村瀬千文ホテルジャンキーズクラブ無断転載【20】

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849無名草子さん
「Gli」です。
話題になったようなのでスペルです。
"THURNHERS ALPENHOF SPORTHOTEL "

ジェットセッター御用達
オフ・スキーに時間がスキーより
楽しいホテル
サンハ-ス・アルペンホフ・スポルトゥホテル

「どちらからいらっしゃたんですか?」
 旅先でよく交わされる何気ない会話である。ところが、オーストリア・
アルプスの高級リゾートとして知られる、アールベルグ地方のシュルスで
は、この後の展開がちょっと違う。
「先ほどロンドンから。どうしても外せないランチ・ミーティングがあった
んですけれど、説明を聞きながら財務諸表の数字をながめていても、視界が
すぐに、アルプスをバックにしてパウダースノーが舞ってるシーンに変わって
しまってね。」
 昼下がりのサロン。アフタヌーンティーのテーブルで一緒になった紳士が
そう言うと、暖炉の前で編物をしていた若い女性がコロコロとフルートのよう
な声をたてて笑いだした。
「ウチの主人も今頃、ウィーンのオフィスでそんなふうに気もそぞろな状態じゃ
ないかしら。早く会議を終えようと思って早口で矢継ぎ早に指示出したりして。
ディナーには間に合うって言ってましたけれど」
「書けてもいいですけれど、ズボンの下は既にスキーパンツはいてますね。私も
そうだったんですけれど」
 一緒に笑いながら、頭の中ではどうしても計算があわない。なぜロンドンでランチ
を食べていた人が、今ここでアフタヌーンティーをし、ウィーンで今会議をしている
人がディナーに間に合うのか。ここツュルスは、一番近いチューリッヒ空港からだって
二百キロはある。
 答えは自家用ジェットあるいは、ヘリコプター。「ジェットセッター」と呼ばれる彼ら
にとって、朝食はロンドンでランチはパリ、ディナーはニューヨークで、なんていう
スケジュールもちっとも不思議ではない。
850無名草子さん:01/12/20 10:25
「まだオーブンから出したばかりで暑いですから、お気をつけて」
ウェイターが差し出した焼きたてのクッキーの皿に一斉に手が伸びた。紳士の指先も
エグゼクティブらしく、マダムに負けないくらい手入れが行き届き、きれいに切り磨かれた
爪にはうっすらと透明のマニキュアがほどこされている。
 ツュルスは、スイス、フランス、イタリア、オーストリアと四カ国にまたがるアルプス
の中でも、ちょっと異色のスキーリゾートである。アールベルグ地方のスキーリゾートの中心
であるサン・アントンからクルマで山道を三十分あまり上った、標高一七二○メートル。一本
しかない通りの沿って山小屋風のホテルがぽつりぽつりと並ぶ、一見、何気ない小さな山村
なのだが、そこに軒を連ねるホテルのすべてが四ッ星以上という超高級リゾート。故ダイアナ妃
もウィリアムやヘンリー王子と共に訪れたという近隣のレッヒなどと共に、アルプスでもジェット
セッター率が最も高いところのひとつである。
 サンハース家が経営するこのホテルは一九六四年にオープン。今年で三十八年目を迎えるが、
常連客がほとんどで、オーストリア政府の閣僚など政治家をはじめ銀行家、企業の経営者クラス。
 四十一室の客室のうち二十六室がスイートルーム。こんな小規模なホテルでありながら、ホテル
内にビューティーサロンがあるのは、十分に需要があるからである。特に週に一度、ガラ・ディナー
(正装のディナー)がある日などは、「このドレスとこのジュエリーに合わせた髪型にして欲しいの」
などという女性達で賑わう。ふだんの日でも、カクテルタイムになると、サロンはパーティ会場と
みまごうようなタキシードとイブニングドレス姿のカップルでいっぱいになる。
 スキーももちろん楽しいが、こうしたヨーロッパのスキーリゾートでの楽しみは「スキーをしない
時間」である。そして、いいリゾートには、オフ・スキーの時間をすごすための空間が充実している
ものだ。
 そんなひとつが、ソラリウム。夕方、スキーで冷えきった体を暖めるためにやって来る人もいるが、
おもしろいのは昼間の時間帯。スキーリゾートに来ながら、スキーには出かけず、日がな水着姿で
デッキチェアに寝転がり、本を読んだり昼寝したりしている天の邪鬼たちを結構見かける。ディナー
タイムになるとタキシードに着替え、妻に腕を取られて笑みを浮かべながら、きちんと社交したりし
ているのだが、ここでの彼らは、お互いに「別人」であることが暗黙の了解である。
 その日の昼下がりも、ソラリウムではいつもの常連男性客たちの静寂で平和な時間が流れていた。そ
の時、エキゾチックでオリエントの花のような香りが彼らの鼻先をくすぐった。目を閉じながら、これは
どんな美女かと想像している時が一番楽しい、とのたもうたのは、先のロンドンからいらした紳士。実に
幸せそうな顔の彼が目を開けた瞬間、手に持っていた新聞をドサリと落とした。
「あら、あなたもいらしてたの。ロンドンにご出張だとばかり思っていたら。」
 ジェットセッター、追いかける妻の足も早いもの。
851無名草子さん:01/12/20 10:52
↑ ヘンな終わり方ですがこれで全文です。 念のため。