呉智英18

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401無名草子さん
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/179062/

【コラム・断】法律という悪

 裁判員制度の実施を来年に控え、裁判や法律を巡る議論が盛んだ。
裁判員になると仕事に差し支えるとか守秘義務がわずらわしいとかいったソボクな庶民的感情論が多いが、
国家、法律、道徳、国民の義務にまで踏み込んだ根元的な議論もなされてしかるべきだろう。
ここでは法律と道徳について考えてみよう。九日の朝日新聞でこんなことを知ったからだ。

 《経済評論家の植草一秀・元教授が「サンデー毎日」に「セクハラ癖があることは業界では有名」と
書かれたことについて、名誉棄損だとして一千百万円の損害賠償を求めていた裁判で、
東京地裁は「セクハラ癖があることは真実」と認めたが、
「業界では有名」という部分については名誉棄損だとして三十三万円の賠償金を命じた》

 これを読んで、「サンデー毎日」はけしからん、なんてひどい雑誌だ、人の名誉を傷つけやがって−
と思う人が、日本中に一体何人いるだろうか。
むしろ植草元教授に顔をしかめ「サン毎」に同情する人がほとんどだろう。
それでもこれは民事訴訟だから「サン毎」が三十三万円払うだけでよい(平均的サラリーマンの月給分だが)。
もし植草元教授が刑事告発したらどうなるか。
「サン毎」の編集長と記者は、最悪で懲役三年の刑に処せられることになる。
それで何の問題もないのが法治主義・法治国家である。
法律はなぜ悪の味方をするのだろう。道徳と法律が戦ったらどちらが強いのだろう。
法治国家日本の学校でどうやって道徳教育をすることが可能なのだろう。

(評論家 呉智英)