけだったんだろうな。
それじゃあ観光客から高いカネを取れないから、戦後になって牛肉などを使うようになった。
そういうことだろう。
↑芥川読めやボケ
945 :
944:2009/12/07(月) 15:51:09
Orz
>>942 よう知らんが、好きだということにした方がドラマになる。
醜男とブスが芝居をするより、美男美女が芝居をした方が大衆ウケがよいのといっしょ。
>>936 観光客の中には、飛騨高山の名物料理として「朴葉味噌」のほかに「ねぶか味噌」
があると思っている人もいるな。だから、朴葉をねぶかと読む飛騨人はいないはずだ。
しかしながら、二つの料理が併行して発展してきたのではなく、
>>943の言うように、
もともと「ねぶか味噌」だったものに、牛肉等の高級食材を加えるようになって、ネギの
存在感が薄らいだ。そこで、商品名としては「朴葉味噌」が適当だということになったの
だろう。
ところが、飽食の日本人が増えてきた。オリジナルな郷土の味を求める人々の声が、
「ねぶか味噌」を復活させたのではないか?両者は同根の料理だ。
司馬が「ねぎが美味かった」「肉が美味かった」と書いておけば問題が生じなかったんだよな。
描写が浅いんだよ。
確かに坂の上の雲に関しては時事解説みたいなものが多くてテンポが悪く感じるけど
それも仕方ないんじゃないの
自分も戦後教育を受けてて明治時代(特に戦争)には悪いイメージしかなかったし、映画やテレビの人気
シリーズで登場するでもなし、坂の上の雲はなかなか手に取りづらかった
特に若い読み手にプラスの印象がないところから始めなくちゃならないから、正岡子規の話とか色々な脇道に
逸れながら段々明治時代も真っ暗ではなかったし、その時代の戦争もただの侵略戦争じゃなかったみたいな
話を読者の耳に素直に入るように気分をくつろがせて、やっと本格的に日露戦争の話を始めなきゃならなかった
なんせ当時の学校教育にもマスコミの論調にも研究者の主流派にも歯向かう様な話を書くんだから説明で多少
もたつくのはしょうがない
今思うとドンキホーテのような立場で小説を書いてたんだな
朴葉味噌はネギだけでなくバターを入れて焼いても美味いぞ
銀杏とかあいそうだな
椎茸もあうぞ、朴葉味噌
>>950 産経だかサンケイだかに連載されたというが
キノコはなんでも合うだろうな
>>956 知らん食ったことない
あと、牛肉より豚や猪の方がいいな
旅行行ってあまり消化に悪い物は食いたくない
958 :
無名草子さん:2009/12/07(月) 18:06:08
サンケイ以外発表出来なかったろうな
まあなんか裏がありそうな気もするけど
香り松茸、味しめじ
>>950 70年代ぐらいまでの日本がちょっと異様だった。
いまじゃ右翼に叩かれている坂の上の雲が、右翼的wだったんだから。
一般人はそうでもなかったが、言論界の大勢が左翼的だったから。
それに第二次大戦で直接・間接に被害を被っていた国民も多いから、
そういう言論をまっこうから否定することを遠慮する空気が強かったし。
実際に家族を戦争で失った人の発言って、頭から否定できない空気って
あるからね。
この前福田和也と坪内祐三の対談で日本海海戦の所は小説として破綻している
みたいなことを福田が言ってたけど、あそこも結局時代小説で普段扱わない様な
内容だし自分自身も始めて書く分野なんだからグダグダが多くても仕方がない
見本もなくて本人が手慣れていない内容の文章はどうしてもアラが目立つ
>>24 阿倍晴道は念閑を花ノ御所へ侵入させるためにだけ登場したキャラだから、
ほんと不要だったね。次から次へ幻術師が登場してきて、序盤はわけのわからん
展開だったね。
>>962 作者が生きている間は破綻していなかったのかね?
