【本村洋】天国からのラブレター16【新潮社】

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「天国からのラブレター」92〜93ページより

来年3月の短大卒業を前に、弥生の就職が(株)クボタにほぼ内定
したのは、この年の10月のことでした。2人とも一歩一歩、オトナ
の世界に足を踏み入れていった頃だった。
ところで、ここに登場する″ボビー≠ニは、弥生がお気に入りの熊
のぬいぐるみのことで、この熊のぬいぐるみを買った時のことは今も
でも忘れられません。
その店では、ちょうど歳末セールが終わった後でしたが、人形売場
にポツンと売れ残っていたのが成猫ぐらいの大きさの、その熊のぬ
いぐるみだったのです。
そして、私達がその前まで来た時、弥生は急に足を止めて、「あの
子が私を呼んでる」と言うのです。目は熊のぬいぐるみに注いだま
までした。まるで神がかりです。「俺には何も聞こえないけどな」
と当然のことを言っても、「私には聞こえるの。独りで可哀相」と
言う。……そんなこと、とても信じる気にもなりませんから、私は
笑って「行くよ」と弥生を促したのですが、「イヤ!」と彼女は強
く言い張ります。しかもその顔を見ると、本当に泣いているのです
からビックリしました。それで、「じゃ、買えば……」と私も同意
しました。