信濃毎日新聞 2002年2月24日に掲載された『夜明けの晩に』の書評
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いつ、われわれは、世界がそこにあることの不思議に気がついたのだろう?
ふだんはまったく忘却してしまっているが、わたしたちの生活は実になぞめいたことに
囲まれている。本書の表題などは、その代表格ではないだろうか。
まずは、タイトルにも引かれた童謡の「かごめかごめ」の歌詞「夜明けの晩にツルとカメ
がすべった」を問い直すところから始まるのがおもしろい。「夜明けの晩」なんてフレーズ、
いかにもナンセンス・ギャグっぽい表現だが、よくよく考えると、けっこうこわい。
ひょっとすると、これって、不気味な歌ではないかしら。
本書は、ひとりの少女が自分自身を振り返り、周囲に目を向け、世界について思索していく、
そのたおやかな心の動きを追っている。主人公は東京・麻布のインターナショナル・スクール
で学ぶ女子学生。日本に存在しながら、各国の若者がかっ歩する、多国籍な雰囲気を日常としつつ、
バイトでモデルもするという設定だから、現代的で個性的な若い美少女の姿が浮かんでくる。
じっさい、描かれたライフスタイルはファッショナブルで活気にあふれた内容だ。ただし、
その反面、彼女には、幼いときから奇妙な予知夢を見る傾向があって、それが古典的な日本神話
や童謡の本質にからむ。こんなスタンスだからこそ、主人公はしだいに学校の友人たちと日本神話
を多国的な視点、特にアジアの文化的な流れから考え直すことに興味を持つ。こうして、物語は
「かごめかごめ」や高天原からやってきたアマテラスら三人の神のなぞを、言語的なルーツから
推論していく展開になる。
いったい日本の古代のすがたとは、どういったものだったのだろう。物語のなかではこの魅力的
な視点に強引な結論がつけられているわけではなく、むしろ、世界と自分自身のかかわりに目を向け、
さまざまな思索を重ねていこうとする女性の心理にスポットがあてられている。さわやかな青春
小説といった趣だが、伝奇小説としても興味深い。神話や伝承世界という不可思議な部分が人の心
に占める位置を考えさせてやまない。
(小谷真理・文芸評論家)
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著者は、日印芸術研究所言語センター長。
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「著者」というのは山田真美さんのことです。