【本村洋】天国からのラブレター16【新潮社】

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8無名草子さん
「天国からのラブレター」39〜41ページより

私は18歳の時に弥生と出会いました。私の住まいも、当時通っていた
北九州高専も小倉南区内でしたが、弥生が通う福岡工業短大は福岡市
郊外にありました。しかも、同じ北九州市でも門司に自宅がある彼女
は、いつも電車で小倉駅を素通りし、その先の福岡市内まで約1時間
半も掛けて通学していたのです。そんな2人は平成6年10月中旬、小
倉の居酒屋で開かれた”合コン”の席ではじめて会いました。弥生が女
友達に誘われて、そのコンパに参加していたのです。男女5対5で、
男性陣は高専のクラスメイト。女性陣は代理高校の同窓生つながりです。
しかも、その合コンに来ていた弥生の親友(中原さん=なか)と私は、
しばらく前からの顔なじみでしたので、コンパで座った私の席は2人
の隣になりました。蓋を開けてみれば、私と中原さんは、その合コ
ンをきっかけに交際を始めてしまったのです。コンパであった時の第
一印象では、断然、弥生のほうが私の好みのタイプだったのですが、
彼女にはその当時、親しく付き合っている男性がいると思いこんでし
まって、私は弥生を諦め、中原さんと付き合うようになったわけです。
高校時代からの親友だった弥生と中原さんでしたが、それ以来、弥生
ともすっかり意気投合してしまった私は、何かあると2人の仲間に入
れてもらうようになり……結局は3人で酒を飲んだり、ゲームに興じ
たりすることも度々となりました。
女同士とはいえ、2人はまるで漫才コンビのように面白い友達でした。
そこに、私が新たに加わっても遠慮はありません。中原さんがボケて、
弥生がツッこむといったパターンがしっかりできていました。それは
実に楽しい一時で、私達はいつも明るくキャーッ、キャーッとはしゃ
ぎあっていました。
9無名草子さん:2008/04/24(木) 10:15:06
思えば3人ともまだ18歳で、本当に他愛のない恋愛ごっこをしていた
のです。当時の私なんかいっぱしの大人ぶって、彼女達の前でカクテ
ルなど飲んでみせてはいましたが、本当は、酒の味なんか全然分か
っていなかったのです。
しかし、男女三人のこんな楽しい友人関係が崩れたのは、平成6年の
11月27日のことでした。その夜は、近くのコンビニでしこたま酒やツ
マミを買い込んで近所の弥生の家に押しかけ、3人で飲み会をやった
のです。ところが、しばらくすると中原さんが酔いつぶれて眠ってし
まい、いつの間にか弥生と私は面と向かい合って酒を飲み、話に興じ
ていたのです。そのうち、私は酒の勢いもあって、
「実は最初に会った時から、弥生が好きだった」
と、自分の気持ちを正直に告白してしまいました。すると弥生も、
「私も、ずっと好意を持っていたんだけど……」
と応じてくれたのです。これはショックでした。弥生に好きな男性が
いるものと思い込んでいた私は、勝手に弥生との距離を置き、その空
白を中原さんで埋めていたことになるわけです。
しかし、弥生の本心を知ったその時は、喜びで胸が一杯になりました。

10スリリングな夜:2008/04/24(木) 10:18:24
高ぶる感情を抑えられなくなり、思わず弥生を抱き寄せて、キスをし
てしまいました。

それまで私の交際相手であった中原さんは、すぐ横で寝入っています。
しかも、彼女は、弥生のとっては一番の親友です。私も弥生も罪の意識
を感じなかったわけではありませんが、その時は夢中で、何度も甘いキスを交わしました。

今、思い返しても実に ス リ リ ン グ な 夜 でした。

そして私と弥生にとっては、それこそ運命的な一刻だったのです。
11無名草子さん:2008/04/24(木) 10:21:14
その日から、私は中原さんと距離を置くようになりました。異
変に気づいた彼女は、私の変わりようを弥生に相談しました。弥生は
答えようがなかったと思いますが、何とかその場を取り繕っていた
ようです。しかし、そんなアイマイな態度をとりつづけるわけに
はいきません。1週間後、私と弥生は勇気を奮って、中原さんに正直
な気持ちを打ち明け、謝りました。そして、私達2人はオープンな交
際を始めたのです。それは平成6年12月3日のことで、今でもよく記
憶しています。
弥生の私宛の手紙は、その3日後から始まりました。
「天国からのラブレター」107〜108ページより

きのう由佳里よりスゴイことを聞いた。去年の7月頃、なかが
けいchanとまきchanと、しほchanと一緒にのみに言った時の
ことらしいんだけど、私と洋の文句を言いながら飲んでたらしく
て、メチャクチャ酒を飲んで、だんだん目がすわってきて、様子
がおかしくなってきたんで、けいchan達は「もう飲ませんほう
がいいね」とか言っていたら、店員さんが「救急車、呼びましょう
か?」って言って、なかは救急車で運ばれていたらしい。なかの方は
と言えば、記憶ナシの状態で、目が覚めたら、朝、病院にいたら
しい。
7月っていったら、もう洋と付き合って、ずいぶんたった時のことな
ので、改めて怖いなと思う。きっと、けいchan達や、ゆか、雅美
ちゃんには、自分の非は言わずに、私と洋の文句ばかり言って
るんだろうね。

