【本村洋】天国からのラブレター16【新潮社】

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「天国からのラブレター」199ページより

2人だけとはいえ、すでに将来を誓い合った私達でしたが、
その力関係からいけば、断然、弥生の方が上でした。例えば、
たまに会って買い物などに行けば、その時の私は荷物持ちと
イエスマンに徹することになっています。「この服、似合うかな?」
「この靴、可愛くないね?」などと売り場で質問されると、
私はただ、「そうだね」と条件反射的に答えるしかないイエスマン
でした。でも、最初からそうだったのではないんですよ、
この私だって…。一緒に買い物に行くようになった当初は、
弥生に質問されたり、意見を求められれば、私だって真剣に考えて
自分なりの答えを出し、アドバイスめいたことも言っていたのですが
……その意見が一度も通ったことがありません。やがて
イヤでもその理由を分からせられて、私は口を閉ざすしかなくなって
しまったのです。
要するに「洋はセンスが無い」というわけです。例えば2着の服が
あって「どっちがいいかなあ?」って弥生に問われた私が「どっちでも
いいじゃない」と答えたりすると、「ふーん、どうでもいいんだ、洋は」
と、こう突っ込まれます。で、「じゃこっちにしたら」と言いなおすと、
今度は「私はそれじゃなくて、こっちが気に入っているのよ」と
ピシャリと撥ねつけられてしまうのでした。そんな事が重なって、私は
とうとう弥生のイエスマンになってしまったのです。
当時の私は、「どうせ俺の意見を取らないんだから、最初から聞かなきゃ
いいのに」と、いつも思っていました。しかし、弥生にとっては、
側にいる私に聞くだけでも楽しかったようでした。そのとど、やり込め
られる男にとっては、決して理解できない楽しみでしたけどね。