★産廃物&盗作屋・田口ランディ監視スレPart15★

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666無名草子さん
00465/00468 NBG00773 田口ランディ 恋の結末
( 4) 98/08/23 21:03 コメント数:1

『アイの言霊』33
TEXT BY RANDY TAGUCHI
1998.8.23


 「恋の結末」
  



 最初にあたしの前に座ったのは、栗原祐一郎君だった。
 栗原君は、端正な面立ちの賢そうな青年で、音楽関係の仕事をしてるらしか
った。いろいろ説明を聞いたんだけど、結局なにをしている人なのかあたしに
はわからなかった。あたしは以前に彼みたいな雰囲気の男の子とつきあったこ
とがあった。もう十数年も前の話だ。
 その男の子はちょっと不思議な生い立ちの子だった。ユタカ君って言うんだ
けどね、彼のお父さんは早稲田の教授だったんだけど、ヤマギシ会っていうコ
ミューンに傾倒して、仕事も辞め、財産も放りだし、家族を引き連れて自給自
足の集団生活をするコミューンに入った。ユタカ君はそのコミューンで少年期
から青年期の頭までを過ごしたのだ。なんだか純粋培養された天才みたいな子
だった。
 あたしが初めて会った頃、ユタカ君はそのコミューンを出て下界に帰って来
たばかりだった。恐ろしくIQが高くて、そのくせ妙に純粋で、ものすごく自立
してて。当時20歳だったあたしは猛烈に彼から影響を受けた。
 あたしはその子に「あんたは自分ってものが全くない」って言われた。
 思えば面と向かってその事実をあたしに伝えてくれたのは彼だけだ。

 そのユタカ君の不思議な印象と、なぜか栗原裕一郎君は似てた。
 どこがってわけじゃないんだけどさ、全体から醸し出されるムードみたいな
もんかな。

 もちろんそんなこと話したわけじゃない。
 そういうことゆっくりしゃべるようなムードじゃなかったんだ。そん時は。
667無名草子さん:02/03/01 14:32
おおっ! あたらな資料ですか?
すごい、続々と!!
668無名草子さん:02/03/01 14:32
おサルの威嚇する顔と怯えた顔は区別がつかない(w
669無名草子さん:02/03/01 14:32
 
 あたしは基本的に賢そうな男の人って好きなので、目の前に座った栗原君を
チラチラ観察したりしてた。
 そしたらその栗原君がいきなりこう言うんだ。

「あの、ギリシャの恋の結末はどうなったんですか?」

 あーこの人、あたしの会議室を読んでいるんだって思った。
 いきなりな質問だったので、答えにつまってしまった。

「結末は、ないです」
 あたしがそう言うと栗原君は、
「結末はあるでしょう」
 と食い下がる。
「あたしは、恋に結末ってないと思う」
 って言うと、栗原君は納得できない、っていう顔をしていた。

 それから、あたしは自分がなんで「恋に結末なんてない」って言ってしまっ
たのかについてちょっと考えたんだ。
 ってのは、実はそのことをその日の昼間にもチラリと考えて、ノートにメモ
していたんだよ。
 自分が考えていたことをいきなり他人から指摘されたんで、あたしはよけい
びっくりしたんだと思う。

 現実的にはね、恋愛は終わっているんです。
 アテネ空港で別れた時に終わっているわけ。もっとみっともなく言えば、結
局、あれはさ、夏のちょっとした気の迷いっていうか、リゾートラブっていう
か、まあそういうたぐいのものですよ。たまたまエーゲ海の島で出会って、お
互いに気があったので海をバックにマンチックな気分になって盛り上がって、
ごたぶんにもれず旅とともに終わってっていう、それだけのものなのだ。

 なんだけどね、あたし的にはまだ終わってはいないわけ。
 あたしはさ、ギリシャから帰って来てからダイエットを始めて、真剣に自分
の体型を5年前に戻す試みを始めたわけ。とうに箪笥のなかにしまいこんだガ
ードルなんか引っぱり出して、夏の熱いのに腰のくびれを作るためのコルセッ
トはめたりさ(笑)。風呂場に体重計を置いて、風呂のたびに体重を計った
り。
 体の線を隠す服をやめて、なるべくシルエットが出る服を買ったり。
 恥ずかしいよお、シルエットが出る服って。だってもう線を出せる体じゃな
いんだもん、それでも隠しているとどんどんひどくなるからさ、とにかく露出
させることにしたの。一日お腹ひっこめっぱなしで苦しいくらいだよ。
 それから、英語の勉強を始めたわけ。猛烈に(笑)。
 だって男から「ジャーナリストなら英語をもう少し勉強するべきだ」ってさ
んざん言われたからさ。
 それでね、昨日も出かける前に服を選ぶ時にね、以前ならショートパンツと
かジーンズとかに、だぶっとTシャツを着てでかけちゃうところなんだけど、
そんな格好していると緊張感ないよなあと思って、スーツをひっぱり出して着
たりしたわけ。で、スーツを着るとばっちり化粧もしないと変だから、けっこ
う気合い入れて化粧したりしたんだよなあ。
670無名草子さん:02/03/01 14:33

