それはそうだが、その結果、楊令は皆殺しの成功者、岳飛は失敗者ということになり、その後、
二人が梁山泊領内で会話を交わした際、岳飛が楊令にひれ伏すような展開になっている。
あるいは、軻輔が言ったとおり、この物語の中では、幻王の皆殺しは本当の皆殺しではなく、
「皆殺しをしたつもりになっていただけ」ということにされたのかもしれない。
しかし軻輔が語っていた内容は、軻輔の主観的な意見にすぎず、それが物語に登場する
登場人物全員の客観的な共通の認識になるということはありえない。
どうも作者は、幻王の殺戮・略奪を、この物語の中から抹殺したいようなのだが、それは
できない。第1巻開始早々の最も目立つ重要エピソードである。あの事実を物語の中から
消滅させるには、事実を最もよく知る当事者である楊令自身が語る必要があるのではないか。
それも、焼討ちではないから本当の皆殺しではない、といった風の支離滅裂な論理を用いず、
実は、生女真である黒騎兵の兵士たちが、仇敵である熟女真を見て激昂して、楊令が抑止
できないほどに大暴れした。その現場にはカク瑾も耶律越里もおらず、楊令だけが見聞した。
楊令は、生女真の兵たちの乱暴狼藉の罪を一身にかぶるために、彼らを庇い、自分の命令で
行わせたのだとの悪い噂を流したとするしかあるまい。悪い噂そのものは、他の民を震え上がらせる効果がある。
リーダーの果断な決断力と情操の欠如との混同によって混乱しきっている楊令伝を救済するには、それ以外の方法はない。