【須クシナトスベシ】呉智英スレ4【漫画狂犬儒派】

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371無名草子さん
>>369 たぶん、一日遅れで朝刊に載っていると思うけど・・・

「高等教育」
先日、米国のイラク攻撃をどう教えるかで大学の教育現場が混乱しているとの記事を
本紙(註;毎日)で読んだ。

 教授らは5大国やイスラエルの核保有は許されるのにイラクはだめとは矛盾では
ないかとの学生の疑問に戸惑う一方、政治はしょせんパワーだと学生がさめているのも
気になるという。不遜ながら、首をかしげてしまう。

 小学校ならば「決まりは皆で守らねばならず、えこひいきはよくない」と教えるべき
だろう。だが高等教育は違う。天皇陛下は神さまだと教えていた戦前ですら、大学では
日本は立憲君主国に過ぎぬと教えていたのだ。

 決まりは「かくあれかし」という規範でしかなく、現実を動かす法則ではないと明確
に教えればいい。だがそれは、全てはパワーだとあきらめるニヒリズムとも違う。(続く)
372無名草子さん:03/04/02 03:07
例えて言えばこうだ。
空を飛びたいと夢見た人間は古代からいて、厳しい修行を積んで空中浮揚しようと
したり、呪文でほうきをとばそうと虚しい努力を重ねた。
近代になってデカルトの物心二元論、ニュートンの万有引力の法則などにより、精神力
ではとべないことがあきらかになった。では人間は空など飛べないとあきらめて、夢を
捨てたのだろうか。

 否だ。修行だの呪文だのの袋小路に迷うことなく、不動の自然法則を味方につけ、
気球や飛行機やロケットを開発し,聖者も魔女も果たせなかった夢を果たしたのだ。

国際政治はパワーの法則で動く。ならば、パワー(例えば米国)さえ巻き込めば、規範
も実現できよう。それには何が必要か。現実の厳しさを織り込み夢を鍛え上げる工程。
それを考えさせてこそ高等教育ではないか。