>>962 志を同じくして、それでいて「破綻のない」小説が陸続と発表されれば、
坂も過去の歴史的作品の座に納まる日が来るのだろうけど、
現実にそのようなことにはなっておらず、
しかも今なお司馬の志に惹かれる読者は多数いるわけだから、
「小説として」破綻していても、いいのである
>小説として破綻している
んだから生きてる間も何も発表した瞬間から破綻(バランスが悪い
他の部分対して分離した印象を受ける)しているよ
後は、
>>965と大体同じ感想だな
年をとると、揚げ物は胃にもたれる。
一時期そばにこだわっていたのも、胃腸のためだったか。
そういや天麩羅そばを注文した形跡はない。
>>938 松倉山への登山の箇所を読んでいると、司馬さんはホント体力ないわ。
それにひきかえ80歳の須田さんは健脚。
昨日の「坂の上の雲」の淳さんとのぼさんを見ているようだ。
>>963 「妖怪」もだけど「坂の上の雲」連載時の年譜を見るとホント殺人的
スケジュールだな。とてもオリジナルのストーリーを考える余裕が
なかったんじゃないの?
>>972 新聞社を退社してから「坂の上の雲」あたりまでのスケジュールを見ていると、
ほんとうに驚くよ。長篇連載5本に加えて、毎月のように短篇数本。
ほかに評論なども書いているから、よくやれたもんだと思う。
>>973 飛騨紀行の本文で述べられているのは、下の画像の方だね。
屋根の勾配が緩く、タテ・ヨコにたくさん柱が入っている。
>>976 模造品だから形状は似ているでしょうw
色合いが全然違うw
飛騨紀行は、普通の紀行文っぽい。
>>938 江戸期の大名の三代目、四代目あたりになると、ネットでも肖像を拾いにくくなるな。
墓やその人にちなんだ建物の画像はけっこうあるんだけど。
金森宗和の画像は、長近と混同しているものが多くて、どっちがどっちだか
わからんかった。
>>940 三木自綱で検索するより、姉小路頼綱で検索した方が、たくさんヒットするね。
>>978 素直に渓谷や樹木の景色を喜んでいる紀行は珍しいよね。
ホテルのみやげ物売り場をくさしているのは、いつもの司馬さんらしかったが。
次スレ立ててくる
殉死のことを書くと荒れるのかな?
俺は先に歳月を読む。そういう順番なんだ。
歳月は司馬作品群の層の厚さと考えるべきなのか、翔ぶがごとくの習作とみるべきなのか?
989 :
985:2009/12/07(月) 20:15:10
ダメだった
誰か頼む
よろしければ↓お使いください
私自身の雑駁な事情でいえば、私は空海全集を読んでいる
同時期に、『坂の上の雲』という作品の下調べに熱中していた。
この日本の明治期の事象をあつかった作品はどうにもならぬほどに
具体的世界のもので、具体的な事物や日時、具体的な状況、あるいは
条件を一つでも外しては積木そのものが崩れてしまうといったような
作業で、調べてゆくとおもしろくはあったが、しかし具体的事象や
事物との鼻のつきあわせというのはときに索然としてきて、
形而上的なもの、あるいは真実という本来大ウソであるかもしれない
きわどいものへのあこがれや渇きが昂じてきて、やりきれなくなった。
そのことは、空海全集を読むことで癒された。
『空海の風景』「あとがき」より
司馬遼太郎をあれこれ語る 25巻目
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1256573592/
>>986 荒れるかもしれないけど、別に書き込んでいいんじゃない
>>989 これより帰宅だ。明日、チャレンジしてみる。
飛騨とか聞くと南條範夫を思い出す
最近本屋に置いてないな
殉死はいわゆる威力偵察ってヤツだな
先にトラブルになりそうなネタを書いて様子を見る
それを坂の上の雲の時にフィードバックさせる
991の人、ホントに仕事しながら書き込みしてんだね
ほとんど意味不明の画像リンクをかいくぐって読むのが凄く疲れる
今のところトンカツ定食と天麩羅ソバは食べられるけど
カツ丼は嫌いになった
ウメ
タケ
司馬作品ってマジつまんね。
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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。