【動く標的】大藪春彦の本について語る3

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138書斎魔神 ◆qGkOQLdVas
大藪氏の作品には、半島からの引揚げ体験で醸成された暗い情念の発露が、
アクション主眼の娯楽作品にもかいま見られることが多い。
「裁くのは俺だ」の主人公毒島の過去など作者の体験が投影された部分もあるのか、
凄まじいものである。
これに対して、大藪作品中でも著名、かつ、長期のシリーズものである
西城のハンター・シリーズには、
この暗い情念の発露を見て取ることが出来ない。
リベンジャーものの主人公とは異なり、西城自身が、ほとんど過去無き男のような
描かれ方だし、
「西城は三十五歳。シャープな顔に目も鋭い。長くのばした揉み上げのせいもあって、
一見したところ高級ヤクザという感じだ。猛々しい筋肉を持っていることは、
鋭いが重いハンドルを片手で握って逆ハンを切る右腕の袖が力瘤ではちきれそうになる
ことでもわかる」
ハイウェイ・ハンター・シリーズ第一作「東名高速に死す」の第一話「腐肉獣の狩人」
における、西城の初登場シーンであるが、他のシリーズキャラである伊達や北野とは
異なり、西城は既に三十五歳という十分なおっさんであり、完成されたオトナの男
としてデビューしている。
以後も若い頃のエピは、単発的に挿入されるのみで詳細が書かれることはなかった。
この過去無き中年男というか、壮年のスーパーヒーローを持つことにより、
青春小説の要素を持つ作やリベンジャーものにありがちだった迸り出る内包された
暗い情念から開放されて、その自由度を高め、ひたすら面白いアクション小説の
第一人者足り得たのであろう。