「彼を取られたほうにも悪いとこはあるのにね。」

それに高原くんの話はするのに、モッチンの話になるとイヤな顔して、自己中よ。

時々文句言いたくなる時ある。でもなかちゃんは自分の悪いと
こ認めんよね」と由佳里が言ってた。由佳里は本当に第三者の目
から、あのことを見てくれているので、すごく嬉しく思った。
「天国からのラブレター」94ページより

手紙を書き始めてから、1時間が過ぎた。時が過ぎるのは本当に
早いね。今日はエリザベス女王杯だ。絶対に大穴が来る。大金持
ちになってやる。……それはそうと、木曜日、酔っぱらっちゃっ
たね。弥生、酔うと甘えだしたり、泣きだしたりして大忙しだ。
でも、それがとっても可愛い。「守ってあげなければ」と、い
つも思う。
門司港駅から家に帰る途中で、弥生が「私の大事な人、みーんな
どっかに行く」って泣き出した時、すごく弥生が好きだと思った。
俺のために弥生、いっぱい友達なくして、つらい思いをして、そ
れでも、俺と付き合ってくれる。だから余計に「弥生を幸せにして
あげよう、大事にしよう」って思う。


14元親友であり良き人格者を罵倒:2008/04/24(木) 10:43:33
「天国からのラブレター」168ページより

2年なんてアッと言う間だったね。ゆかや由佳里、雅美ちゃんと
は、前と同じように、遊んだりするようになったけど、なかとは結
局、戻らずじまい。当たり障りのないように、言葉を選んで離すの
も疲れちゃったし。私となかの間で、洋の話を避けてしまうよう
になった時から、駄目なんだって思う。
もう無理して話すの疲れた。もう 2 年 も 前 の 話 だし、

私 と 洋 が 全 て 悪 い わ け じゃないのこだわっている方がおかしいさ。
プンプン。
「天国からのラブレター」102ページより

弥生は就職するまで、コンビニでバイトをしてました。そしてその
頃の弥生は、とにかく、よくモテたようでした。

なんと常に4〜5人の男性に交際を申し込まれていたそうです。

私は少し心配でしたが、心から弥生を信用していたし、それに自分の恋人が
モテるのも悪い気はしませんでしたから、その件では特に何も言いませんでし
た。
しかし弥生はそんな私が不満だったようで、「全然ヤキモチ焼いてくれないのは、
私を愛していないからでしょう?」なんて、カラんでくるのでした。

オンナって、ホント難しい生き物ですよね。
「天国からのラブレター」141〜142ページより

前に他の男性からデートを申し込まれた話を書いていましたが、本
気で心配させられたことがありました。

ある夜、弥生がバイトを終える時間を計って家に電話を入れたのですが、
出ませんでした。翌日、どうしたのかと思って再度、電話を入れたら、

「交 際 し て く れ っ て い う 男 の 人 が 、 車 で 家 に送 っ てく れ る

って言うから送ってもらったの。

そ の つ い で に ド ラ イ ブ に 付 き 合 わ さ れ た ので、帰宅が遅く
なってしまったの。ごめんね」

と、気軽に言うのです。
さすがの私も本気で怒った記憶があります。

「俺の気持ちを知りながら、知らない男の車に乗るとはどういうこ
となんだ!」という筋の通った怒りでした。

が、しつこく怒っているうちに、今度は弥生のほうが逆ギレして
しまいました。

で、「そ ん な に 言 う な ら 自 分 で 迎 え に 来 い。
だいいち、洋 の 存 在 が 薄 い か ら、私がい ろ ん な 男 の 人 に声を
掛けられるんじゃないのよ!」と言うのですからね。

呆 れ て 物 が 言 え ま せ ん でした。

が、結 局 は この喧嘩私が負けて、いつもの降伏の印でもある
「ア・イ・シ・テ・ル」サインを送ったのは私のほうでした。
「天国からのラブレター」37〜38ページより

女性は襲われたとき、自分の命を守るために、凌辱に甘んじてしま
うことがあると何かで読んだことがあります。「激しく抵抗し続け
て殺されるくらいなら……」と頭で考えて抵抗を止めてしまうので
はなく、死への本能的な恐怖かが抵抗をやめさせるらしいのです。
しかし、死への本能的な恐怖すら乗り越えて、弥生は激しい抵抗を
止めなかった。最後の最後まで凄絶に拒否し続けた……。そして、
その懸命の拒絶によって命を失ってしまった。
弥生は私を心から愛してくれていました。だからこそ、犯人に対し
て最後まで必死に抵抗したのに違いありません。弥生は私以外の男
に体を汚されることを、命を賭して拒絶したのです。最後まで、私
への愛を貫く道を選んでくれたのです。たとえ自分の命を落とすこ
とになっても、必死で弥生は抵抗し続けたのです。
妻はそういう潔癖な女性でした。私はそんな弥生を、今でも誇りに
思って生きています。そして、これからもずっと……弥生と夕夏を
永遠に愛しつづけて生きていこうと誓っています。