 でね、別に誰に会うっていうわけでもない、ただのオフなのにさ、それもお
洒落な場所で飲むってわけでもないのにさ、あたしはなんだってこんなことま
でしてんだろうって、鏡に向かってマスカラぬりながらふと思ったわけ。

 馬鹿みたいじゃん。それに照れクサイじゃん。こういうこと。

 だけどさ、こういうこと照れ臭いからって、自分で自分に恥ずかしがってや
めちゃうような人生はあたしの人生じゃないなって思ったわけ。あたしはさ、
どんなにドン臭くても、照れ臭くても、堂々と照れ臭いことやってやろうっ
て、そう決めたじゃん、って思ったわけ。なんかさあ、好きになった男のため
にこんなことして別にそいつがいるわけでもなんでもないのにさあ、アホちゃ
うって思うんだ。若い頃のあたしだったら、
 「だっせー」
 とか言って、すぐやめちゃうと思うんだ。どうせ終わったことだからって。
こんなスポ根みたいな真似、漫画チックな真似、やめようって思ったと思うん
だ。
 でもさ、なんで照れ臭かったんだろうって考えたの。
 けなげだったり、一生懸命だったりすることがなんで恥ずかしいんだろうっ
て。
 恥ずかしいよ、やっぱ。
 だけどさ、なんで恥ずかしいのかなあって。

 あたしさ、10代の頃は自分が「きれいになりたい」っていう願望を露骨に
出すこととか、自分がフラれても相手の男に未練があることとか、自分が人か
ら認められたいって思っていることとか、そういうこと人に知られるのがすご
く恥ずかしかった。自分の欲望を他人に知られるのすごく恥ずかしかった。一
生懸命な自分を人に知られるのが恥ずかしかった。
 いつも余裕かました奴でいたかった。必死になるのってダサいって思って
た。たいして才能もないのに必死こくのってダサいって思ってた。選ばれた人
間じゃないのに努力するのってダサいと思ってた。自分から率先するのってダ
サいと思ってた。人に望まれて人から頼まれてイヤイヤ腰をあげるのがかっこ
いいって思ってた。
 だから、とにかく「けなげで一生懸命」ってのが猛烈に恥ずかしいことだっ
たんだ。
 
 その「照れ」の気持ちは今だにあたしのなかにある。
 あたしは自分が一生懸命なのを人に知られるのが恥ずかしい。
 だけど、恥ずかしいけど、だからって一生懸命にならなくてどれほど人生の
大事な瞬間、大事な関係、大事なチャンスを逃してきたか。30を過ぎて、自
分が気取ってやってきたことのツケが全部自分に回って来て、正直になれなか
ったことが全部裏目に出たときに、あたしは愕然として開き直ったんだ。
 こりゃ大変だ、変な自意識を丸出しして、照れてる場合じゃない!って。

 あたしのなかで恋は終わっていないわけ。
 終わってないどころか始まったばかりなくらいだ。
 それはもうすでにあたしの勝手な幻想の産物であるのだけど、あたしの一人
よがり、あたしの恥ずかしい思い込みであるのだけど、あたしは現実にそれを
生きているし、その恋によって自分の生活習慣まで変えようとしてるんだ。
 あたしを導くのは、ただ、猛烈な思い、なんだ。
 いまだアドレナリンが出ているから、あたしは行動を起こせる。
 快感物質を脳に分泌し続けるために、あたしは行動してる。
 それが続く限り、あたしには結末ってないんだ……ってそう思えた。

671無名草子さん:02/03/01 14:34
 そういうことなんだと思う、栗原君。
 あたしはもう全部自分で恋愛を背負い込んでしまった。
 男がここにいようがいまいが、あたしは痩せてやるし、もっときれいになり
たいよ。
 そんでもって、もし次に会うことがあったら「君は去年よりきれいになっ
た」って、なごり雪みたいなこと言わせてみたいもんだよね。だってさ、この
年になったら去年より老けることはあったってきれいになるなんてことありえ
ないもんなあ。去年よりきれいになれるのは10代の特権だもん。でもさ、わ
かっていてもこのままなにもしないで自分の肉体を放置することなんかもうあ
たしにはできなくなっちゃったんだ。
 そんでさ、バリバリに英語がうまくなって、英文で手紙書いて送りたいよ。
それも長文のやつ。あたしの文学的素養を見せつけることができるくらいの手
紙をさ(笑)。

 あたしがいつも思いに結末を作ってきたのは、相手の気持ちが自分から離れ
ているのに、自分だけ一生懸命になるのが恥ずかしかったからだ。わからなく
なった時点で「終わり」にすれば恥ずかしい思いをしないですんだからだ。
 だけどさ、あたしはもうそういう風に恥ずかしがるのやめた。

 すんげえダサいんだけど、あたしは一生懸命やっちゃう。
 すんげえ恥ずかしいけど、あたしは一生懸命やっちゃうことに命かけること
にした。
 だって人生は短いから。照れてる暇はないんだもん。

 だからさ、相手の思いが終わってたとしても、あたしの思いに、結末はまだ
ないんだ。
 あーちくしょう、めっちゃ恥ずかしいぜ。