【W杯の熱狂の中で・・・ 追悼・ナンシー関】
(前 略)
テレビ人の評価はすべて視聴率で決まる。無論、出演してるタレントもだ。
視聴率が悪けりゃ番組は終わり、メーンのタレントは斬られて消えていく。
本当に視聴率は死活問題なのだ。
俺もこの世界に暮らしていて、数字は気になってた。だが、数字以上に気
になるモノがあった。
それは先日急逝したナンシー関の目だった。
俺たちとナンシーは「週刊アサヒ芸能」で10年近く一緒に仕事をしてきた。
俺たち三流タレントの番組など彼女が見てるわきゃないだろうし、いっしょに
仕事してるからまさかコラムで批判されることはないだろうと思っていた。
だが、その「まさか」も通じないと思うほどの強烈なコラムをナンシーは書いていた。
俺たちのナンシーコラムの読後感は「もし自分がナンシーにぶった斬られたタレント
だったら、この世界続けていくか考えるだろうな」ってな具合だった。
テレビコラムぐらいを恐れるなんて、俺がチキンなだけかもしれないが、正直告白しよう。
「俺はナンシーが怖かった! 彼女のコラムで批判されるのが怖かったのだ!」
ナンシーのコラムの餌食にならないため、すべてではないが仕事を選んだ過去もある。
ナンシーのせいにするつもりは毛頭ないが、それによって自分のタレントとしての幅が
狭くなったかもしれない。
でも、それぐらい気になってて、「ナンシーが見ていたらどう思うだろうか?」と考えながら、
テレビに出ていたこともあった。
タレントはタフじゃなくては出来ない家業。でも、それだけナンシー作品の斬れ味は、
消しゴム版画の彫刻刀のごとく最高の斬れ味で影響力があったのだ。
同じテレビコラムを書いていて、俺は業界側だから、言いたいことを全部書いたら問題に
なってしまう。だからつい規制をかけてしまうことになる。テレビ誌で書くには、思ってる100%で
書いたらレッドカードで、芸能界即退場となるのだ。
ナンシーは各連載で辛口といわれても100%ではなく、やんわり規制をかけ80%の力
(この力かげんもすごい絶妙!)で文章を書き、残りの20%を消しゴム版画で足し、100%にして
傑作を書き続けた。俺には書きたくても書けない、テレビの王様に対してもズバリ「王様は裸だ!」
と言い切ってくれていたのだ!
ナンシー亡きあと、テレビ界は「裸の王様」が大手を振ってのさばるんだろうな。
そうなると嫌だねぇ。嗚呼・・・さらばナンシー関!合掌!