福田恒存「売文業者をたしなめる」(「問い質したき事ども」1981年 新潮社)
p.184〜185
最近の渡部氏のやっつけ仕事は目に余るものがあり、刀汚しと承知の上で、
いづれその公害除去に乗出すつもりだが、ここではただ一言、渡部氏に言っておく。
なぜあなたは保守と革新といふ出来合いの観念でしかものを考へられないのか、
右なら味方、左なら敵といふ考え方しか出来ないのか、その点、吾々を
保守反動と見なす左翼と何処も違いはしない。少なくとも私にとって、
そういふ左翼と、左翼とあらば頭から敵視するあなたとは、所詮は一つ
穴の狢であり (中略)
あなたは、カトリックを自称しながら、左右の空間を超え、過去と未来の
時間を超え、その横軸に交わる縦軸が全く見えてないらしい。
あなたは生と死が向き合い、心と物とが出会ふ一人の人間の生き方が全く
解ってゐない。さういふ人間が、国家や国防を論じ、歴史や知的生活の方法
を語り、ジャパン・アズ・ナンバー・ワンなどといふ夢で国粋主義者の顔を
くすぐる。あなたの正体は共産主義者と同じで、人間の不幸はすべて金で
解決出来ると一途に思詰めてゐる夜郎自大の成り上がり者にすげむではないか。