>>415 ほほう、俺が列挙したことはみんな嘘で、佐藤はそんなこと書いてなかったでも?
嘘だと思うなら「潮」08年7月号を読んでみなさい。
ついでだから原文をかいつまんでうpしてさしあげよう。
考えてみれば、両国間が困難な状況に陥った時、突破口を作ったのはいつも池田会長であり、
創価学会であった。(P205)
この訪ソ(引用者注:74年の池田大作訪ソ)ではその他にも大きな業績を残したことが、二〇〇七年
十月に潮出版社から上梓された評伝『池田大作の軌跡』第二巻の「第五章ロシア 共産主義の
大国が驚いた外交戦」を読むとわかる。(P206)
ソ連が国内における信教の自由を認める道筋を作る際、宗教に対する根強い偏見もあっただろうが、
創価学会の存在がその偏見を取り除く一助になったのだと思う。文化・教育という地道な交流が
ソ連に安心感を与えていたのではないかと思われる(P207)
日本の中で、社会的に抑圧されている層を解放し、結集して社会問題に取り組んでいったのは誰なのか。
どの組織なのか。ソ連が調べてみると、池田会長と創価学会の存在が浮かび上がってきた。
創価学会は本来日本共産党がまとめるべき層をきちんと組織していて、かつ銭金をせびらない。
逆に文化事業においては逆に金を持ち出しにするほどである。(P208 なお、「逆に」の重複は原文ママ)