※ちなみに死姦は刑法では条文がありません。 
「天国からのラブレター」92〜93ページより

来年3月の短大卒業を前に、弥生の就職が(株)クボタにほぼ内定
したのは、この年の10月のことでした。2人とも一歩一歩、オトナ
の世界に足を踏み入れていった頃だった。
ところで、ここに登場する″ボビー≠ニは、弥生がお気に入りの熊
のぬいぐるみのことで、この熊のぬいぐるみを買った時のことは今も
でも忘れられません。
その店では、ちょうど歳末セールが終わった後でしたが、人形売場
にポツンと売れ残っていたのが成猫ぐらいの大きさの、その熊のぬ
いぐるみだったのです。
そして、私達がその前まで来た時、弥生は急に足を止めて、「あの
子が私を呼んでる」と言うのです。目は熊のぬいぐるみに注いだま
までした。まるで神がかりです。「俺には何も聞こえないけどな」
と当然のことを言っても、「私には聞こえるの。独りで可哀相」と
言う。……そんなこと、とても信じる気にもなりませんから、私は
笑って「行くよ」と弥生を促したのですが、「イヤ!」と彼女は強
く言い張ります。しかもその顔を見ると、本当に泣いているのです
からビックリしました。それで、「じゃ、買えば……」と私も同意
しました。
19その後の対応も間抜けな洋:2008/04/24(木) 19:22:55
すると、「ぬいぐるみ買うと、口紅が買えなくなる」というのが弥
生の答えです。そして、泣きベソをかきながら、「どっちも欲しい」
とダダをこねるのです。これでは「じゃ、俺が買ってやるよ」と言
うしかありません。で、そう言った途端に、弥生は「洋、大好き」
と私に抱きついてきて、大勢の買い物客の前でキスを振る舞ってく
れました。よほど嬉しかったのでしょうね。
そのぬいぐるみに″ボビー≠ニいう名前を付けました。弥生に言わ
せると、それはオス熊だからということです。その日からずっと、
弥生は「寂しい時はボビーを抱いて寝るの」と大切にし、かわいが
っていましたから、買ってやった私も満足しました(この手紙をみ
ると私がゲームセンターのUFOキャッチャーで獲得したバルタン
星人に少し浮気していた時期もあったようですが)。
でもあの時、どうしてあんなに熊のぬいぐるみを欲しがったのか、
本当の理由はわからないままでした。私も気になったので、後で、
改めて聞いてみたのですが、弥生は「洋に似てたからかなー」なん
て言うばかりだったのです。
今の私はちょうど、人形売場でポツンと独り座っていた時の、あの
ボビーに似ている気がします。ただ、弥生は永遠に私を買いに来て
はしませんが……。
「天国からのラブレター」199ページより

2人だけとはいえ、すでに将来を誓い合った私達でしたが、
その力関係からいけば、断然、弥生の方が上でした。例えば、
たまに会って買い物などに行けば、その時の私は荷物持ちと
イエスマンに徹することになっています。「この服、似合うかな?」
「この靴、可愛くないね?」などと売り場で質問されると、
私はただ、「そうだね」と条件反射的に答えるしかないイエスマン
でした。でも、最初からそうだったのではないんですよ、
この私だって…。一緒に買い物に行くようになった当初は、
弥生に質問されたり、意見を求められれば、私だって真剣に考えて
自分なりの答えを出し、アドバイスめいたことも言っていたのですが
……その意見が一度も通ったことがありません。やがて
イヤでもその理由を分からせられて、私は口を閉ざすしかなくなって
しまったのです。
要するに「洋はセンスが無い」というわけです。例えば2着の服が
あって「どっちがいいかなあ?」って弥生に問われた私が「どっちでも
いいじゃない」と答えたりすると、「ふーん、どうでもいいんだ、洋は」
と、こう突っ込まれます。で、「じゃこっちにしたら」と言いなおすと、
今度は「私はそれじゃなくて、こっちが気に入っているのよ」と
ピシャリと撥ねつけられてしまうのでした。そんな事が重なって、私は
とうとう弥生のイエスマンになってしまったのです。
当時の私は、「どうせ俺の意見を取らないんだから、最初から聞かなきゃ
いいのに」と、いつも思っていました。しかし、弥生にとっては、
側にいる私に聞くだけでも楽しかったようでした。そのとど、やり込め
られる男にとっては、決して理解できない楽しみでしたけどね。